上 下
24 / 51
第一章

4-1 尾行への正しい対処方法

しおりを挟む
 ――サニスの町に辿り着いた俺と勇者様は、意見を違えていた。
 どちらにも退く意思がなく、睨み合いながら自分の意見を通そうとする。

「だから! 新しい鎧を一式買うべきよ! これは先行投資だからね? ラックスさんの怪我を減らすために、絶対必要よ!」

 勇者様の意見へ首を横に振る。

「サニスの町にも詰所はあります。そこへ行けば、新しい鎧を優遇してもらえます。最低でも、安く売ってもらえるはずです」

 彼女は俺の意見へ首を横に振る。

「もっといい装備をつけるべきだと言っているの!」
「兵士の装備が悪いと言っているんですか!?」
「悪いとは言っていないけれど悪いわよ!」

 ギャーギャー言い争っているが埒が明かない。俺たちは店に入り、乾いた喉を潤しながら、落ち着いて話を続けることにした。

「まず、怒鳴るのは無しにしましょう」
「分かりました」
「相手の意見を途中で否定せず、ちゃんと最後まで聞くこと」
「同感です」
「よし、では話し合いましょう。さっきとは違い、お互い冷静に、ね?」
「はい、もちろんです」

 笑顔で再開された話し合いは、数分で怒鳴り合いになっていた。
 そもそも、勇者様は兵士の装備へ文句を言い過ぎだ。質が悪い? 悪くない! 量産体制も整っており、質も悪くない。中古品だとしても、必ず鍛冶屋に一度は見せている。一体何が悪いと言うのか!

 しかし、勇者様は反論する。
 一般的な兵士の装備の質については分かった。だが、この旅はより困難になり続ける。自分は良い装備を最初から支給されたが、ラックスさんの装備は更新し続けなければならない、とのこと。

「RPGの基本でしょ!?」
「RPGってなんですか!」
「ロールプレイングゲームよ!」
「ロールプレイングゲームってなんですか!」
「こういった世界を旅するゲームよ!」
「な、なんと……」

 さすがにこの言葉には驚いた。聞くところによると、勇者様はいくつものRPGを熟しているらしい。
 つまり、実戦経験はあらずとも、こういった事態を想定した訓練を行って来たということだ。

「う、うぐぐ……」

 今の勇者様の印象は、実戦経験の足らない軍師見習い。だが十分な学習は行っており、自分よりも詳しい。
 となれば、悔しいが、言い返せる材料が無い。
 俺はガクリと項垂れ、勇者様とまずは武器屋へ向かうことにした。


 店の中へ入る。カウンターにいた店主はこちらをジロリと見て、冷やかしだとでも思ったのだろう。その後は見向きもしなかった。
 これはダメな店だな。勇者様の装備は一級品どころか超一級品。そこに気付かず、少年少女というだけで判断をした。店の程度が知れる。
 俺はそう思っていたのだが、勇者様は店の中を一通り見て回り……頷いた。

「この一番高い槍でいいわよね?」
「はい?」
「お客様! そちらをお買い上げですか! いやぁお目が高い! その槍は彼の名工――」

 やる気の無かった店主が、目を輝かせて説明を始める。そりゃそうだろう。一番高いのを買おうとしてくれているのだから。
 しかし、邪魔なので押しのけ、勇者様の耳元へ口を近づける。今はこいつに用は無い。

「いやいや、なにを考えているんですか!?」
「え? だって、一番高い装備は一番良い装備でしょ?」
「仰る通りです! こちらの逸品は」
「ちょっと黙っててくれるか!?」
「黙りません! 商売ですから!」

 これでは説明もできないと分かり、勇者様の手を引いて店を出る。
 最後まで店主は名残惜しそうにしており、「またのご来店をすぐにでもお待ちしております!」などと宣っていた。
 店から少し離れた路地で、勇者様を壁の前に立たせ、少し強めに壁を叩いた。

