上 下
150 / 221
アストラ帝国編

新しい地、大聖堂の街ビロシュベキ・グラード

しおりを挟む
ガタゴトと馬車が揺れている。
 馬の歩き音の奏でる軽快なリズムに車輪が石畳を転がる音。
 二人は潜入作業としてネウストリアからアストラ帝国首都ビロシュベキ・グラードへ移動を行い、たどり着こうとしていた。


「そろそろ着くでやんすよ。ウェルナー様、ここが目的地です」

「あ……、そっか。ミサラ、そろそろ起きてよ。着くって」

 平野を超え、山脈を越え、馬車に揺られる事一週間。長旅で疲労がたまったせいかサラは眠っている。
 幸一はそんな事を察し今までサラを寝かせておいた。そして彼女の肩を優しくゆする。

「ミサラ、ん、んん……。あ、もう着くんだ」

 寝ぼけながら一瞬慣れない名前に戸惑い首をかしげたサラだが、すぐにはっと我に帰り言葉を返す。
 マティルデ・ウェルナー。それが裕福な商人の息子で数ヶ月前に隣のサラと結婚した、それが幸一がこの地に潜入するために作った偽りの設定だ。設定だけでなく茶髪に髪色を変えている。

 ちなみにサラにはマティルデ・ミサラという名が与えられている。互いにとっさに本名を言ってしまわないよう普段からウェルナー、ミサラと言い合うようにしている。

 イレーナとルーデル、シスカは別行動でこの国にすでに入国済みだ。

 二人とも背筋を伸ばして幌の外を眺める。すると歴史ある雰囲気を感じさせる石造りの視界に入る。

 これが二人が潜入作業をする街ビロシュベキ・グラード。
 幸一達の世界で言えばイタリアのような雰囲気に近かった。


 そして馬車は街の中心にたどり着く。

「しかしいろいろと警戒を怠らない方がいいでやんす旦那様。この街見てくれは信仰深い教徒に囲まれて質素で素朴な街でやんすが、裏じゃあマフィアがはびこり変なうわさがうようよ立っているでやんすよ」

「なるほど、現地の情報も知っているのか」

 独特な口調で助言しその街並みに視線を向ける案内人の男性もどこか怪しい雰囲気を放っている。

 くたびれた黒いスーツを身にまといながら西の方を指差しにやけ顔で語りかけてくる。

「うまい地場産の酒なら西の海岸沿いの酒場にあるといいでやんす。地元の人がよく飲む酒が安く手に入りやんす。ミサラさんで性欲が満たされないというのなら隣の地区に可愛い女の子がそろっている娼館が──」

「いやいやいやそんなことないですって。余計なお世話ですから」

 娼館という名前を聞いて幸一は思わずあわあわと手を振り慌てる。隣にいたサラは顔を真っ赤にしてうつむいてしまう。

「ああ、ミサラちゃんで十分でやんすね。っていうかイレーナ様がいるんでしたねこれは失礼でやんす」

 にやけた笑いをかもしながら案内人は馬を止める。

 くれぐれも新婚夫婦の商人で教会に紹介する商品があるという面もくでこの地に来る事になっている。
 確かにサラはこの国生まれで地理や歴史にも詳しい。そしてサラの知り合いがいるという情報も入っているのでいざピンチになった時に味方になってくれたりかくまってくれる可能性もありその点も優位に働く。

 また、イレーナはお嬢様で国外問わず有名な存在で変装をしたとしてもどこかで気づかれてしまう可能性が高いので偽りの立場を演じての潜入には向いていない。

 なのでサラを妻と設定になったのは妥当だ。
 そんな事を考えていると馬車は積荷を下ろしこの場から去っていく。

 噴水がある中央広場、周囲を見回すと修道服を着た信者らしき人が多い。それだけでなく猫耳などをつけている亜人などもいて人通りの多いにぎやかな通り。
 そこで馬車を見送った後視線を北に向ける。

「ああ、大聖堂。なつかしい……」

 幸一の世界でたとえるならばアヤ=ソフィアを彷彿とさせるような形の建造物だ。
 大きさも幸一達が住んでいた首都ネウストリアにある大聖堂よりずっと大きかった。

 そして入口に歩を進める。門番のシスターに偽名の名前を話し二人の身分証明書を渡す。
 シスターは少しあたふたし出して「少々お待ち下さい」と一言言った後早足で大聖堂に言ってしまう。

