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第二章

41:ハーヴィン王太子

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 表彰式がやっと終わったと思ったら、今度は食事会が待っていた。

 錬達は料理の乗った白い丸テーブルが複数あるパーティ会場のような部屋に移動させられる。

 香草をまぶして豪快に丸焼きにされたチキンが皿に乗せられ、ふわふわの白いパンやチーズ、色とりどりの果物がその周囲を彩る。どうやらバイキング形式のようだ。

「おお、うまそう……だけど……」

 カインツとノーラは果実水のグラスを渡されたが、しかし錬には何もない。

「一応聞くけど、俺は食べてもいいの?」

「やめておけ。亜人奴隷を嫌う貴族は多い。高貴な人間のいる席で食事などしたら何を言われるかわからんぞ」

「だよね~……」

 予想はしていた事だが、これだけの豪華な料理を前にして飲み食い禁止なんて蛇の生殺しである。

「ごめんなさい、レンさん……」

「ノーラさんが謝る事じゃない。俺に構わずいっぱい食べてきてくれ」

 精一杯の作り笑いで二人を見送った後、錬は盛大にため息をつく。

(この王宮だけ魔獣にぶっ潰されればよかったのに……)

 そんな益体もない事を考えていると、二人の人物が歩み寄ってきた。

 一方は焦げ茶色の髪を小ぎれいに整えた背の高い二十歳前後くらいの男性だ。大勢の貴族の中にいてなお目立つ衣装を身に着けている。

 もう一方は人相の悪い太った男である。ごまをするような態度からして腰巾着か何かなのだろう。

「レンと言ったな。少し良いかね?」

「はい。えっと……あなたは?」

「おい貴様! 王太子殿下に対して無礼であるぞ!」

 太った男に怒鳴られ、一瞬錬は萎縮する。

「ゴーン卿、ここは祝いの席だよ」

「はっ……これは失礼致しました、殿下」

 にこやかに笑う殿下と呼ばれた男に、錬はまじまじと目を向ける。

「王太子殿下……なんですか?」

「そうだよ。私はハーヴィン=グラン=ヴァールハイトという。こちらはドルエスト=ゴーン男爵だ」

「す、すみません……!」

 慌ててひざまづこうとしたが、ハーヴィンは笑顔でそれを制した。

「よしてくれたまえ。君は王都を守った英雄なのだから」

「え? でも俺……私は表彰されていませんが」

「普通に話してくれて構わんよ。実は君と二人だけで話がしたくてな。飲むかい?」

 そう言って果実水の入ったグラスを見せてくる。

「殿下……その者は亜人奴隷で……」

「それが何か?」

「い、いえ……」

 気まずそうにゴーン男爵が錬を睨み付ける。

 だがハーヴィン王太子は笑顔を崩さず、果実水のグラスを錬の前に差し出してくる。

 そのおいしそうな金色の液体に思わず息を呑むが、しかしすぐに手を伸ばすような真似はしない。

 魔石鉱山でルード=バエナルド伯爵から聞いた話だと、ハーヴィン王太子は魔力至上主義を掲げる人物だったはずだ。なのに魔力なしである錬に対してそんな素振りは見せず、むしろ友好的な態度を取っている。

(何か企んでるのか……?)

 真っ先に思い付くのは毒殺だ。

 魔力なしでも使える魔法具を量産する事のできる錬は、魔力持ちの地位を脅かしかねない存在である。まさか王子が祝いの席で凶行に及ぶとは考えにくいが、用心するに越した事はない。

「……申し訳ありませんが、遠慮しておきます。奴隷は高貴な方々のいる場で飲み食いしてはならないと言われているもので」

「そうかね? 王太子である私が進めた以上は文句を言う者などいないだろうが、まぁ無理にとは言わない」

 ハーヴィンはグラスをテーブルに置き、ゴーン男爵に顔を向ける。

「すまないが卿は席を外してくれたまえ」

「し、しかし……」

「先ほど二人だけで話がしたいと言ったろう?」

「殿下! ですがそやつは……!」

「私に同じ事を三度も言わせるつもりかい?」

 貼り付いた笑顔に陰が落ちる。その凄みのある表情に、錬は思わず背筋が震えた。

 それはゴーン男爵も同じだったようで、青ざめながら後ずさる。

「も、申し訳ございません……!」

「こちらこそわがままを言ってすまないね。では行こうか」

 ハーヴィンは目を細めて笑い、付いてくるよう手招きしてくる。

 不穏な空気を感じつつも、錬は彼の背を追った。





 そうして招かれた先は食事会場のすぐ隣にある庭園だった。

 その木陰へ連れられ、錬は周りを見る。

 周囲に誰もいないと一目でわかる広い場所だ。石像の持つ瓶が水を吐き出し、水場にしぶきを上げている。遠目に見えるガーデンアーチには色とりどりの花が咲き誇っていた。

「良い場所だろう? ここは私のお気に入りでね、毎日欠かさず庭師に手入れをさせているんだ」

「はぁ……」

 ハーヴィン王太子の意図が読めず、錬は生返事する。

「それで、王太子殿下が俺なんかにどんな御用でしょうか?」

「私は回りくどい話が嫌いな性分でね。単刀直入に聞く。君は株式会社カノー電機を知っているかね?」

「!?」

 いきなりの話に錬の心臓が跳ねた。

 前世で錬が務めていたブラック企業の社名だ。

「なぜそれを……?」

「どうやら知っているようだな、青木君」

「まさか……あなたは!?」

 ハーヴィンはにこやかに笑った。

「お察しの通り、私も転生者だ。前世の名は加納正人かのうまさひと。株式会社カノー電機の社長をやっていた」

 予想通りの言葉に、錬は絶句する。

(会社の誰かだとは思ったけど、よりによって社長か……)

