稀代の悪女が誘拐された

伊賀海栗

文字の大きさ
上 下
14 / 15

第14話 再建するって大変ですね

しおりを挟む

 王国での騒動から三日が経過しました。ジルドは塔の中のご自分の会議用のお部屋をダーチャのために空けてくれたので、彼女は当面そこで生活することになっています。お風呂などはわたくしの部屋にあるものを共用していますけれど。

 ダーチャが来てくれてから生活が少し華やかになったのは確かです。ジルドとふたりだけの毎日も面白いのですが、やっぱり同性のお友達がいるからこその楽しさというのは確実に存在しますから。

「ご両親はお呼びしなくて本当によかったの?」

「はい。弟もそうですけど王国の再建に尽力したいと。お嬢様のことをしっかりお支えするようにって言われたので、家族の分までがんばりますわ」

「んもう……普通のお嬢さんとしての幸せはどうするのよ」

「それはピエリナお嬢様が片付いてから考えま――あっ! 先輩、それわたしの仕事です。お嬢様のお茶はわたしが用意するって……もうーっ! このバカワウソ!」

 テキパキとお茶を用意するカワウソとダーチャの戦いは未だに続いています。なんならダーチャの分のお茶まで用意してくれるカワウソに軍配が上がっていますけれど、ふたりのやり取りが可愛いので自由にやらせることにしています。

 ぎゃいぎゃいと騒がしい中でノックの音が響き、カワウソが目にも留まらぬ速さで扉のほうへ移動しました。カワウソが陸上をどれくらいの速さで走るのかは知りませんけれど、人間より速いのは間違いないのでダーチャもこればかりは諦めているみたい。見極めができるというのは大切なことですね。

「ああ、ふたりともお揃いだね」

 入って来たのはジルドとミケちゃんです。ダーチャが来てからは転移ではなくちゃんとドアをノックして確認してくれるようになったのは成長ですわね。わたくしひとりだけだった頃から人権について考えていただけるともっと良かったのですけど。

 おふたりは何も言ってないのにテーブルへ着席しました。こういうときにここが魔術塔であることを思い出させられます。

「ふぁふぁ! 美人さんたちに癒してもらいたくての!」

「ピエリナの癒しは俺専用だからな、ジジイ」

「おー怖いのー! 息子がいじめるわい!」

 この親子はこれで仲良しですから放っておきます。ダーチャもそれはすぐに理解したようで、可愛い親子喧嘩をにこにこ眺めていますね。
 でもジルドの顔色が優れないような?

「ジルド、なんだかお疲れのようね」

「王国再建の雑務がね……。ほとんどは国の偉いのに任せてるんだけど、魔術師の見解が必要なこともあるからさ」

「再建といえば王弟をおさえていただなんて、用意周到で感心してしまったわ」

 国を征服するにおいて、既存の文化を上書きするのは悪手です。必ず民の反発がありますから。王とは国の文化や歴史の最たるものであり、どこの馬の骨ともわからない人物を王に据えたところで民はついて来ません。
 では王族の血を引く者ならどうか。前王の弟君は七年前にジルドを逃がしたあの事件以来、王や我が父である公爵の動きに不信感を持っていたそうです。わたくしが会計処理の不備を帝国に報告した際、帝国側の調査に協力していたのも王弟だったとか。
 そう、新王に即位するのはその王弟なのです。

「その用意周到さが帝国たる所以じゃの」

「それで、貴族たちの処遇はどうなったのかしら」

「多くはそのまま使うよ。可愛いピエリナをいじめた奴らだから全員放逐してもいいんだけど、それは国がまわらないからね」

 はーぁと大きな溜め息をついてジルドがそう言いました。彼らは長い物に巻かれるだけですから、その長い物が良き志を持つなら国もまた良くなっていくでしょう。わたくしもその決定に否やはありません。