 幸一とサラは不安げな表情になり顔を見合わせる。五分ほどするとシスターの人がすたすたと歩いてやってくる。そして申し訳なさそうな表情をしながら二人に話しかける。

「申し訳ありません。ウェルナー様、ミサラ様ですね、確認が取れました。今案内します」

 そう言ってシスターは中に入っていく。幸一とサラもそれについていく形で中に入っていく。


「中、神秘的だね──」

 天井には神秘的な幾何学模様が描かれている。正面には大きな天使の像、それに向かって多くの信者の人が手を合わせ祈りをささげていた。

 それを見た幸一はこの国の信者達の信仰深さを強く感じた。

「ミ、ミサラ、この国、信者の人は多くて信仰深いのかな?」

「そうですウェルナー、この国は実際に教会の法皇と天使が出会った場所として有名で天使を強く信仰する人、そしていろいろな国からも信者が来ているんです」

 慣れない偽名にたどたどしさを感じながら二人がこの国の事について話す。


 歩きながら話をしているとシスターの人が小さいドアを開けて中に入る
 二人もそれに続いて入ると宣教師らしき人がシスターに話しかけていたり礼拝の予定の打ち合わせをしている声が聞こえ出す。どうやら関係者だけが立ち入りを許されている場所のようだった。


 そして一番奥の部屋をノックして入る。
 豪華な家具や飾りものに彩られた部屋。その椅子に目的の人物は存在した。

「おお、勇者様とミサラ様ですか。ユダ様からお聞きになりましたぞ」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ハズレスキル【分解】が超絶当たりだった件~仲間たちから捨てられたけど、拾ったゴミスキルを優良スキルに作り変えて何でも解決する~

名無し
ファンタジー
お前の代わりなんざいくらでもいる。パーティーリーダーからそう宣告され、あっさり捨てられた主人公フォード。彼のスキル【分解】は、所有物を瞬時にバラバラにして持ち運びやすくする程度の効果だと思われていたが、なんとスキルにも適用されるもので、【分解】したスキルなら幾らでも所有できるというチートスキルであった。捨てられているゴミスキルを【分解】することで有用なスキルに作り変えていくうち、彼はなんでも解決屋を開くことを思いつき、底辺冒険者から成り上がっていく。

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス

R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。 そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。 最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。 そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。 ※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※

このステータスプレート壊れてないですか?~壊れ数値の万能スキルで自由気ままな異世界生活~

夢幻の翼
ファンタジー
 典型的な社畜・ブラックバイトに翻弄される人生を送っていたラノベ好きの男が銀行強盗から女性行員を庇って撃たれた。  男は夢にまで見た異世界転生を果たしたが、ラノベのテンプレである神様からのお告げも貰えない状態に戸惑う。  それでも気を取り直して強く生きようと決めた矢先の事、国の方針により『ステータスプレート』を作成した際に数値異常となり改ざん容疑で捕縛され奴隷へ落とされる事になる。運の悪い男だったがチート能力により移送中に脱走し隣国へと逃れた。  一時は途方にくれた少年だったが神父に言われた『冒険者はステータスに関係なく出来る唯一の職業である』を胸に冒険者を目指す事にした。  持ち前の運の悪さもチート能力で回避し、自分の思う生き方を実現させる社畜転生者と自らも助けられ、少年に思いを寄せる美少女との恋愛、襲い来る盗賊の殲滅、新たな商売の開拓と現実では出来なかった夢を異世界で実現させる自由気ままな異世界生活が始まります。

