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第三章 常州騒乱
掃討(7)
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「二の先兵と大炊頭様の手勢らとの間で、撃ち合いになっておるようでございますな」
内藤がわずかに顔を顰めた。一の兵が任されているのは水戸城下側にある下町本通りから新町にかけて、二の先兵は青柳から枝川にかけて繰り出しているはずだった。大発勢もやはり太田方面を狙っているのか、昨日のうちに神勢館のすぐ側にある新舟渡から那珂川を渡った部隊がいたらしい。そこへやってきたのは、○印の肩章をつけた者だった。○印は、諸生党の合印である。
「申し上げます。二の軍より手勢だけにては些か心細き故、援軍を乞われておりまする」
「すぐに参ると申し伝えよ」
内藤の決断は早かった。そして、鳴海らの方を振り返った。
「木倉村から市毛村まで駆け抜け、背後から幕軍を援護致す」
「承知した。十右衛門」
与兵衛が、大声で十右衛門を呼び寄せた。
「青柳の幕軍本営からの出撃と合わせるとして、どの場所から撃ち込むのが良い?」
横から、内藤が絵図を差し出した。それを見た十右衛門が、しばし考え込む。やがて、懐から物差しを出し、絵図の上で主要地点を結ぶ距離を測り始めた。
「神勢館を狙うのであれば、やはり市毛村から対岸へ撃ち込むのが宜しいのではござらぬか。大炊頭様の軍が太田を狙うのか助川へ向かうのか現時点では判別が付きかねますが、弾が届くのは七丁程度が限度でござる」
鳴海も、脇から十右衛門の手元を覗き込んだ。中台村そして津田村に沿うようにして走っている道がある。この道から南側は、ほぼ遮蔽物がなく、田や畑が広がるばかりだ。砲撃の効果を上げるには、遮蔽物があるのが前提である。
「敵兵の数は?」
鳴海は、内藤に尋ねた。
「湊を発ってきた時点では、千という報告がござった。恐らく左程人数は減っておるまい」
二本松勢と内藤らの手を合わせた人数と、ほぼ互角である。臆するわけではないが、できれば兵力の消耗は避けたいところである。
鳴海が思案していると、後ろにいた成渡が何か思いついたのか、前へ進み出た。
「恐れながら、内藤様。天狗側の武力と我が方の武力は、それぞれ如何ほどになっておりますでしょうか」
内藤は戸惑いの色を見せたが、思案しつつ丁寧に答えてくれた。
「我が方が三、大発勢が二ほどではあるまいか。大発勢は二十日に湊を発って以来、多少なりとも糧食も砲弾も減っておろう。こちらは二本松の方々の分もある」
「畏まりました。少々お待ちくださいませ」
成渡はその辺りに落ちていた棒切れを拾い上げると、地面に何やら計算し始めた。算術の得意な成渡らしく、すぐに答えが出た。
「――このまま、打って出られても差し支えございませぬ。この勝負、まず我が方が勝ちます」
そのきっぱりとした物言いに、鳴海は却って不安になった。
「何を根拠に……」
気合で攻め立てるというのならば、まだわかる。だが、双方の兵力は互角か、若干大発勢の方が多めではないか。成渡は何かの計算をしただけである。
「これを御覧くださいませ」
成渡は、地面の計算式を示した。そこには、二対の計算式が並んでいる。
上の式は、二に千の二乗を乗じたもの。下の式は、三に九五〇の二乗を乗じたものだ。そして、成渡はその計算結果も答えた。
「上の結果が二百万。下の結果が二百七十万七千五百。下の方が我らの計算式でございます。この計算式からすれば、必要以上に攻め立てなくとも、我らの勝利でございます」
鳴海は与兵衛と顔を見合わせた。そんな計算法は、聞いたことがない。が、不思議と説得力があった。
「面白い御方ですな」
内藤は、微かに笑った。
「我が方が有利とは思いまするが、やはりここでの兵力の損耗は避けたいところでござる。まずは、市毛村まで天狗共を追い立て、枝川まで辿り着いたところで砲撃を加えると致しますか」
軍監を任されるだけあって、内藤にはなにがしかの勘が働いたらしい。成渡は、「痛み入りまする」と片膝をついて頭を下げ、つま先でさっと計算式を消した。
「鋒矢の陣形がよろしかろう。下知をお任せいたして宜しいか」
内藤が、与兵衛に視線を向けた。
「無論、異存はござらぬ」
与兵衛が口元に笑みを浮かべた。続けて、五番組の物頭である水野九右衛門を手招いた。
「先手は九右衛門殿と内藤殿の手勢にお任せする。二陣は寺西次郎介が隊を二手に分け、九右衛門殿の背後から援護せよ。その後ろは右翼が五番組騎兵、左翼が六番組騎兵が駆け抜ける。如何か」
「承知いたしました。まずは軽くあしらってやりましょう」
九右衛門が口角を上げて、鳴海の方をちらりと見た。無論、鳴海にも異存はない。
「参られよ」
鳴海の命令を機に、兵が素早く移動していく。大将である与兵衛と鳴海は後方に、その前方には騎馬武者が列を成す。右翼が五番組、左翼が六番組。中軍は内藤の馬廻衆であり、さらにその前方に歩兵が雁の隊列のような形に展開した。騎上からは、木倉村の畑地や農家の影に人影がちらちらと動いているのが見えた。
