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アンコール
第1話 自由に飛べる羽根、もいでやろうぜ?
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大阪から始まったツアーは、ドームも海外も含め半年近くをかけ44公演をこなした。残るはラストライヴ、夢の舞台である東京のドームのみだ。
ファンがきてくれるのかと不安だった大阪での初日。大きな歓声に後押しされるようにステージに登って、たくさんの笑顔を見れたことを僕は一生忘れないだろう。
ライヴの忙しい合間をぬって、僕は新しく『僕』を魅せることに挑戦を始めた。あの化粧品メーカーのCM以降、他の会社のCMや映画、ドラマの出演依頼が事務所には殺到しているらしく、そのうちのCM3本、ドラマの脇役、映画を1本の仕事を受けた。
元々、そういう話があったのに断り続けていた僕にやって欲しいCMや役があると声をかけてくれたスポンサーや映画監督に恵まれた。そのおかげで、新しい僕に僕自身が出会え、引っ張りだこだ。
逆に陽翔は何をしているかといえば、まだ、足を踏み入れたばかりの芸能界に慣れることに必死である。基本的に一人の仕事は今のところ入れずに、ライヴに専念という名目で露出を少し控えている。
ただ、僕らが出る音楽番組も呼ばれた夏フェスもあちこちで盛況であった。二人で共有する時間は何より楽しかったし、どこに行くのも一緒だ。
夏休みのあいだはワールドツアーに出ていたこともあり、あっという間に季節は流れ、秋になっている。
今日は二人とも夕方からラジオの仕事があるので、学校が終わればそれまでオフ。僕の部屋で、スケジュールの確認をしている。
「湊は文化祭には出ないんだっけ?」
「出ないっていうより、芸能コースはそもそも文化祭には不参加」
「やっぱりあれ? 校外開放があるから?」
「そっ、それがあるから、僕らは出られない。学校の中だけならルールが守られるけど、校外の人にまで規制をかけるのは難しいからね」
「なるほど。その日は何するの?」
「ヒナとここで映画を観る!」
そんな僕をきょとんとした表情で見つめてきた。
……自覚ないな。ヒナも売れてる芸能人なんだって。
「ヒナが開校日に文化祭出たら死者が出るから……。別室で自習になるの。だから、僕の家で一緒に映画を観る。わかった?」
「やっ、その、わかったっていうか……開校日?」
「さすがに人気があるって自覚ないのは危ないぞ? ヒナが今、どれだけの人を魅了してるか考えたことない?」
「……いや、だって」
「だってもクソもありません。昨日、ライヴに何人のファンがきてくれてたか知ってる?」
「わかってるつもりだけど……あれは、湊の……」
「ちーがーうっ! ヒナのファンもあの中にはたくさんいるの。わかっているでしょ? ヒナにかかる声も届いているはずだし」
「……そりゃね?」
「もちろん、ジスペリの二人が好きだって言ってくれるファンもいるし、僕を応援してくれてるファンもいるけど、ヒナのことを見てくれているファンがいることをもっと自覚したほうがいい」
「そうなんだ」と呟く陽翔。どうやらあまり自覚はなかったようで、これからのことを話した方がいいかもしれない。
「文化祭は最初の日なら、仕事もないし僕も参加できるけど?」
「本当? それなら午前が当番だから午後から一緒にまわろ」
「学生らしいこともしておけ」と社長も小園も言ってくれる。ただ、学校側にもルールがあり学校行事は基本的に芸能コースは不参加となっている。いろいろなファンがいるのだ。僕たちを守るだけでなく、一般生徒を守るためでもある。
今回の文化祭も同様であるため、歌舞伎のプリンスの未彩は興業に行ったし、僕も仕事がない日は家にいることを選んだ。
ただ、今年転校してきて初めての文化祭をまわりたいと陽翔は思っていたようだし、一般の学生でもあるから行事には参加したいのだろう。
「わかった。じゃあ、その日一緒に回ろう。校内だし変装は無理だけど、普通に楽しめばいいかな?」
「普通にね?」
「楽しみしてる」と陽翔はいい、僕らの『プロローグ』と同じ日にリリースされるwing guysの楽曲のMVを見ることにした。あちらはツアーが既に終わり、それぞれの活動をしているところだ。
