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プロローグ・二人の少女
2.5・レティシア(過去)
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「はぁあ!?なんでそんなことも出来ない訳ッ!?アンタ頭おかしいんじゃなくてッ!?」
朝一番。
まだ朝食前の公爵邸に響くのは長女であるレティシアのヒステリックな叫び声。甲高いその声に「あぁ、今日もか」と使用人は呆れ顔で例の少女の部屋を眺めていた。
ノストワール公爵家と言ったら”英雄と聖女様の子孫”—即ち、〈伝説の一家〉と誰もが答える。
話は三百年前―魔王の封印が解かれ、世界が大混乱と恐怖に陥った時のこと。多くの人に希望を与え真っ先に剣を取ったのが、かつてのノルトワール伯爵家当主こと”英雄ヴィオランティス”。そして、ヴィオランティスの隣で多くの人の体と心を癒し、人類を優しく包み込んだ”聖女フィアーネ”。現公爵家筆頭ノルトワール家とは、その二人の子孫が代々受け継いだ言った〈伝説の一家〉なのだ。
そんなノストワール公爵家には現在、長男・ニカルド、長女レティシア、次女フェリシアの三人の子がいる。
文才に秀で年不相応に大人びた少年―ニカルド。幼いながらも”聖”の魔力を有し、その寛大な心持から”聖女の生まれ変わり”とささやかれている少女―フェリシア。…そして、そんな異才な二人に挟まれた、我儘放題な出涸らし令嬢ことレティシア。
レイに対してレティシアは「幸福だった」と言ったが、それは悪までレイを基準にした場合だ。レティシアも随分と悲しい人生を歩んで来ている。
全ての始まりは四歳のころ―丁度一年前、と言ったところだろうか。
元気一杯で明るい性格だったレティシアは、今日も今日とて公爵邸の”支え木”と呼ばれる一番大きな木を登っていた。彼女の運動能力は先天的なものがあり、難易度の高いこの木も悠々と上ってしまったのだ。
…そして、事件は起きる。
なんとその様子を見ていたフェリシアまでもが、木に登り始めてしまったのだ。レティシアは焦った。彼女はいつも大人しく滅多に運動などしない。最初は容易に登れるが上へいくだけ降りることが難しくなるこの木をフェリシアがもし、落ちてしまったら…?
―そんな彼女の想像は残念ながら現実となった。レティシアがいる場所の半分ほど下までフェリシアが来たとき、急に横殴りの大きな風が吹いたのだ。しかも、彼女が上の木へ移ろうと不安定になっていたその一瞬に。
「―フェリシア!!」
レティシアは急いでフェリシアを庇うため木から飛び降りた。空中でフェリシアを抱きとめると、自身が下になるよう入れ替わり来るべき衝撃へ耐える。
…結果から言おう。
背中に大きな打撲をしたものの二人とも命に別状はなく、後遺症や跡になる怪我もなかった。―そう、全ては「姉を失いたくない」という衝動の元に目覚めたフェリシアの魔法によって直されたからだ。
…ここからだ。レティシアの苦悩の日々が始まったのは。
最初の一か月はいつも通りだった。多くの人がフェリシアを褒め称え、レティシアにはいつも通り。実質、彼女に悪影響はなかった。
そしてそれから二か月。家族以外の人々…社交界の人間や使用人のフェリシアに対する好待遇が目立つようになってきた。少しづつ「レティシアはいらない子」という印象が根付いていったのだ。
そしてそれから半年。彼女は完全に「不要な子」「出涸らし令嬢」「不能」…そんなレッテルを張られた。―そのレッテルを張ったのはあくまで社交界の人間たち。レティシアの両親や兄は、冷遇される彼女のことをずっと励ましていた。
―が。終いにはレティシアの命を投げうってまで助けた木登り事件を、「レティシアがお転婆でさえなければ、フェリシアも危険な目に合わずに済んだのに…」と言い出した。