目指すところは、大発勢を神勢館方面まで押し返すことである。
内藤がわずかに顔を顰めた。一の兵が任されているのは水戸城下側にある下町本通りから新町にかけて、二の先兵は青柳から枝川にかけて繰り出しているはずだった。大発勢もやはり太田方面を狙っているのか、昨日のうちに神勢館のすぐ側にある新舟渡から那珂川を渡った部隊がいたらしい。そこへやってきたのは、○印の肩章をつけた者だった。○印は、諸生党の合印である。
「申し上げます。二の軍より手勢だけにては些か心細き故、援軍を乞われておりまする」
「すぐに参ると申し伝えよ」
内藤の決断は早かった。そして、鳴海らの方を振り返った。
「木倉村から市毛村まで駆け抜け、背後から幕軍を援護致す」
「承知した。十右衛門」
与兵衛が、大声で十右衛門を呼び寄せた。
「青柳の幕軍本営からの出撃と合わせるとして、どの場所から撃ち込むのが良い?」
横から、内藤が絵図を差し出した。それを見た十右衛門が、しばし考え込む。やがて、懐から物差しを出し、絵図の上で主要地点を結ぶ距離を測り始めた。
「神勢館を狙うのであれば、やはり市毛村から対岸へ撃ち込むのが宜しいのではござらぬか。大炊頭様の軍が太田を狙うのか助川へ向かうのか現時点では判別が付きかねますが、弾が届くのは七丁程度が限度でござる」
鳴海も、脇から十右衛門の手元を覗き込んだ。中台村そして津田村に沿うようにして走っている道がある。この道から南側は、ほぼ遮蔽物がなく、田や畑が広がるばかりだ。砲撃の効果を上げるには、遮蔽物があるのが前提である。
「敵兵の数は?」
鳴海は、内藤に尋ねた。
「湊を発ってきた時点では、千という報告がござった。恐らく左程人数は減っておるまい」
二本松勢と内藤らの手を合わせた人数と、ほぼ互角である。臆するわけではないが、できれば兵力の消耗は避けたいところである。
鳴海が思案していると、後ろにいた成渡が何か思いついたのか、前へ進み出た。
「恐れながら、内藤様。天狗側の武力と我が方の武力は、それぞれ如何ほどになっておりますでしょうか」
内藤は戸惑いの色を見せたが、思案しつつ丁寧に答えてくれた。
「我が方が三、大発勢が二ほどではあるまいか。大発勢は二十日に湊を発って以来、多少なりとも糧食も砲弾も減っておろう。こちらは二本松の方々の分もある」
「畏まりました。少々お待ちくださいませ」
成渡はその辺りに落ちていた棒切れを拾い上げると、地面に何やら計算し始めた。算術の得意な成渡らしく、すぐに答えが出た。
「――このまま、打って出られても差し支えございませぬ。この勝負、まず我が方が勝ちます」
そのきっぱりとした物言いに、鳴海は却って不安になった。
「何を根拠に……」
気合で攻め立てるというのならば、まだわかる。だが、双方の兵力は互角か、若干大発勢の方が多めではないか。成渡は何かの計算をしただけである。
「これを御覧くださいませ」
成渡は、地面の計算式を示した。そこには、二対の計算式が並んでいる。
上の式は、二に千の二乗を乗じたもの。下の式は、三に九五〇の二乗を乗じたものだ。そして、成渡はその計算結果も答えた。
「上の結果が二百万。下の結果が二百七十万七千五百。下の方が我らの計算式でございます。この計算式からすれば、必要以上に攻め立てなくとも、我らの勝利でございます」
鳴海は与兵衛と顔を見合わせた。そんな計算法は、聞いたことがない。が、不思議と説得力があった。
「面白い御方ですな」
内藤は、微かに笑った。
「我が方が有利とは思いまするが、やはりここでの兵力の損耗は避けたいところでござる。まずは、市毛村まで天狗共を追い立て、枝川まで辿り着いたところで砲撃を加えると致しますか」
軍監を任されるだけあって、内藤にはなにがしかの勘が働いたらしい。成渡は、「痛み入りまする」と片膝をついて頭を下げ、つま先でさっと計算式を消した。
「鋒矢の陣形がよろしかろう。下知をお任せいたして宜しいか」
内藤が、与兵衛に視線を向けた。
「無論、異存はござらぬ」
与兵衛が口元に笑みを浮かべた。続けて、五番組の物頭である水野九右衛門を手招いた。
「先手は九右衛門殿と内藤殿の手勢にお任せする。二陣は寺西次郎介が隊を二手に分け、九右衛門殿の背後から援護せよ。その後ろは右翼が五番組騎兵、左翼が六番組騎兵が駆け抜ける。如何か」
「承知いたしました。まずは軽くあしらってやりましょう」
九右衛門が口角を上げて、鳴海の方をちらりと見た。無論、鳴海にも異存はない。
「参られよ」
鳴海の命令を機に、兵が素早く移動していく。大将である与兵衛と鳴海は後方に、その前方には騎馬武者が列を成す。右翼が五番組、左翼が六番組。中軍は内藤の馬廻衆であり、さらにその前方に歩兵が雁の隊列のような形に展開した。騎上からは、木倉村の畑地や農家の影に人影がちらちらと動いているのが見えた。
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