「なにを考えているんですか!? さすがにあれはダメですよ!」
「こ、これがリアル壁ドン……!」
「聞いてますか!?」

 よく分からないことを言っている勇者様へ、説明をする。

「まず、あの店は勇者様の装備を見ても驚きませんでした。つまり、見る目が無いと言うことです」
「……そういえばこれ、すごい品々なのよね」
「とんでもなくすごい品々です。続いて、一番高い装備は一番良い装備? 初心者にありがちな勘違いです」
「なぜ? 店のことは分かったけれど、そっちは全然分からないわ」

 うぅむ、勇者様は詳しいようで詳しくない。装備は任せてよと言っていたのに、どうやらあまり分かっていないようだ。
 ならば、と自分は気合を入れて説明を始めた。道具屋の息子を舐めないでもらいたい。

「まず、あの槍です。素晴らしい逸品かもしれませんが、自分に合っているかは分かりません」
「自分に合っているか? でもラックスさんは槍や剣を使っていたでしょ?」

 確かに剣、槍、斧、弓。なんでもござれな自分だが、どの槍でも良いわけではない。

「長さ、重さ、握った感触。それから突いて振ってと、扱いやすさを試さなければなりません」
「……確かにその通りね。服を選ぶとき、サイズが合ってなければ意味がない。だぼだぼになってしまうわ」

 武器と服は違うが、なんとなく言っていることは分かってもらえたらしい。
 勇者様はぺこりと頭を下げた。

「ごめんなさい、ラックスさん。わたしが甘かったわ」
「そ、そんな頭を下げないでください。分かって下さっただけで大丈夫です。……では、詰所に」
「なにごとも経験ね! 次はうまくやってみせるわ! さぁ、違うお店に行きましょう!」
「あ、あれぇ?」

 俺は釈然としないまま、勇者様に引っ張られて違う店へ移動するのだった。


 一軒、二軒、三軒と見て回る。サニスの町は大きく、武器屋や防具屋は多くあった。
 毎度勇者様はなにかしら失敗をしているが、その度に成長が見受けられる。もしかしたら商才があるのかもしれない。
 本当にいい店を見つけ出し、名工の逸品を掘り出してしまうのか?

 そんなワクワクした気持ちで歩いていたのだが、面倒なことに気付いた。
 三人、いや四人か? 尾行している輩がいる。

 恐らく、先ほどの店で、勇者様の装備の素晴らしさに店主が気付き、騒いだせいだろう。もしくは、その店主自身がバカなことを考えたのかもしれない。
 俺は手に持っていた兜を被り、槍を握る。

「ラックスさん、町中で鎧無しに兜だけは変だと思うわ」
「とてもひどい言い草に自分の心はへし折れそうですが、今はそれどころではありません。誰かが我々を尾行しています」

 勇者様がハッとした顔をして、口元に手を当てる。
 だが、騒ぐのもマズい。落ち着かせようとしたのだが、勇者様が先に口を開いた。

「よくあるやつね!」
「よくあるんですか!?」
「えぇ、必ずと言っていいほどあるわ」

 どうやら勇者様の世界では、強盗の類は死ぬほどいるらしい。日常茶飯事とは驚いてしまった。

「やっぱり新しい町と言えばイベントよね……!」

 なにかブツブツと勇者様は言っているが、今はバカたちへの対処が先だろう。手を握り、ある場所へ向けて足を進ませた。

「どこへ行くの?」
「任せてください。サニスの町には来たことがありますので、こういった場合に行くべきところは分かっています」
「……開けた場所ね! 返り討ちにするんでしょ!」
「全然違います」

 本当に勇者様の世界が分からなくなってきた。平和で戦わず、命を奪ったこともないと言っていたが、強盗はいるし、開けた場所で返り討ちにするのか?
 それに山賊がとてつもなく恐ろしい存在だということも分かっている。とても平和だとは思えなかった。

 明らかに粗暴な輩による尾行は続いている。だが、そいつらが追いつくよりも早く、こちらの目的地へ辿り着いた。
 扉を開き、中へ入る。尾行していた者たちは顔を顰め、路地裏へ消えて行った。

「もう大丈夫ですよ、勇者様」
「ここに入っただけで大丈夫なの? すごいわね、一体ここはどこ?」

 勇者様の問いに対し、俺はニッコリと笑って答えた。

「サニスの町にいくつかある兵士の詰所。その一つです。では、変なやつらに追いかけられていたことと、どの店へ行った後だったかを伝えて来ますね。すぐに対処してくれるはずです。なんと言ったって、勇者様と、同じ兵士ですからね! 信頼性抜群です」

 俺は親指を立てたのだが、勇者様は眉根を寄せて言った。

「あ、うん。普通の対処ね。なにか大事なイベントを一つ潰した気がするわ……」

 後半はよく分からなかったが、普通の対処が一番ですよ? と俺は首を傾げるのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

他国から来た王妃ですが、冷遇? 私にとっては厚遇すぎます!

