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第17話 プライバシーの侵害です

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 アーサー様は私の手を引いて応接室を飛び出しました。たまたま近くにいた女生徒たちが立ち止まり、私たちを見送ってから「キャー」と黄色い声をあげます。何か勘違いしてる気がする!

 彼が向かったのは図書館でした。昼休みの終わりが近いせいか、生徒の姿はありません。司書の先生は私たちをチラっと見るなり事務室のほうへと引っ込んでしまいました。
 アーサー様は王国の地図を持って来て、大きな机に広げます。

「ここがスラットリー男爵領で、その北にあるのが侯爵領」

 アーサー様の長い指が地図上にくるっと円を描くのを見つめながら頷きます。
 その綺麗な指は侯爵領上を斜めに走りました。

「通常、国内の移動にはより多くの道に通じていて整備の行き届いた侯爵領のトラナタ街道を使う」

「はい、帝国側に抜けるのもヘリン公国側へ向かうのも、トラナタから行くのが一般的です」

「だが以前はシャリマ旧街道を使っていた、か」

 スラットリー男爵領の南側を指差します。それはヘリン公国から真っ直ぐに続く道。男爵領を抜けて西へいくらか行ったところで、トラナタ街道とぶつかります。利便性の面からトラナタのほうに人が集まるようになり、今シャリマ旧街道を行くのは一部の観光客くらいのものだとか。

「今でも混雑を避けたい人は旧街道を使うと思います」

 アーサー様も頷きました。

「急いでいて、しかも人目を避けたい密使もね」

「帝国側からの接続効率も悪いのでヘリンの密使なら必ずこちらを」

 椅子に腰掛けて、アーサー様が細く長い息を吐きます。薄く唇を噛む仕草に、対処方法について考えているのだろうことがわかりました。私もはす向かいの椅子に座って、彼の次の言葉を静かに待ちます。

 どれくらいの時間が経ったでしょうか。司書の先生が一度だけ本を棚に戻しにいらっしゃいましたが、またすぐに事務室へと戻られたようでした。

 ふいにアーサー様が「ん」と声をあげます。

「国に対して直接嘆願が出ていないか念のため確認するけど、それがなければやはり王家と言えど根拠もなしに領地の問題に口は出せないかな。男爵家側を叩いて男爵夫人の悪事を明らかにするほうが結局は早いだろうね」

「そう、ですよね」

「でもスラットリー男爵令嬢が何も言わない限り、俺たちが動くこともできない」

 そうなんですよね。マリナレッタさんの訴えにより、という大義名分がないので調査さえ難しい。やはりここは、アーサー様が彼女と距離を縮めて……!

「またろくでもないことを考えてる顔だ」

「まさか!」

 お二人は結ばれるんですから、それがちょっと遅いか早いか、過程をすっ飛ばすか否かの違いでしかないと思うのですけど。

 アーサー様が地図を丸めながら席を立ちました。

「順番は前後するが、先に調査だけは進めておくよ。その間に、エメリナがスラットリー男爵令嬢から話を聞き出しておいて」

「え、私がですか?」

「他に誰がいると思ってるの。俺は彼女とふたりきりでは会わないし、男爵家の内情を多くの人間の前で吐露することもないよね」

「頑固……」

「頑固なのは君でしょ」

 くるくるっと巻いた地図を紐で結んで、筒状になったそれで机の上をポコンポコンと叩きました。

「全っ然わかってくれないようだから、ハッキリ言っておく。俺は君が好きだ。いい? エメリナだけが好きなんだよ。今も、そしてこの先もずっと」

「でも」

「予言書は俺も信じる。でもね、人間の心はそれに縛られないんだよ」

 席を立ったアーサー様はそっと私の頬を撫でてから、地図を手に司書の先生がいるはずの事務室のほうへと向かいました。

 そんなこと言われなくたってわかります。私だって、推しと推しが幸せになる未来のためにこんなに頑張って気持ちを抑えてるんですから!
 いえ、この世界の私にとっては最初から推しじゃなかったですね。憧れから始まって、孤児院の支援に関して意見交換をする機会が増えて、いつの間にか恋をしてた。
 だけど、彼はマリナレッタさんと結ばれさえすれば、ふたりとも幸せになれるって約束されてるんですよね。私ではそうはいかないじゃないですか、彼を幸せにできるかわからないんです。

 ばーかばーかと呟きながら、自分の言い分が破綻し始めていることから目を逸らしました。

「俺の手で動かせる範囲で調査隊を組むよう指示してきた。朝を待たず出発させるよ」

 戻って来たアーサー様がそうおっしゃいます。

「指示?」

「あの司書は俺の手のうちにある王家の駒だよ」

「……ぐほっ、コホッコホッ! もしかして」

 驚き過ぎて咽ました。あの司書の先生はいつもここにいます。それは、私が追放先の他国について調べていたときも同様で。
 小さく睨む私に、アーサー様はしてやったりみたいな顔で笑いました。

「ずいぶん熱心に調べてたみたいだけど、仕方ないよね、追放される可能性があったんだから。うん、理解はするよ。でももう心配しなくていい。追放なんてあり得ないことだからね」

「プライバシーの侵害です」

「図書館の利用は生徒の全てに開放される代わりに、司書が利用実態を調べてもいる。調査結果は図書館の運営に反映されるわけで、公益のためだよ」

「調査結果をアーサー様がご存知なことが問題だと言ってるんです!」

「いくらでも反論できるけど、ここは甘んじて受け止めておこうかな」

 むぅ。受け止められちゃったらこれ以上言うことないじゃないですか。ずるい、ずるい大人だ!

 アーサー様が隣に座って、私の髪に触れました。手に取った一房の髪をさらさらと落とすのを繰り返しています。彼に触れられるのが心地いいことだって、知りたくなかったな。

「他に質問は?」

「あ、さっきの伯爵令息」

「ん」

「瞬間移動しました?」

 大爆笑されました。
 彼は双子なんだそうです。しかも双子同士でマリナレッタさんを取り合ってるとか。知らなくていい情報だった……。



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