上 下
6 / 23
アンコール

第6話 無様な姿だけは見せたくないって常々思わされる

しおりを挟む
 文化祭も無事に終わり、僕らはツアーファイナルに向けて動き始めた。文化祭では普段見ることもない俺様な凛と違う一面を見て同じ悩みを抱えながら、戦っていたことを知れてよかったとさえ思ってる。

「湊くん、もう少し広々と使えるから!」
「そんなに窮屈そうでした?」
「うん、ちょっとだけね? のびのびしていこう! 初めてのドームでも」

 スタッフに声をかけられ、ステージからの見栄えを確認していく。ドームも何公演か目であっても、東京のドームは初めて。そのどれもに緊張して、少し萎縮しているように感じた。

「みーなとっ!」
「ヒナ?」

 反対側にいたはずの陽翔が走ってこちらまで来たので、「どうしたの?」と聞いた。

「向こう側にいたら、たまらなくなって走ってきた。ここまで3分くらいかなぁ?」
「……3分で来れるのはヒナだけだから」
「あと衣装確認で今日は終わり?」
「そう。ヒナは家に帰る?」
「当然、湊の家にいく!」

 ライヴの前は必ず家ないしは僕の部屋でくつろいでいる。どういうわけか、それが板についていて、咎めることもできない。むしろ、前日の体調管理をするにはお互いもってこいなので、相談しながら上手に夜を過ごすことになった。

「いよいよだな?」
「長い長い夢でも見てたのかと思ってた。だから、ここに立てたことが奇跡のようで嬉しい」

 ふぅっと息を吐くと同時に、僕の正面に回った陽翔に両頬をつままれる。

「いひゃい……」
「夢じゃないだろ? 今日、ここに立つまで、どれほどの人が湊を応援してくれてたんだ?」
「数え切れないほど」
「だろ? あのメイちゃんもだし、俺もだし、その他、名前がわからない誰かも、湊を応援してくれてる」

 頬にある指先の力が弱まって、そのまま撫でてくれる。くすぐったいようなそれに後ろへ下がりたいようなもっとしていてほしいような複雑な気持ちだ。

「ヒナだって、この数ヶ月でたくさんの人を魅了しただろ?」
「手始めに湊な! 俺の知らないところで」

 くっくっと笑う陽翔が目を細めている。頬から手が離れていき、手すりにもたれかかった。

「それは仕方ないだろ? 歌が聞こえたんだから!」
「まぁ、いいよ。今、こうして、湊の相棒としてステージに立てるなら本望だし、ファンからかけられる声援は正直嬉しい」
「あぁ、明日はこのドームがいっぱいになるんだなって思うと、嬉しくて仕方がないな。明日……」
「ん?」
「楽しもうな?」

 そういうと「もちろん!」と陽翔は微笑んで頷いた。

 今回のライヴはもう一組ステージに上がることになっている。誰かといえば、あの天使ちゃん……こと皐月がデビューするのだ。本人は嫌がっただろうけど、社長がねじ込んできた。他にもゲストがいるので、慎重にと前日リハーサルとなった。明日も朝からリハーサルがあり、そのまま公演となる。
 高校生な僕らは夜公演はあまりない。だが、この東京だけは、社長が確保してくれ、休日にも重ねてくれた。

「あぁ、明日が待ちどおしいなっ!」

 衣装合わせも終わり帰るために関係者出入り口から外へ出てすぐ、テンションの下がらない陽翔がドームから出てすぐに叫ぶ。流石に僕が止めに行くと「ごめんね?」と謝ってくるが、ちっともそんな気もないだろう。
 車を回しに行った小園を待つために二人並んで花壇のへりに座っていると、陽翔がポツリと溢した。

「……怖いな、明日」
「楽しみなんじゃないの?」
「もちろんそうなんだけど、それでもさ。最後のライヴからちょっと時間も空いたし」
「確かに。リハ……ステージ広かったな」
「やっぱ感じた? あぁ、あれが湊の夢の舞台なんだなぁーって思うと、緊張するんだよ」
「ヒナが緊張しなくても良くない?」
「するよ。目指してきた場所に、俺と一緒でいいのかって。小園さんも立ちたかったんじゃないかとか、いろいろ考えちゃって」

 ドームを見上げる。夢にまで見ていた場所だ。その大きさにビビって足がすくみそうで、ぎゅっと拳を握った。

「考えなくていいよ。ヒナはヒナとして、ジスペリとしてあの場に立つ資格があるんだからさ。怖がらないで」

 立ち上がり陽翔の左耳に光るアメジストを触る。少し驚いたようだが、見つめ返してくるだけだった。

「これ、開けてて正解だよな。なんか、こう、ぐわってなるときあるじゃん?」
「何? そのぐわって」
「あるんだよ、そーゆーときが」

 僕が触っている上から同じように陽翔が触るので、僕の手と重なった。

「これしてるとさ、湊を感じるっていうか? ホッとする」
「へぇーそんなもん?」
「そんなもん。湊はなんとも思わない?」

 左耳に光るペリドット。満月の月光に照らされていることだろう。
 それぞれの誕生石を左耳に、同じブラックダイヤを右耳に付けている僕ら。陽翔を感じないわけはなく、否応がなしに意識させられる。

「無様な姿だけは見せたくないって常々思わされる」
「へぇー無様な。湊は何をしてもカッコいいと思うけど……いつも全力だし」
「そ、そんなこと!」
「あっ、小園さん来た。いこっ!」