 決して嫌いな人物ではない。何十何百もの不採用通知を受けて精神的に参っていた錬を、面接で即決採用してくれたのが彼だ。

 その結果がとんでもないブラック企業の社畜だったわけだが、就職難民とどちらが良かったのかは一考の余地があるかもしれない。

「最初に君を転生者ではないかと疑ったのは、魔石エンジンや魔石銃の報告を受けた時だ。どちらもこの世界にはなく、しかし前世では広く存在していた道具だからね」

 そう言って彼はグラスをあおり、ガーデンアーチに目をやる。

「私が前世の記憶を思い出したのは、十五年ほど前になるかな? 当時五歳だった私は落ちてきた花瓶で頭を打ってね。もう一人の自分というものが頭の中に入ってきた感覚だったよ」

 ハーヴィンは目を細めて楽しげに笑う。

「それ以来、私はこの世界について調べた。文明レベルは中世ヨーロッパの暗黒時代といったところだが、魔法などというものが実在し、獣人や魔獣が存在する事から、どうやらここが地球ではないらしい事はわかった。しかし幸いにも私は王族として生まれ、前世で培った経営の知識を活かす場に恵まれた。私が王位を継げば、この国は更なる発展ができるだろう」

 そう言って錬に手を差し伸べてくる。

「青木君、私の下へ来い」

「社長の下へ?」

「社長はやめたまえ。今の私はハーヴィン王太子だよ」

 差し出された手を、錬はじっと見つめる。

 この手を取るとどうなるのか? 起こりうる未来に錬は思考を巡らせる。

 そんな様子を迷いと受け取ったのか、ハーヴィンは諭すような優しげな声で言う。

「君も前世の知識を活かしてここまで来たのだろう? ならば迷う事はない。君は不幸にも奴隷として生まれたようだが、這い上がる意志とそれを成す力がある。私と共に来るのであれば、地位と権利を保証してやろう。君が調べたがっていた王家の魔法具についても私の権限で見せてやる。決して悪い話ではないはずだ」

 たしかに悪い話ではない。むしろ奴隷の錬には破格の待遇とさえ言える。

 それに、彼の言う事がまるきり嘘という可能性はおそらくない。ハーヴィンの前世はあくまで経営者であって、エンジニアではないのだ。錬に利用価値がある以上、地位や権利はほぼ確実に保証してくれるだろう。

 だがハーヴィンの言葉を聞いて真っ先に脳裏をよぎったのは、ジエットの顔だった。

「……一つ、教えてください」

「何だね?」

「俺は前世でどうやって死んだんですか?」

 ハーヴィンの眉がぴくりと持ち上がる。

「……そんな事を知ってどうする?」

「そんな事も知らずにこの話を進める事はできません。聞かせてください、俺の最期を」

 ハーヴィンはしばらく沈黙していたが、やがて手を引っ込めて、小さくため息を漏らした。

「過労死だ。君の残業時間が労基に報告され、過重労働と断定された」

「そうですか……」

「君には申し訳なく思っているよ。だがその件で私も世間に散々叩かれ、贖罪はしたつもりだ。水に流してはくれないかね?」

「もう過ぎた事です。なんたって前世の話ですしね。今更過去についてとやかく言うつもりはないですよ」

「そうか! ならば私の下へ来てくれるな?」

「いえ、申し訳ありませんがお断りします」

 予想もしない返答だったのだろう。ハーヴィンは豆鉄砲を食らった鳩のように瞠目した。

「……なぜだね?」

「過去については水に流します。でも俺は、未来までそうするつもりはありませんから」

「奴隷制度の廃止かね?」

「知ってたんですね」

「その件ならできるだけ配慮してやる。君と親しい奴隷は皆買い取って、それなりの職と生活環境を与えてやってもいい」

「それじゃ根本的な解決にはなりません。俺は奴隷制度そのものをなくしたいんです」

 その瞬間、ハーヴィンの顔から笑顔が消えた。

「……もしも今奴隷制度を潰せば労働力がなくなり、この国の経済基盤が揺らぐぞ? そうなったら貴族も市民も野垂れ死ぬ。もちろん奴隷が真っ先に死ぬだろう。そんな事できるわけがない」

「できますよ。事実、前世では奴隷制度がなくても世界は回っていました」

「それは数多の偉人達の努力と犠牲があってこそ成し遂げられたものだ」

「なら、俺がその偉人の一人に立候補しますよ。誰かがやらなきゃ何も始まりませんから」

「君一人で何ができる?」

「一人じゃありません。大勢の仲間達がいます!」

 錬にはジエットがいる。鉱山奴隷の彼らもいる。ノーラだって協力する事を誓ってくれたし、魔法学園の生徒会も困った事があれば来いと言ってくれた。決して一人ではない。

 気付けばハーヴィンは底冷えのする目で錬を見つめていた。

「本気なのだな?」

「はい。元より茨の道は覚悟の上。それでも俺は、自分の信じる道を行きます」

「……わかった。ならば好きにするといい。だが私の誘いを断った事、後悔するなよ?」

 含みを感じる言葉を残し、ハーヴィンは背を向けた。
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