「やっぱりパフォーマンスはすごいな。キレが違う」
「ヒナとは年季が違うからね」
「そこは納得。でも、湊より上手いヤツはいない。凛だっけ? このセンターの」
「そう」と返事をしたら、真剣な眼差しで凛を目で追っている。
「唯一、コイツだけは湊と肩を並べるかな?」
「見る目あるよ、ヒナは」
驚いたようにこっちを見てくるので苦笑いしておく。アイドルとして、勝ちたいと願い続けてきたのは他ならぬ凛だ。路線的に被っていて、今まで僕のことなんて目にも入っていなかっただろうが、今ではお互いが目の上のたんこぶだろう。
「そういや、『プロローグ』のリリースもあとちょっとだよな?」
「プロモーションも始まってるしね。多分、この曲と同じ日に発売だな」
「ここで俺たちがトップを取れないようなら……」
「悔しいけど、まだってことだね」
画面の向こうでキラキラとした笑顔を振りまいている凛を睨む。こうやって見れば見るほど、アイドルに成るべくしてなったのだと思えた。この容姿とは裏腹に王様ではあるが、実力もあるし僕たちには決して見せない努力をしていることは知っている。
だからこそ、追い越したい。アイドルのトップに立つと誓ったのだから。
「自由に飛べる羽根、もいでやろうぜ?」
悪い顔をして陽翔が笑う。僕の目標としてきたことではあったが、陽翔にも同じように考えてくれていたらしい。
「ははっ、それいいね? 飛べない鳥は僕らを見上げることしかできないもんね?」
つられて笑う僕を見て、「湊って以外と黒いよな?」と陽翔がおもしろそうにニヤついている。
「結果しだいだけどね? 僕たちが言われる側になるかもしれないし」
「向こうはツアー終わったばかりだから、熱は冷めてないか……」
「心配しなくても、熱なら僕らの方が熱いんじゃない? まだ、ファイナルが残ってるし」
「じゃあ、勝たないとだなぁ……」
「ファンに選んでもらえるように頑張るしかないね?」
「さてと……」とソファから立ち上がる。今日は僕の家で文化祭とツアーファイナルの話をするために集まっていたのだ。
夕飯をそろそろ食べて、ラジオの収録へ向かわなければならない。立ち上がってキッチンに向かう。
「小園さんに湊のとこにいるって言ってあるから、こっちに迎えに来てくれるって」
「そうなんだ? じゃあ、ご飯を軽く食べて準備しようか?」
「アイドルの湊さんね。カッコいいよ?」
キッチンに立つ僕の方を見ながらわざとらしく言ってくる。その目は優しい。
「アイドルじゃない湊が料理してくれるのは、全湊ファンに自慢したいなぁ……。なんかない? そんな自慢できるようなところ?」
「ないから。それに自慢しないでくれる?」
「なんで? あぁ、王子様は料理しないって?」
「そうじゃないけど、秘密でいいじゃん?」
「なるほど、まぁ、それもそうだね」
納得してくれたのか、「んー」と顎に手をやって考えているふりをしている。
「あっ、今日は何?」
「何がいい? 今ならなんでもできるけど?」
「そうだなぁ……生姜焼きとかどう?」
「どう? って、僕が作るんだけどね?」
冷凍庫から豚肉、野菜室から玉ねぎ、冷蔵庫から生姜を出して下準備を進める。いつのまにかカウンターに座って僕の手元をみながら「手際いいよなぁ……」と呟いていた。
「教えようか?」
「ん、そうだな。またの機会に」
陽翔も料理はできる。チャーハンが9割であるんだけど、体のことを考えるならやはり食べ物には気をつけてほしいところではあるが、強く言える立場でもないので冗談めかして言っておく。
「そうなんだよな。俺、炭水化物ばっかだから……」
引き締まった腹をさすりながら「食生活も考えるか」と呟いた。
「1番いいのは……」
玉ねぎをむいていたから俯いていたが、視線を感じたので陽翔をみると満面の笑みだった。
「なんか言った?」
「んー何にも」
誤魔化す陽翔に「そう」と答え、夕飯の支度を済ませた。テーブルに並べた大皿の料理があっという間になくなるのを見つめていると、小園が部屋に入ってくる。
「何、この食欲そそる香り」
「残念! 小園さん、ヒナが全部食べた後だよ」
「湊の生姜焼きか。食べたかった」
