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気が付くと私は、自分の喫茶店のカウンター席に座ってうなだれていた。どうやってここまで来たのか覚えていない。
外はすっかり暗くなっていて、明かりもつけず真っ暗な店内に一人ぽつんと座っていると寂しさが込み上げてきた。涙が頬を伝うのがわかると堰を切ったように溢れ出す。嗚咽を漏らしているとドアベルが鳴り、誰かが入ってくる気配がした。
「あら?電気も付けずにどうしたのかしら?」
聞き覚えのある声と共に店内が明るくなる。誰かが電気を付けたようだ。顔を上げると、そこには見覚えのある男性二人、あの時計店の男たちと、真っ赤なドレスのような服を着た金髪碧眼の女性が立っていた。
女性は微笑みながら入り口近くのテーブル席に座った。男性二人は、その女性を護るかのようにすぐ近くに立つ。ああ、この女性が時計店たちのボスか。その光景を茫然と眺めていた私に彼女は声を掛けた。
「アップルティーはありまして?私、喉が渇いてしまって」
その声にハッと我に帰ると慌てて返事をした。
「あ、はい!ただいまお持ちします!」
急いで準備に取り掛かる私の背中を見ながら彼女は呟いた。
「なるほどね」
数分後、カップに入った紅茶を持ってきた私を彼女がまじまじと見つめてきたので居心地の悪さを感じる。その視線に耐えかねて思わず聞いてしまった。
「あ、あの……私の顔に何か付いていますか……?」
すると、彼女はにっこりと微笑んで答える。
「いいえ、何もついていないわ。今はね」
意味深な言葉に背筋がゾクリとした。どういう意味だろうと思っている間に彼女の視線は再びこちらに向けられる。まるで品定めされているかのような気分だった。
しばらくした後、満足したのか笑顔に戻ると口を開いた。
「さて、本題に入りましょうか。あの子がいなくなったそうね」
唐突に切り出された話に動揺しつつも何とか頷くことができた。
それからしどろもどろになりながら事情を説明した後で頭を下げる。
「お願いします、翼ちゃんを探してください……!」
必死に懇願する私を見て彼女はくすくすと笑った後で言った。
「ええ、構わないわよ。だって、元々探していたんですもの。それより、あなたはどうしてあの子を探したいの?」
質問の意図がわからず困惑していると、更に続けて言ってきた。
「あなた、あの子の顔や声が思い出せて?」
そう言われて翼ちゃんと猫ちゃんの顔を思い出そうとするが、全く思い出せない自分に驚く。えっ、何故!?必死に思い出そうとするが、何一つとして頭に浮かんでこなかった。
困惑する私に彼女は追い打ちをかけるように言う。
「猫のある猫の守護神。その神の力が何なのかご存じないみたいね?」
「……猫のある猫の守護神……!?」
それは怪盗ウイングキャットのシンボルになっているもの。そして翼ちゃんが魔力を供給している神様。その神様の力?それがどうかしたのだろうか?そう思っていると、彼女は言葉を続けた。
「魅了よ。あの子は魅了した相手を操れる力を持っているの。あなたも例外ではないようね」
魅了されてた?私が翼ちゃんに?そんな馬鹿な……。信じられない!そう思いながら彼女を見ると、不敵な笑みを浮かべてこちらを見ていた。
「信じられなくて当然よね。でも本当なのよ。ほら……」
そう言いながらパチンと指を鳴らすと、まるで頭の中に掛かっていた靄が晴れたかのような不思議な感覚が襲う。それと同時に、今まで二人と過ごした日々が色褪せていくような感じがした。
あれ?何で私は二人を探そうとしてたのだろう?彼女たちはもうここに用が無くなったから出て行っただけなのに、何を必死になってるんだ……? 彼女たちとの付き合いは、ほんの一か月程。私は、なんでこんなに固執しているんだ?ただの手伝いだったろう?