彼女をイケメンに取られた俺が異世界帰り

あおアンドあお
ファンタジー
俺...光野朔夜(こうのさくや)には、大好きな彼女がいた。 しかし親の都合で遠くへと転校してしまった。 だが今は遠くの人と通信が出来る手段は多々ある。 その通信手段を使い、彼女と毎日連絡を取り合っていた。 ―――そんな恋愛関係が続くこと、数ヶ月。 いつものように朝食を食べていると、母が母友から聞いたという話を 俺に教えてきた。 ―――それは俺の彼女...海川恵美(うみかわめぐみ)の浮気情報だった。 「――――は!?」 俺は思わず、嘘だろうという声が口から洩れてしまう。 あいつが浮気してをいたなんて信じたくなかった。 だが残念ながら、母友の集まりで流れる情報はガセがない事で 有名だった。 恵美の浮気にショックを受けた俺は、未練が残らないようにと、 あいつとの連絡手段の全て絶ち切った。 恵美の浮気を聞かされ、一体どれだけの月日が流れただろうか? 時が経てば、少しずつあいつの事を忘れていくものだと思っていた。 ―――だが、現実は厳しかった。 幾ら時が過ぎろうとも、未だに恵美の裏切りを忘れる事なんて 出来ずにいた。 ......そんな日々が幾ばくか過ぎ去った、とある日。 ―――――俺はトラックに跳ねられてしまった。 今度こそ良い人生を願いつつ、薄れゆく意識と共にまぶたを閉じていく。 ......が、その瞬間、 突如と聞こえてくる大きな声にて、俺の消え入った意識は無理やり 引き戻されてしまう。 俺は目を開け、声の聞こえた方向を見ると、そこには美しい女性が 立っていた。 その女性にここはどこだと訊ねてみると、ニコッとした微笑みで こう告げてくる。 ―――ここは天国に近い場所、天界です。 そしてその女性は俺の顔を見て、続け様にこう言った。 ―――ようこそ、天界に勇者様。 ...と。 どうやら俺は、この女性...女神メリアーナの管轄する異世界に蔓延る 魔族の王、魔王を打ち倒す勇者として選ばれたらしい。 んなもん、無理無理と最初は断った。 だが、俺はふと考える。 「勇者となって使命に没頭すれば、恵美の事を忘れられるのでは!?」 そう思った俺は、女神様の嘆願を快く受諾する。 こうして俺は魔王の討伐の為、異世界へと旅立って行く。 ―――それから、五年と数ヶ月後が流れた。 幾度の艱難辛苦を乗り越えた俺は、女神様の願いであった魔王の討伐に 見事成功し、女神様からの恩恵...『勇者』の力を保持したまま元の世界へと 帰還するのだった。 ※小説家になろう様とツギクル様でも掲載中です。

異世界召喚されたら無能と言われ追い出されました。~この世界は俺にとってイージーモードでした~

WING/空埼 裕@書籍発売中
ファンタジー
 1~8巻好評発売中です!  ※2022年7月12日に本編は完結しました。  ◇ ◇ ◇  ある日突然、クラスまるごと異世界に勇者召喚された高校生、結城晴人。  ステータスを確認したところ、勇者に与えられる特典のギフトどころか、勇者の称号すらも無いことが判明する。  晴人たちを召喚した王女は「無能がいては足手纏いになる」と、彼のことを追い出してしまった。  しかも街を出て早々、王女が差し向けた騎士によって、晴人は殺されかける。  胸を刺され意識を失った彼は、気がつくと神様の前にいた。  そしてギフトを与え忘れたお詫びとして、望むスキルを作れるスキルをはじめとしたチート能力を手に入れるのであった──  ハードモードな異世界生活も、やりすぎなくらいスキルを作って一発逆転イージーモード!?  前代未聞の難易度激甘ファンタジー、開幕!

「魔王のいない世界には勇者は必要ない」と王家に追い出されたので自由に旅をしながら可愛い嫁を探すことにしました

夢幻の翼
ファンタジー
「魔王軍も壊滅したし、もう勇者いらないよね」  命をかけて戦った俺(勇者)に対して魔王討伐の報酬を出し渋る横暴な扱いをする国王。  本当ならばその場で暴れてやりたかったが今後の事を考えて必死に自制心を保ちながら会見を終えた。  元勇者として通常では信じられないほどの能力を習得していた僕は腐った国王を持つ国に見切りをつけて他国へ亡命することを決意する。  その際に思いついた嫌がらせを国王にした俺はスッキリした気持ちで隣町まで駆け抜けた。  しかし、気持ちの整理はついたが懐の寒かった俺は冒険者として生計をたてるために冒険者ギルドを訪れたがもともと勇者として経験値を爆あげしていた僕は無事にランクを認められ、それを期に国外へと向かう訳あり商人の護衛として旅にでることになった。 といった序盤ストーリーとなっております。 追放あり、プチだけどざまぁあり、バトルにほのぼの、感動と恋愛までを詰め込んだ物語となる予定です。 5月30日までは毎日2回更新を予定しています。 それ以降はストック尽きるまで毎日1回更新となります。

処理中です...