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「もしかしてなんだけど、猫ちゃんって、本当に猫なの?」
 私の質問に彼女は一瞬驚いたような表情をしたが、すぐに俯いてしまった。私はさらに言葉を続ける。
「翼ちゃん、正直に話してくれないか?でないと、どうしたらいいのかわからないんだ」
 少し間をおいて、彼女は静かに話し始めた。
「あのね、本当は、私たち、人間じゃないの」
「うん」
「見た目は人間なんだけどね。獣の血が混ざってるの。私たちがいた世界では混じり物って呼ばれてた」
「そうなんだ……」
 やはりそうだったかと思いつつ相槌を打つ。すると、彼女は泣きそうな顔で続けた。
「ごめんなさい」
「どうして謝るんだい?」
「だって……」
「謝らなくていいんだよ」
 そう言いながら頭を撫でると、とうとう泣き出してしまった。そしてそのまま話し出す。
「よしよし、大丈夫だから」
 しばらく頭を撫でながら宥めていると、ようやく落ち着いたようだ。
「猫ちゃんだけどね。あれは多分、酔っぱらってるんだと思うよ」
 私の言葉に翼ちゃんは首を傾げる。
「酔ってるって?」
「またたびって知らない?」
「またたび?」
「猫にはね、お酒みたいなものがあってね、それを嗅ぐと酩酊状態になって暴れたり動けなくなったりするんだよ」
「えっ!?そうなの?じゃあ、猫は!?」
 驚く翼ちゃんに私は頷く。
「時間が経てば酔いが覚めると思う」
「そっか……よかったぁ~」
 安心したように息をつく翼ちゃん。それを見て私も安心する。
「そういえば、何でこんなことが起こったの?」
「二人でホームセンターってところに行ったんだけど、猫が突然走り出して。追いかけてたら、ここの近くまで来てて。そしたら突然倒れてたからここまで運んだんだよ」
「なるほど……」
 大体わかった。とりあえず猫ちゃんはパソコンのある部屋に寝かせよう。そう思って立ち上がろうとしたら、翼ちゃんが話しかけてきた。
「おじさん、お願いがあるんだけど……」
「ん?なんだい?」
 聞き返すと、彼女は恥ずかしそうにモジモジしている。なんだろうと思っていると、意を決したように口を開く。
「その、さっきまでの事、忘れてくれない?」
 それを聞いて私は思わず笑ってしまった。
「ふふっ、わかったよ」
 笑いながら答えると、彼女は顔を真っ赤にして俯いてしまう。そんな姿が可愛くて、また撫でたくなる衝動を堪えつつ、私は猫ちゃんを抱きかかえると部屋まで運んでいった。


 自分の分と翼ちゃんの分のミルクティーを入れるとカウンターに置く。ちょうど良かったので、翼ちゃんに今日の事を伝えることにした。
「今日、あの時計泥棒の人と仲間の、異世界から来た人と話したよ。翼ちゃんのお姉さんじゃなかったみたいだけど」
「え、どういうこと?」
「偶然、時計泥棒の人に会ったんだよ。近所のコンビニでね。それで、もしそっちに異世界から来た人がいるなら話がしたいって言ったんだよ。そうしたら、知ってるって言われたから会いに行ったんだ」
「それで、どうだったの?」
 身を乗り出してくる彼女を制して話を続ける。
「直接は会ってないんだけどね。スマホ越しに話はしたよ。翼ちゃんのお姉さんか聞いたんだけど、妹はいないって……」
 そう言うと、彼女は残念なとした様子だった。やっぱり、会いたいんだろうなと思った。

 私は男に渡された電話番号の書かれた紙を見せながら続けて言った。
「あとね、翼ちゃん達を元の世界に戻す代わりに向こうを手伝ってくれないか?って言ってたよ」
 それを聞いた途端、彼女の表情が明るくなった気がした。しかし、すぐに暗い顔になる。どうしたんだろうと思って見ていると、翼ちゃんはおずおずと口を開いた。
「……それって、お姉ちゃんを探すのをやめて、こっちに置いて帰るってこと?」
「どうなんだろうなあ……?詳しくは教えてくれなかったんだよね」
 私の言葉を聞いて、彼女の顔が更に曇ったような気がした。うーん、どうしたものか……。
 しばらく考えた後、一つ思い出したことがあったので彼女に聞いてみることにする。
「そういえば、翼ちゃんに伝えて欲しいって言ってた。『オオカミと蛇』これでわかるはずだって」
 伝えると、翼ちゃんはハッとした表情を浮かべた後で考え込んでしまった。しばらくすると、顔を上げてこちらを見た。その表情はどこか悲しげだ。
「どうかしたのかい?」
 聞くと、彼女は悲しそうな表情で答えた。
「なんでもない……ありがとね」
 そんな様子の彼女を不思議に思いながらも私は頷いて返した。

 それからしばらくの間沈黙が続く中、不意に彼女が口を開いた。
「……おじさん、今日はありがとう。それと、今まで騙しててごめんね」
 突然の謝罪の言葉に私は戸惑ったが、すぐに笑顔で返す。
「いいよ、気にしてないからさ。それより、何かあったらいつでも相談してくれていいからね?」
「うん……」
 力なく返事をすると、彼女は立ち上がってパソコンのある部屋へと向かった。
「今日はもう遅いし、おじさんは帰った方がいいよ。私は猫の事見てるからさ」
 言われて外を見ると既に真っ暗になっていた。二人がいるならここで寝泊まりするわけにもいかないので、私は帰る支度をする。
「おじさん、おやすみ。またね」
「翼ちゃん、おやすみ」
 挨拶を交わすと、私は店を出た。

 家に帰り着くと、すぐにシャワーを浴びた。汗を流し終えると、寝間着に着替えて布団に入る。色々あった一日だったが、なんとか終わってくれたことに安堵しつつ、目を閉じた。
 意識が遠くなっていく中で、私は考えていた。これからどうなるのだろうかと。翼ちゃんのお姉さんを見つけてあげたい気持ちはあるが何をすればいいのかわからない。
 あの人がそうだと思っていたけど、結局違うみたいだし、もう手がかりが無いんだよなあ。
 せめて何かわかればいいんだけど……そう思いながら眠りについたのだった。
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