 もたれかかるように座っていた花壇から立ち上がり、僕の手を引いて小園の運転するクルマへ走った。

 明日のステージを控え、振り返る夢の舞台。とうとうここまで来たんだと噛み締めるものがあった。

 凛に勝手に宣戦布告してから、意外と早く登ってこれた。これもそれもヒナのおかげだな。

 握っていた手に力を込め、「早くいくぞ!」と逆に引っ張ってクルマに駆け込んだ。明日の迎えについて軽く打ち合わせをしたころ、マンションに着いた。

 陽翔も本当に泊まるらしく一緒に降り、明日のステージについて話しながら夕飯を食べた。

「明日も頑張ろうな?」
「もちろんだ!」

 コツンと拳を軽く当て、それぞれの部屋に入っていく。いよいよだと思いながらも、思いの外大きなドームのリハーサルに疲れたのか、ぐっすり眠ってしまった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

僕のアイドル人生詰んだかもしんない ~ 転校生は僕の運命の歌い手?! 色気あるバリトンからハイトーンまで……アイドル底辺からの下剋上の歌 ~

悠月 星花
BL
夢は、東京のドームで何万人もの観客の中で歌うこと。 売れないソロアイドル、如月湊。 マネージャーからこのままだとアイドルを続けることは難しいと言われ、「新しくユニットを組むのはどうか?」と提案された。 今まで、一人でやってきた中、結果が残せず悔しい思いを抱え、事務所を飛び出し駆け出した。 その先で、耳に聞こえる童謡。男性ボーカルなのにハイトーンで歌われるそれにひかれるように追いかける。 ただ、見つけられず、事務所へ戻った。マネージャーの提案を受け入れることになった湊。 次の日は早朝からの仕事。 明らかに後輩にバカにされ、イライラをかくせない。 感じの悪い転校生にぶつかり、さらにトップアイドルのwing guysに宣戦布告した。 散々な1日の始まりから、動き出す運命……。 湊は、トップアイドルとして花を咲かせることはできるのか!

家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!

灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。 何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。 仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。 思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。 みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。 ※完結しました!ありがとうございました!

婚約破棄したら隊長(♂)に愛をささやかれました

ヒンメル
BL
フロナディア王国デルヴィーニュ公爵家嫡男ライオネル・デルヴィーニュ。 愛しの恋人(♀)と婚約するため、親に決められた婚約を破棄しようとしたら、荒くれ者の集まる北の砦へ一年間行かされることに……。そこで人生を変える出会いが訪れる。 ***************** 「国王陛下は婚約破棄された令嬢に愛をささやく(https://www.alphapolis.co.jp/novel/221439569/703283996)」の番外編です。ライオネルと北の砦の隊長の後日談ですが、BL色が強くなる予定のため独立させてます。単体でも分かるように書いたつもりですが、本編を読んでいただいた方がわかりやすいと思います。 ※「国王陛下は婚約破棄された令嬢に愛をささやく」の他の番外編よりBL色が強い話になりました(特に第八話)ので、苦手な方は回避してください。 ※完結済にした後も読んでいただいてありがとうございます。  評価やブックマーク登録をして頂けて嬉しいです。 ※小説家になろう様でも公開中です。

十七歳の心模様

須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない… ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん 柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、 葵は初めての恋に溺れていた。 付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。 告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、 その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。 ※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

旦那様と僕

三冬月マヨ
BL
旦那様と奉公人(の、つもり)の、のんびりとした話。 縁側で日向ぼっこしながらお茶を飲む感じで、のほほんとして頂けたら幸いです。 本編完結済。 『向日葵の庭で』は、残酷と云うか、覚悟が必要かな? と思いまして注意喚起の為『※』を付けています。

運命を変えるために良い子を目指したら、ハイスペ従者に溺愛されました

十夜 篁
BL
 初めて会った家族や使用人に『バケモノ』として扱われ、傷ついたユーリ(5歳)は、階段から落ちたことがきっかけで神様に出会った。 そして、神様から教えてもらった未来はとんでもないものだった…。 「えぇ!僕、16歳で死んじゃうの!? しかも、死ぬまでずっと1人ぼっちだなんて…」 ユーリは神様からもらったチートスキルを活かして未来を変えることを決意! 「いい子になってみんなに愛してもらえるように頑張ります!」  まずユーリは、1番近くにいてくれる従者のアルバートと仲良くなろうとするが…? 「ユーリ様を害する者は、すべて私が排除しましょう」 「うぇ!?は、排除はしなくていいよ!!」 健気に頑張るご主人様に、ハイスペ従者の溺愛が急成長中!? そんなユーリの周りにはいつの間にか人が集まり… 《これは、1人ぼっちになった少年が、温かい居場所を見つけ、運命を変えるまでの物語》

闇を照らす愛

モカ
BL
いつも満たされていなかった。僕の中身は空っぽだ。 与えられていないから、与えることもできなくて。結局いつまで経っても満たされないまま。 どれほど渇望しても手に入らないから、手に入れることを諦めた。 抜け殻のままでも生きていけてしまう。…こんな意味のない人生は、早く終わらないかなぁ。

モフモフになった魔術師はエリート騎士の愛に困惑中

risashy
BL
魔術師団の落ちこぼれ魔術師、ローランド。 任務中にひょんなことからモフモフに変幻し、人間に戻れなくなってしまう。そんなところを騎士団の有望株アルヴィンに拾われ、命拾いしていた。 快適なペット生活を満喫する中、実はアルヴィンが自分を好きだと知る。 アルヴィンから語られる自分への愛に、ローランドは戸惑うものの——? 24000字程度の短編です。 ※BL(ボーイズラブ)作品です。 この作品は小説家になろうさんでも公開します。

処理中です...