七辻ゆゆ
ファンタジー
人質同然でやってきたというのに、出されるご飯は母国より美味しいし、嫌味な上司もいないから掃除洗濯毎日楽しいのですが!?

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

虐げられた令嬢、ペネロペの場合

キムラましゅろう
ファンタジー
ペネロペは世に言う虐げられた令嬢だ。 幼い頃に母を亡くし、突然やってきた継母とその後生まれた異母妹にこき使われる毎日。 父は無関心。洋服は使用人と同じくお仕着せしか持っていない。 まぁ元々婚約者はいないから異母妹に横取りされる事はないけれど。 可哀想なペネロペ。でもきっといつか、彼女にもここから救い出してくれる運命の王子様が……なんて現れるわけないし、現れなくてもいいとペネロペは思っていた。何故なら彼女はちっとも困っていなかったから。 1話完結のショートショートです。 虐げられた令嬢達も裏でちゃっかり仕返しをしていて欲しい…… という願望から生まれたお話です。 ゆるゆる設定なのでゆるゆるとお読みいただければ幸いです。 R15は念のため。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

勇者に闇討ちされ婚約者を寝取られた俺がざまあするまで。

飴色玉葱
ファンタジー
王都にて結成された魔王討伐隊はその任を全うした。 隊を率いたのは勇者として名を挙げたキサラギ、英雄として誉れ高いジークバルト、さらにその二人を支えるようにその婚約者や凄腕の魔法使いが名を連ねた。 だがあろうことに勇者キサラギはジークバルトを闇討ちし行方知れずとなってしまう。 そして、恐るものがいなくなった勇者はその本性を現す……。

いきなり異世界って理不尽だ!

みーか
ファンタジー
 三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。   自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!

【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断

Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。 23歳の公爵家当主ジークヴァルト。 年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。 ただの女友達だと彼は言う。 だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。 彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。 また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。 エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。 覆す事は出来ない。 溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。 そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。 二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。 これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。 エルネスティーネは限界だった。 一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。 初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。 だから愛する男の前で死を選ぶ。 永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。 矛盾した想いを抱え彼女は今――――。 長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。 センシティブな所へ触れるかもしれません。 これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。

【完結】言いたいことがあるなら言ってみろ、と言われたので遠慮なく言ってみた

杜野秋人
ファンタジー
社交シーズン最後の大晩餐会と舞踏会。そのさなか、第三王子が突然、婚約者である伯爵家令嬢に婚約破棄を突き付けた。 なんでも、伯爵家令嬢が婚約者の地位を笠に着て、第三王子の寵愛する子爵家令嬢を虐めていたというのだ。 婚約者は否定するも、他にも次々と証言や証人が出てきて黙り込み俯いてしまう。 勝ち誇った王子は、最後にこう宣言した。 「そなたにも言い分はあろう。私は寛大だから弁明の機会をくれてやる。言いたいことがあるなら言ってみろ」 その一言が、自らの破滅を呼ぶことになるなど、この時彼はまだ気付いていなかった⸺! ◆例によって設定ナシの即興作品です。なので主人公の伯爵家令嬢以外に固有名詞はありません。頭カラッポにしてゆるっとお楽しみ下さい。 婚約破棄ものですが恋愛はありません。もちろん元サヤもナシです。 ◆全6話、約15000字程度でサラッと読めます。1日1話ずつ更新。 ◆この物語はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆9/29、HOTランキング入り!お読み頂きありがとうございます! 10/1、HOTランキング最高6位、人気ランキング11位、ファンタジーランキング1位!24h.pt瞬間最大11万4000pt!いずれも自己ベスト!ありがとうございます!

処理中です...