「でっ、では、旦那様……いえ公爵閣下やパルマ伯爵などは」

 ダーチャが身を乗り出しました。お父様に対してわたくし以上に怒っていたのはいつもダーチャですからね。彼らの結末も気になるのでしょう。

 ジルドはわたくしの髪をひと房掬い上げてキスをしました。突然の奇行。

「ピエリナの前で言いたくないってところで察してくれたら嬉しいかな。あ、でも」

「でも?」

「何とかいう頭の緩いご令嬢いたでしょう。彼女は本当に何も知らなかったようでね、結界内からの追放ということになったよ」

「それ、わたくしなら死刑より恐ろしいのですけど」

「俺もそう思う。ま、運が良ければ普通に暮らしていけるさ」

 結界の外で暮らすのは無法者ばかりですし、そもそも魔物がたくさんいます。もちろん魔物の素材を獲って市場に流す人々もいますから、彼らに受け入れてもらえたら人間らしい生活を送れるでしょう。

「ふぁっふぁ! そんな悪人どもの心配なぞせんでよろしい。お前さんたちはホレ、やることがあろう?」

「そうですわ、お嬢様! 新居を探さなくては!」

「全くその通りだ。ピエリナ、いい土地があるのだけど一緒に見に行ってくれるかな」

「え、待って。これわたくしとジルドの結婚が既定路線になっていない?」

 わたくしが治癒魔法を使ったことが早速教会に知れてしまったようなのです。本当に耳が早いったら!
 それで、魔術塔のほうに問い合わせが来ているのだとか。彼らが実力行使に出る前に早く結婚しないとって言われていて。もちろん、治癒魔法を覚えるにあたってその可能性については聞かされていましたけど、あの、その。

 ジルドがわたくしの手を取って立たせ、ダーチャは薄手のコートをわたくしの肩に掛けました。なにその素晴らしい連携。

「デートですね! 気を付けて行ってらっしゃいませ!」

「えぇ……」

「湖のそばと海のそばどっちがいい?」

「転移魔法をわたくしに教えてからもう一度聞いてちょうだい」

「じゃあまずは湖のほうに行こう」

 ジルドが指先でくるっと円を描いて光球を出しました。全く、わたくしの意思を尊重するように見せかけて、大事なところで勝手なことをするんだから!

 仕方ないかと半分諦めつつ光球へ足を踏み入れたところで、ミケちゃんの言葉がわたくしの背を追いかけてきました。

「銃で撃たれたのもわざとじゃぞー。ジルドの変態を舐めんようにのー!」

 ……なんですって?


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

乙女ゲームのヒロインに生まれ変わりました!なのになぜか悪役令嬢に好かれているんです

榎夜
恋愛
櫻井るな は高校の通学途中、事故によって亡くなってしまった ......と思ったら転生して大好きな乙女ゲームのヒロインに!? それなのに、攻略者達は私のことを全く好きになってくれないんです! それどころか、イベント回収も全く出来ないなんて...! ー全47話ー

占い好きの悪役令嬢って、私の事ですか!?

希結
恋愛
前世でスピリチュアルグッズの販売をしていた私は、25歳の時に交通事故に巻き込まれてこの世を去った。それから転生し、ロラン子爵家の長女サシャとして生きてきたのだけど、ある日王家の秘宝【黒猫の涙】を期間限定の婚約内定者になって一緒に探してほしいと第2王子から依頼される。その探し物、何だかちょっと訳ありみたいだけど……提示された条件や、報酬はすっごく魅力的。お金至上主義の私は、報酬に心惹かれて王宮に足を踏み入れるのだった。 とある情景から【王宮迷宮(ラビリンス) 〜黒猫の涙を探して〜】という乙女ゲームの世界に転生していた事に気がついたけど、自分のポジションはまさかの悪役令嬢だった……!? 占いが得意な悪役令嬢(?)が、いつの間にやら王家の闇や秘密に首を突っ込んで巻き込まれていく事になる、ドタバタ王宮ラブストーリー。あ、恋愛要素もあるみたいですけど……お金って大事ですよね? ※R15指定は保険です。ノベルアップ+様でも投稿中。3/1より不定期更新になります。