…それによって、レティシアにとって”何が大切”で”何のために努力するのか”が分からなくなってしまった。
『私は要らない子』
『不出来な姉』
『英雄公爵家の恥』
『唯一の汚点』
『妹に良いところを全て奪われた出涸らし』
――日々そんな言葉が耳に入れる度、彼女の心は壊れていった。
お転婆じゃダメ?―なら、ドレスを着よう。
私を見てくれない?―なら、問題を起こせば良いじゃない。
私は出涸らしじゃない!―だからもっと宝石を。
誰もいない部屋で、ドレスと宝石、本に囲まれていれば孤独も紛らわせることが出来た。
「貴方が少しでも楽になるなら」と、ドレスや宝石は毎日のように買ってもらった。―けれども本当は、そんなの求めていなかった。
じゃあ何を求めていたか?―それはただ一つ。”出涸らし”と”不能”と呼ばれても私を庇い続けてくれた家族をこれ以上困らせないような…そんな力。”聖女の力”を持っているフェリシアに”次期宰相”と期待される兄。そんな二人と並んで遜色ない力―。
でも私はバカだった。sosすらまともに出すこともできず、ただしたくない癇癪を起す無意味な日々を送っていた。
……そしてそんな時、私は―レティシアは”レイ”に出会った。
”感情”を持たず、人形のように身を粉にする彼女。本当の幸せも、本当の喜びも、何も知らない―。
「哀れね」
と呟きそうになって私は口を噤んだ。
―哀れ?誰が?レイが?………私の”半身”が?
なら、私は『本当の幸せ』と『本当の喜び』を知っている?…いいえ、知らない。物でしか孤独を埋められない”―そう、”哀れな少女”。
ねぇ、レイ。私たち、幸せになれるかな?
嬉しそうに手を振る貴方を眺めながら、走馬灯の如く駆け巡った”私の人生”に目を瞑る。
「どんな未来でも…貴方が幸せでありますように――」
最期まで他人の幸福を願ったレティシアの言葉は、未来へと吸い込まれていった。
朝一番。
まだ朝食前の公爵邸に響くのは長女であるレティシアのヒステリックな叫び声。甲高いその声に「あぁ、今日もか」と使用人は呆れ顔で例の少女の部屋を眺めていた。
ノストワール公爵家と言ったら”英雄と聖女様の子孫”—即ち、〈伝説の一家〉と誰もが答える。
話は三百年前―魔王の封印が解かれ、世界が大混乱と恐怖に陥った時のこと。多くの人に希望を与え真っ先に剣を取ったのが、かつてのノルトワール伯爵家当主こと”英雄ヴィオランティス”。そして、ヴィオランティスの隣で多くの人の体と心を癒し、人類を優しく包み込んだ”聖女フィアーネ”。現公爵家筆頭ノルトワール家とは、その二人の子孫が代々受け継いだ言った〈伝説の一家〉なのだ。
そんなノストワール公爵家には現在、長男・ニカルド、長女レティシア、次女フェリシアの三人の子がいる。
文才に秀で年不相応に大人びた少年―ニカルド。幼いながらも”聖”の魔力を有し、その寛大な心持から”聖女の生まれ変わり”とささやかれている少女―フェリシア。…そして、そんな異才な二人に挟まれた、我儘放題な出涸らし令嬢ことレティシア。
レイに対してレティシアは「幸福だった」と言ったが、それは悪までレイを基準にした場合だ。レティシアも随分と悲しい人生を歩んで来ている。
全ての始まりは四歳のころ―丁度一年前、と言ったところだろうか。
元気一杯で明るい性格だったレティシアは、今日も今日とて公爵邸の”支え木”と呼ばれる一番大きな木を登っていた。彼女の運動能力は先天的なものがあり、難易度の高いこの木も悠々と上ってしまったのだ。
…そして、事件は起きる。
なんとその様子を見ていたフェリシアまでもが、木に登り始めてしまったのだ。レティシアは焦った。彼女はいつも大人しく滅多に運動などしない。最初は容易に登れるが上へいくだけ降りることが難しくなるこの木をフェリシアがもし、落ちてしまったら…?