「ごちそうさまです」と満面の笑みを浮かべる陽翔。そんな陽翔を見て小園は深い深いため息をつき、僕らの準備をせかす。ラジオ番組へと向かった。
ファンがきてくれるのかと不安だった大阪での初日。大きな歓声に後押しされるようにステージに登って、たくさんの笑顔を見れたことを僕は一生忘れないだろう。
ライヴの忙しい合間をぬって、僕は新しく『僕』を魅せることに挑戦を始めた。あの化粧品メーカーのCM以降、他の会社のCMや映画、ドラマの出演依頼が事務所には殺到しているらしく、そのうちのCM3本、ドラマの脇役、映画を1本の仕事を受けた。
元々、そういう話があったのに断り続けていた僕にやって欲しいCMや役があると声をかけてくれたスポンサーや映画監督に恵まれた。そのおかげで、新しい僕に僕自身が出会え、引っ張りだこだ。
逆に陽翔は何をしているかといえば、まだ、足を踏み入れたばかりの芸能界に慣れることに必死である。基本的に一人の仕事は今のところ入れずに、ライヴに専念という名目で露出を少し控えている。
ただ、僕らが出る音楽番組も呼ばれた夏フェスもあちこちで盛況であった。二人で共有する時間は何より楽しかったし、どこに行くのも一緒だ。
夏休みのあいだはワールドツアーに出ていたこともあり、あっという間に季節は流れ、秋になっている。
今日は二人とも夕方からラジオの仕事があるので、学校が終わればそれまでオフ。僕の部屋で、スケジュールの確認をしている。
「湊は文化祭には出ないんだっけ?」
「出ないっていうより、芸能コースはそもそも文化祭には不参加」
「やっぱりあれ? 校外開放があるから?」
「そっ、それがあるから、僕らは出られない。学校の中だけならルールが守られるけど、校外の人にまで規制をかけるのは難しいからね」
「なるほど。その日は何するの?」
「ヒナとここで映画を観る!」
そんな僕をきょとんとした表情で見つめてきた。
……自覚ないな。ヒナも売れてる芸能人なんだって。
「ヒナが開校日に文化祭出たら死者が出るから……。別室で自習になるの。だから、僕の家で一緒に映画を観る。わかった?」
「やっ、その、わかったっていうか……開校日?」
「さすがに人気があるって自覚ないのは危ないぞ? ヒナが今、どれだけの人を魅了してるか考えたことない?」
「……いや、だって」
「だってもクソもありません。昨日、ライヴに何人のファンがきてくれてたか知ってる?」
「わかってるつもりだけど……あれは、湊の……」
「ちーがーうっ! ヒナのファンもあの中にはたくさんいるの。わかっているでしょ? ヒナにかかる声も届いているはずだし」
「……そりゃね?」
「もちろん、ジスペリの二人が好きだって言ってくれるファンもいるし、僕を応援してくれてるファンもいるけど、ヒナのことを見てくれているファンがいることをもっと自覚したほうがいい」
「そうなんだ」と呟く陽翔。どうやらあまり自覚はなかったようで、これからのことを話した方がいいかもしれない。
「文化祭は最初の日なら、仕事もないし僕も参加できるけど?」
「本当? それなら午前が当番だから午後から一緒にまわろ」
「学生らしいこともしておけ」と社長も小園も言ってくれる。ただ、学校側にもルールがあり学校行事は基本的に芸能コースは不参加となっている。いろいろなファンがいるのだ。僕たちを守るだけでなく、一般生徒を守るためでもある。
今回の文化祭も同様であるため、歌舞伎のプリンスの未彩は興業に行ったし、僕も仕事がない日は家にいることを選んだ。
ただ、今年転校してきて初めての文化祭をまわりたいと陽翔は思っていたようだし、一般の学生でもあるから行事には参加したいのだろう。
「わかった。じゃあ、その日一緒に回ろう。校内だし変装は無理だけど、普通に楽しめばいいかな?」
「普通にね?」
「楽しみしてる」と陽翔はいい、僕らの『プロローグ』と同じ日にリリースされるwing guysの楽曲のMVを見ることにした。あちらはツアーが既に終わり、それぞれの活動をしているところだ。
「やっぱりパフォーマンスはすごいな。キレが違う」
「ヒナとは年季が違うからね」
「そこは納得。でも、湊より上手いヤツはいない。凛だっけ? このセンターの」