【完結】悪役令嬢はゲームに巻き込まれない為に攻略対象者の弟を連れて隣国に逃げます

kana
恋愛
前世の記憶を持って生まれたエリザベートはずっとイヤな予感がしていた。 イヤな予感が確信に変わったのは攻略対象者である王子を見た瞬間だった。 自分が悪役令嬢だと知ったエリザベートは、攻略対象者の弟をゲームに関わらせない為に一緒に隣国に連れて逃げた。 悪役令嬢がいないゲームの事など関係ない! あとは勝手に好きにしてくれ! 設定ゆるゆるでご都合主義です。 毎日一話更新していきます。

王子好きすぎ拗らせ転生悪役令嬢は、王子の溺愛に気づかない

エヌ
恋愛
私の前世の記憶によると、どうやら私は悪役令嬢ポジションにいるらしい 最後はもしかしたら全財産を失ってどこかに飛ばされるかもしれない。 でも大好きな王子には、幸せになってほしいと思う。

公爵令嬢 メアリの逆襲 ~魔の森に作った湯船が 王子 で溢れて困ってます~

薄味メロン
恋愛
 HOTランキング 1位 (2019.9.18)  お気に入り4000人突破しました。  次世代の王妃と言われていたメアリは、その日、すべての地位を奪われた。  だが、誰も知らなかった。 「荷物よし。魔力よし。決意、よし!」 「出発するわ! 目指すは源泉掛け流し!」  メアリが、追放の準備を整えていたことに。

英雄の元婚約者は魔塔で怠惰に暮らしたいだけ。

氷雨そら
恋愛
魔塔で怠惰に暮らしているエレノアは、王国では魔女と呼ばれている魔塔の長。 だが、そのダラダラとした生活は、突然終わりを告げる。 戦地から英雄として帰還した元婚約者のせいで。 「え? 婚約破棄されてなかった?」 連れ去られたエレノアは、怠惰な部屋で溺愛される。本人はそのことに気が付かないけれど。 小説家になろう様にも投稿しています。

もしもし、王子様が困ってますけど?〜泣き虫な悪役令嬢は強気なヒロインと張り合えないので代わりに王子様が罠を仕掛けます〜

矢口愛留
恋愛
公爵令嬢エミリア・ブラウンは、突然前世の記憶を思い出す。 この世界は前世で読んだ小説の世界で、泣き虫の日本人だった私はエミリアに転生していたのだ。 小説によるとエミリアは悪役令嬢で、婚約者である王太子ラインハルトをヒロインのプリシラに奪われて嫉妬し、悪行の限りを尽くした挙句に断罪される運命なのである。 だが、記憶が蘇ったことで、エミリアは悪役令嬢らしからぬ泣き虫っぷりを発揮し、周囲を翻弄する。 どうしてもヒロインを排斥できないエミリアに代わって、実はエミリアを溺愛していた王子と、その側近がヒロインに罠を仕掛けていく。 それに気づかず小説通りに王子を籠絡しようとするヒロインと、その涙で全てをかき乱してしまう悪役令嬢と、間に挟まれる王子様の学園生活、その意外な結末とは――? *異世界ものということで、文化や文明度の設定が緩めですがご容赦下さい。 *「小説家になろう」様、「カクヨム」様にも掲載しています。

【完結】辺境伯令嬢は新聞で婚約破棄を知った

五色ひわ
恋愛
 辺境伯令嬢としてのんびり領地で暮らしてきたアメリアは、カフェで見せられた新聞で自身の婚約破棄を知った。真実を確かめるため、アメリアは3年ぶりに王都へと旅立った。 ※本編34話、番外編『皇太子殿下の苦悩』31+1話、おまけ4話

処理中です...