―そんな彼女の想像は残念ながら現実となった。レティシアがいる場所の半分ほど下までフェリシアが来たとき、急に横殴りの大きな風が吹いたのだ。しかも、彼女が上の木へ移ろうと不安定になっていたその一瞬に。
「―フェリシア!!」
レティシアは急いでフェリシアを庇うため木から飛び降りた。空中でフェリシアを抱きとめると、自身が下になるよう入れ替わり来るべき衝撃へ耐える。
…結果から言おう。
背中に大きな打撲をしたものの二人とも命に別状はなく、後遺症や跡になる怪我もなかった。―そう、全ては「姉を失いたくない」という衝動の元に目覚めたフェリシアの魔法によって直されたからだ。
…ここからだ。レティシアの苦悩の日々が始まったのは。
最初の一か月はいつも通りだった。多くの人がフェリシアを褒め称え、レティシアにはいつも通り。実質、彼女に悪影響はなかった。
そしてそれから二か月。家族以外の人々…社交界の人間や使用人のフェリシアに対する好待遇が目立つようになってきた。少しづつ「レティシアはいらない子」という印象が根付いていったのだ。
そしてそれから半年。彼女は完全に「不要な子」「出涸らし令嬢」「不能」…そんなレッテルを張られた。―そのレッテルを張ったのはあくまで社交界の人間たち。レティシアの両親や兄は、冷遇される彼女のことをずっと励ましていた。
―が。終いにはレティシアの命を投げうってまで助けた木登り事件を、「レティシアがお転婆でさえなければ、フェリシアも危険な目に合わずに済んだのに…」と言い出した。
…それによって、レティシアにとって”何が大切”で”何のために努力するのか”が分からなくなってしまった。
『私は要らない子』
『不出来な姉』
『英雄公爵家の恥』
『唯一の汚点』
『妹に良いところを全て奪われた出涸らし』
――日々そんな言葉が耳に入れる度、彼女の心は壊れていった。
お転婆じゃダメ?―なら、ドレスを着よう。
私を見てくれない?―なら、問題を起こせば良いじゃない。
私は出涸らしじゃない!―だからもっと宝石を。
誰もいない部屋で、ドレスと宝石、本に囲まれていれば孤独も紛らわせることが出来た。
「貴方が少しでも楽になるなら」と、ドレスや宝石は毎日のように買ってもらった。―けれども本当は、そんなの求めていなかった。
じゃあ何を求めていたか?―それはただ一つ。”出涸らし”と”不能”と呼ばれても私を庇い続けてくれた家族をこれ以上困らせないような…そんな力。”聖女の力”を持っているフェリシアに”次期宰相”と期待される兄。そんな二人と並んで遜色ない力―。
でも私はバカだった。sosすらまともに出すこともできず、ただしたくない癇癪を起す無意味な日々を送っていた。
……そしてそんな時、私は―レティシアは”レイ”に出会った。
”感情”を持たず、人形のように身を粉にする彼女。本当の幸せも、本当の喜びも、何も知らない―。
「哀れね」
と呟きそうになって私は口を噤んだ。
―哀れ?誰が?レイが?………私の”半身”が?
なら、私は『本当の幸せ』と『本当の喜び』を知っている?…いいえ、知らない。物でしか孤独を埋められない”―そう、”哀れな少女”。
ねぇ、レイ。私たち、幸せになれるかな?
嬉しそうに手を振る貴方を眺めながら、走馬灯の如く駆け巡った”私の人生”に目を瞑る。
「どんな未来でも…貴方が幸せでありますように――」
最期まで他人の幸福を願ったレティシアの言葉は、未来へと吸い込まれていった。
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