頭を抱える私に彼女は声を掛ける。
「貴方の頭に残っていた魔力を晴らしてあげたの。どう?魅了から解放された気分は?」
そんなはずは無いと思いつつも、頭の中ではその言葉が正しいことを認識する自分がいることに気づく。これは、本当に頭がおかしくなっているのか?それとも本当に彼女に記憶を書き換えられたのか?わからない、わからないけど一つだけ言えることがあるとすれば、私はもう彼女たちを探す気がなくなってしまったということだ。
放心状態の私を尻目に、彼女は席を立つと出口に向かって歩いていく。その後を二人の男性が付き従っていた。
店を出る直前にこちらを振り返ると、微笑みを浮かべながら別れの言葉を告げた。
「それじゃあ、さようなら。もう会うことは無いでしょうけどね。彼女はこちらで探しておくわ」
そう言って店を出て行く彼女を見送ると、私はその場に崩れ落ちるように座り込んだ。
呆然としたまま店内の時計を見上げると、針は夜の12時を指していた。
外はすっかり暗くなっていて、明かりもつけず真っ暗な店内に一人ぽつんと座っていると寂しさが込み上げてきた。涙が頬を伝うのがわかると堰を切ったように溢れ出す。嗚咽を漏らしているとドアベルが鳴り、誰かが入ってくる気配がした。
「あら?電気も付けずにどうしたのかしら?」
聞き覚えのある声と共に店内が明るくなる。誰かが電気を付けたようだ。顔を上げると、そこには見覚えのある男性二人、あの時計店の男たちと、真っ赤なドレスのような服を着た金髪碧眼の女性が立っていた。
女性は微笑みながら入り口近くのテーブル席に座った。男性二人は、その女性を護るかのようにすぐ近くに立つ。ああ、この女性が時計店たちのボスか。その光景を茫然と眺めていた私に彼女は声を掛けた。
「アップルティーはありまして?私、喉が渇いてしまって」
その声にハッと我に帰ると慌てて返事をした。
「あ、はい!ただいまお持ちします!」
急いで準備に取り掛かる私の背中を見ながら彼女は呟いた。
「なるほどね」
数分後、カップに入った紅茶を持ってきた私を彼女がまじまじと見つめてきたので居心地の悪さを感じる。その視線に耐えかねて思わず聞いてしまった。
「あ、あの……私の顔に何か付いていますか……?」
すると、彼女はにっこりと微笑んで答える。
「いいえ、何もついていないわ。今はね」
意味深な言葉に背筋がゾクリとした。どういう意味だろうと思っている間に彼女の視線は再びこちらに向けられる。まるで品定めされているかのような気分だった。
しばらくした後、満足したのか笑顔に戻ると口を開いた。
「さて、本題に入りましょうか。あの子がいなくなったそうね」
唐突に切り出された話に動揺しつつも何とか頷くことができた。
それからしどろもどろになりながら事情を説明した後で頭を下げる。
「お願いします、翼ちゃんを探してください……!」
必死に懇願する私を見て彼女はくすくすと笑った後で言った。
「ええ、構わないわよ。だって、元々探していたんですもの。それより、あなたはどうしてあの子を探したいの?」
質問の意図がわからず困惑していると、更に続けて言ってきた。
「あなた、あの子の顔や声が思い出せて?」
そう言われて翼ちゃんと猫ちゃんの顔を思い出そうとするが、全く思い出せない自分に驚く。えっ、何故!?必死に思い出そうとするが、何一つとして頭に浮かんでこなかった。
困惑する私に彼女は追い打ちをかけるように言う。
「猫のある猫の守護神。その神の力が何なのかご存じないみたいね?」
「……猫のある猫の守護神……!?」
それは怪盗ウイングキャットのシンボルになっているもの。そして翼ちゃんが魔力を供給している神様。その神様の力?それがどうかしたのだろうか?そう思っていると、彼女は言葉を続けた。
「魅了よ。あの子は魅了した相手を操れる力を持っているの。あなたも例外ではないようね」
魅了されてた?私が翼ちゃんに?そんな馬鹿な……。信じられない!そう思いながら彼女を見ると、不敵な笑みを浮かべてこちらを見ていた。
「信じられなくて当然よね。でも本当なのよ。ほら……」
そう言いながらパチンと指を鳴らすと、まるで頭の中に掛かっていた靄が晴れたかのような不思議な感覚が襲う。それと同時に、今まで二人と過ごした日々が色褪せていくような感じがした。
あれ?何で私は二人を探そうとしてたのだろう?彼女たちはもうここに用が無くなったから出て行っただけなのに、何を必死になってるんだ……? 彼女たちとの付き合いは、ほんの一か月程。私は、なんでこんなに固執しているんだ?ただの手伝いだったろう?
頭を抱える私に彼女は声を掛ける。
「貴方の頭に残っていた魔力を晴らしてあげたの。どう?魅了から解放された気分は?」
そんなはずは無いと思いつつも、頭の中ではその言葉が正しいことを認識する自分がいることに気づく。これは、本当に頭がおかしくなっているのか?それとも本当に彼女に記憶を書き換えられたのか?わからない、わからないけど一つだけ言えることがあるとすれば、私はもう彼女たちを探す気がなくなってしまったということだ。
放心状態の私を尻目に、彼女は席を立つと出口に向かって歩いていく。その後を二人の男性が付き従っていた。
店を出る直前にこちらを振り返ると、微笑みを浮かべながら別れの言葉を告げた。
「それじゃあ、さようなら。もう会うことは無いでしょうけどね。彼女はこちらで探しておくわ」
そう言って店を出て行く彼女を見送ると、私はその場に崩れ落ちるように座り込んだ。
呆然としたまま店内の時計を見上げると、針は夜の12時を指していた。
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