「そう」と返事をしたら、真剣な眼差しで凛を目で追っている。
「唯一、コイツだけは湊と肩を並べるかな?」
「見る目あるよ、ヒナは」
驚いたようにこっちを見てくるので苦笑いしておく。アイドルとして、勝ちたいと願い続けてきたのは他ならぬ凛だ。路線的に被っていて、今まで僕のことなんて目にも入っていなかっただろうが、今ではお互いが目の上のたんこぶだろう。
「そういや、『プロローグ』のリリースもあとちょっとだよな?」
「プロモーションも始まってるしね。多分、この曲と同じ日に発売だな」
「ここで俺たちがトップを取れないようなら……」
「悔しいけど、まだってことだね」
画面の向こうでキラキラとした笑顔を振りまいている凛を睨む。こうやって見れば見るほど、アイドルに成るべくしてなったのだと思えた。この容姿とは裏腹に王様ではあるが、実力もあるし僕たちには決して見せない努力をしていることは知っている。
だからこそ、追い越したい。アイドルのトップに立つと誓ったのだから。
「自由に飛べる羽根、もいでやろうぜ?」
悪い顔をして陽翔が笑う。僕の目標としてきたことではあったが、陽翔にも同じように考えてくれていたらしい。
「ははっ、それいいね? 飛べない鳥は僕らを見上げることしかできないもんね?」
つられて笑う僕を見て、「湊って以外と黒いよな?」と陽翔がおもしろそうにニヤついている。
「結果しだいだけどね? 僕たちが言われる側になるかもしれないし」
「向こうはツアー終わったばかりだから、熱は冷めてないか……」
「心配しなくても、熱なら僕らの方が熱いんじゃない? まだ、ファイナルが残ってるし」
「じゃあ、勝たないとだなぁ……」
「ファンに選んでもらえるように頑張るしかないね?」
「さてと……」とソファから立ち上がる。今日は僕の家で文化祭とツアーファイナルの話をするために集まっていたのだ。
夕飯をそろそろ食べて、ラジオの収録へ向かわなければならない。立ち上がってキッチンに向かう。
「小園さんに湊のとこにいるって言ってあるから、こっちに迎えに来てくれるって」
「そうなんだ? じゃあ、ご飯を軽く食べて準備しようか?」
「アイドルの湊さんね。カッコいいよ?」
キッチンに立つ僕の方を見ながらわざとらしく言ってくる。その目は優しい。
「アイドルじゃない湊が料理してくれるのは、全湊ファンに自慢したいなぁ……。なんかない? そんな自慢できるようなところ?」
「ないから。それに自慢しないでくれる?」
「なんで? あぁ、王子様は料理しないって?」
「そうじゃないけど、秘密でいいじゃん?」
「なるほど、まぁ、それもそうだね」
納得してくれたのか、「んー」と顎に手をやって考えているふりをしている。
「あっ、今日は何?」
「何がいい? 今ならなんでもできるけど?」
「そうだなぁ……生姜焼きとかどう?」
「どう? って、僕が作るんだけどね?」
冷凍庫から豚肉、野菜室から玉ねぎ、冷蔵庫から生姜を出して下準備を進める。いつのまにかカウンターに座って僕の手元をみながら「手際いいよなぁ……」と呟いていた。
「教えようか?」
「ん、そうだな。またの機会に」
陽翔も料理はできる。チャーハンが9割であるんだけど、体のことを考えるならやはり食べ物には気をつけてほしいところではあるが、強く言える立場でもないので冗談めかして言っておく。
「そうなんだよな。俺、炭水化物ばっかだから……」
引き締まった腹をさすりながら「食生活も考えるか」と呟いた。
「1番いいのは……」
玉ねぎをむいていたから俯いていたが、視線を感じたので陽翔をみると満面の笑みだった。
「なんか言った?」
「んー何にも」
誤魔化す陽翔に「そう」と答え、夕飯の支度を済ませた。テーブルに並べた大皿の料理があっという間になくなるのを見つめていると、小園が部屋に入ってくる。
「何、この食欲そそる香り」
「残念! 小園さん、ヒナが全部食べた後だよ」
「湊の生姜焼きか。食べたかった」
「ごちそうさまです」と満面の笑みを浮かべる陽翔。そんな陽翔を見て小園は深い深いため息をつき、僕らの準備をせかす。ラジオ番組へと向かった。
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