百鬼徒然

葛葉幸一

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第40夜 隠ーオニー

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言葉って、すごい力をもっている。
もちろん、人や物を表す言葉ももちろんですが、過去の出来事も、言葉で読み解くしない。


もちろん土器や当時使ってた物からも推察はできますが、言葉が残っていたら、その当時のことがわかってしまう。
でも、その言葉が歪められていたら…。

祖父曰く歪められて妖怪になったものなんざ、いくらでもいるんだよ。
人間の負の感情ってのは、人間すらも化け物にかえるのさ。

とても美しい人がいて、素直に美しいと書いた書物と、妬ましくて醜い、と書いた書物があったとして。
それがなぜか「醜いと書かれた書物」の方が残ってしまったら。
後世には「醜い」と残ってしまう。


それが例えば。
鬼。語源は隠という説があるそうだ。
鬼は天狗と混同され、天狗は白人渡来ではないかとも言われている。
もし仮りに。
隠れて住んでる人たちがいたら、それは鬼になるのかもしれません。
たまたま日本に流れ着いた白人が、迫害されて隠れ住んだのかもしれない。


鬼は人。言葉が作り出した者。
そう考えると、日本人の大好きな鬼退治の物語も見る目が変わらないだろうか?
たったひとつの言葉が。
たったひとりの人間を。
妖怪にして。
打ち滅ぼして。
英雄譚に祭り上げるのです。
現代でも、無い、と言い切れるのか? 
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