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第1話 正直にお話しします

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「追放? 一体、なんの話をしているのか……」

 私たちはこの後、婚約式を執り行う予定で神殿の控室にいます。目の前に座るのは晴れて正式な婚約者となるヴァルミレー王国の王太子殿下、アーサー・ハンク・オ・ヴァランタン様。灰赤ココア色の髪は頭の後ろで結われ、それより少しだけ濃い色味のまつ毛がぱちりぱちりと瞬かれました。

 私は先ほどよりもゆっくり、そしてわかりやすさを心掛けながら再びご説明します。

「私は今朝、前世の記憶が蘇りました。いえ、前世の記憶などという情報は重要ではありません。端的に申し上げて、私は未来がわかるのです」

「前世と未来は相反する概念だけど?」

「はい、混乱を与えるような言い方をして申し訳ありません。前世において私はこの世界の、いえ、アーサー様の未来を描いた書物を読んだということです」

 アーサー様が頭を抱えました。
 人払いをしたため、室内には私たちの他に扉の脇に立つアーサー様の近侍がひとりだけ。彼にはもちろん何も聞こえていませんから、チラッとアーサー様の様子を見るにとどまります。

「俺限定の予言書なんてどこに需要があるんだ……」

「ここに」

「あ、はい」

 続けてとスミレ色の瞳で促され、頷きます。

 愛読書である「壁の花に魔法のキスを」というタイトルのロマンス小説の世界へ、私が転生したのだと気づいたのは今朝のことです。
 鏡に映る、雪のような銀髪とルビーのごとき紅い瞳の美女。間違いようがありません。今朝まで健やかに、公爵令嬢としての人生になんの疑問も持たず生きて来たエメリナ・ヤ・ワイゼンバウム。これが現世の私の名前です。
 「壁キス」においては婚約者であるアーサー様と恋仲になったヒロインを苛め、追放される役どころ。いわゆる悪役令嬢というやつですね。

「その予言書によると、アーサー様は聖トムスン王立学院のご学友と恋に落ちます」

「エメリナではなく?」

「はい。お相手の方は通常より半年ほど遅れてこの春に入学する新入生で、お二人はすぐ相思相愛になられます。でも私は嫉妬にかられて、彼女を苛めてしまうのです」

「君が嫉妬してくれるの?」

「ええ。それで私は婚約を破棄され、国外追放となります」

 アーサー様がソファーに背をもたれかけ、腕を組みました。思案するお顔も素敵。小説では描かれないような、些細な癖……例えば考え込むときに薄く唇を噛むお姿が見られて、本当なら神に感謝を捧げたいところですが。あら、この場合の神は作者様かしら?

「だから、『国外ではなく修道院へ』と嘆願してるってわけだ」

「そうですね、ご希望に応じて恋の成就に向けご協力しますので!」

「協力」

「もちろん今の私にお相手の方を苛めるつもりはないのですけど、そうすることで彼女とアーサー様との距離が近くなる側面がございますので、必要最低限のちょっかいはお目こぼしいただきたく」

「苛めるつもりはないって、それじゃあ嫉妬しないってこと?」

「はい? あ、そうですね。嫉妬しないよう心がけます」

 本当はちょっとだけ難しいです。前世の私にとってアーサー様は「推し」ですが、今世の私にとっては……。
 せめてもっと早くに記憶を取り戻していれば、ここまで想いを寄せる前にどうにかできたはずですのに。それどころか、原作ストーリーの始まる婚約式当日に思い出すだなんて、なんの策も講じられないじゃないですか!

 控室の扉をノックする音。式が始まるようですね。
 アーサー様が近侍へ少し待つように伝え、私に向き直りました。

「どうしてその話を? 俺とその女性が絆を深める前に人知れず排除することもできただろうに。君が狂気に落ちたと言われる可能性は考慮しなかったのかい」

「私、前世では教師だったのです。私の住む日本という国には、王立学院のように生徒をひとところへ集め学ばせる機関がいくつもあって、その門戸は平民の幼い子どもたちにまで等しく開いていました」

 アーサー様が真剣な表情で頷きます。馬鹿にもせず聞いてくださることにそっと安堵して、私は続けました。

「教師として、子どもたちの模範となるべく生きてきました。道徳的であることを讃え、正直は美徳だと伝えて。だから今の私に隠し事や虚偽の申告はできません」

「でも」

「それに、あの……。アーサー様には結ばれるべきお相手がいますから、わ、私たちはその、健全な関係のまま……」

 恥ずかしくてそれ以上は言えませんでした。アーサー様もほんのり目元を赤らめて視線をさまよわせています。

 だって、原作ではエメリナとアーサー様がキ、キスをするシーンがあるのです! まぁ、嫉妬に燃えたエメリナが口付けをねだり、仕方なくといった様子で交わされたものですけど。けれど、作中に描かれていないところでどのようなスキンシップがあったかは、私にもわからないでしょう?

 アーサー様の人生の伴侶が私ではないとわかっているのだから、お互いの貞操は守らなければならない。それが道徳的に生きるということなのです。

 ソファーから立ち上がったアーサー様が私の手を取りました。

「前世とか予言書とかそんな話をすぐに信じるのは難しいけど、でも俺はエメリナを信じたいし、尊重する」

「ありがとうございます」

「だけど、予言が外れたときは覚えておいて。二度と追放してほしいなんて言わせない」

「追放してほしいではなく、国外はご勘如いただき――」

「そうだったね。さ、行こう」

 アーサー様の右手に乗せた私の左手が、ぎゅっと強く握られました。あと、この話は他言しないようにともきつく約束させられて。んもう、それくらいの分別はつきますのに!



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