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第一章
閑話 少しだけ勇者らしくなりたいと願った
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――なにがミミーブだ。
昔見た古い映画。そう、デカい蛇が大量に出る映画だ。あれを思い出す大きさのミミズが道を塞いでいた。見ているだけでゾッとしてしまう。
なのに、ラックスさんは平然と足を進ませ、踏み越えようとしていた。理解ができない。
大丈夫と言っていたが、もし万が一にでも潰れでもしたら……あぁ、嫌だ。想像したくない。プチュッとか音がするに違いない。
わたしは無理だということを前面に出し、森の中を抜けてから道に戻る、という方法をとらせてもらった。ミミズを踏み越えないで済むのには、心底ホッとした。
だが森の中を進んでいるうちに、あることに気付く。
疲れないのだ。足も痛くない。
確かに旅を始めてから歩く時間は増えたが、たいして疲れないのは若いからだと思っていた。
しかし、今は違う。悪路を歩いているからこそ分かる。体が軽かった。
もしかしたら勇者としての力を使いこなせるようになってきているのか、もしくはレベルが隠しステータスとして設定されているのかもしれない。
……どこまでやれるのだろう?
ふと考えてしまったことから、わたしの暴走は始まる。
最初は、スキップするように軽い足取りで移動をしていた。岩場なども、トントンッと蹴り上がることができる。パルクールのようだ。
長い蔓が伸びていたことに気付き、掴んでター○ンごっこをする。そこから飛んで、木の枝を掴んだ。こんなことが簡単にできてしまう。テンションはドンドン上がっていった。
「勇者様!? 危ないですよ!」
「いいえ、違うわラックスさん。能力の限界を調べることで、後々に備えているのよ」
「なるほど……!」
物は言いようとはよく言ったものだ。ラックスさんは簡単に信じ込んでくれたので、わたしは引き続き身体能力実験を続けた。
だが正直に言おう。やりすぎた。
気付いたときにはラックスさんの声は聞こえず、自分の居場所も分からない。少し落ち込みながら、高い木へ登る。歩いている人影を見つけられた。
ラックスさんではなかったが、もしかしたら見かけているかもしれない。……などと考えたりはしない。森の中にいる一般人? そんなのは猟師だけであり、明らかに不審者だった。
コソコソと近付き、彼らの話へ聞き耳を立てる。
「どこぞの坊ちゃんを捕まえたらしい。兵士の鎧を着て、身分を偽ってたとか言ってたな」
「猿みたいな護衛の女を連れていた、ってよ。どこかに消えたって話だから、仲違いでもしたんだろう」
「へっへっへっ、こりゃ楽しめそうだな」
ラ、ラックスさんの貞操が危ない!
耽美な展開になってしまうよりも早く、彼を助け出さなければならない。もし間に合わず、それがトラウマにでもなってしまったら……。
わたしに弱音を吐き、甘えるようになったりするのだろうか? 想像すると、悪くない気がした。あのふわっとした頭を撫でながら、大丈夫ですよぉ、と。
違う、そうではない。余計なことを考えず、早く助けに行くのがわたしのやるべきことよ! などと言い聞かせている内に、彼らは拠点としているであろう洞窟へ入って行った。
このまま後を追いかければ、さすがに身を隠す場所も無い。罠がある可能性だって高い。
よって、まずは周囲を見て回ることにする。だが急がなければならない。ラックスさんが目覚めてしまう前に、わたしが助け出さなければ。そうでないと、わたしが目覚めてしまうかもしれない。
「たぶん、ここら辺を崩せば繋がっているんじゃないかしら?」
目の前には石壁。草などで隠しているが、明らかに人の手が入っている。
しかし、普通に壊せば気付かれてしまう。音を立てずに壊したとしても、目の前に誰かがいる可能性だってある。
さて、どうしたものか。
……少し考えた後、わたしは魔法に頼ることにした。
ここまでの旅で試したが、魔法というのは物理法則を無視したことを行えるようだ。
もちろん偉い科学者などからしたら、それも科学です、と言うかもしれない。だが、ただの高校生であるわたしには、魔法とは不思議な力に思えた。
「魔法とは、まだ解明できていない科学である、か」
現実世界では、わたしもそう思っていた。だが、ここは異世界だ。魔法とは不思議で解明できない力であるほうが、夢があるじゃないか。
くすりと笑い、手を石壁へ押し付ける。より不思議なことが起きるように、想像を膨らませた。
「《ストーン・ソフト》」
この世界の魔法、基礎魔法とは操作をするものだ。アースが土を操作するように、アクアなら水を、フレイムなら火を。続く言葉で、それを形とする。アクアボールなら、水の球だ。
つまり、石を柔らかくする、ということも可能なはずだ。ストーンは石を操作するものなのだから。
ずぶり、と手が沈み込む。
いけると思うのと同時に、ここで魔法が解けたら、手はどうなるのだろうと想像してしまう。
だが、その恐怖は歯を食いしばって耐えた。この壁を越えることで、わたしの魔法は更なる発展を遂げる。そんな確信も有った。
手が先へ抜ける感触。一度戻し、息を吐く。次が本番だ。
思い切り息を吸い込み、顔を押し込む。少し弾力のある水の中へ、顔を押し付けているような感触だった。
まず鼻先に爽快感。続いて顔全体にそれは広がった。
恐る恐る目を開けば、なんと都合が良いことか。目の前には拘束され、ひどい目に合わされているラックスさんが……ふかふかの椅子に座っている。差し出されたナッツを断ったり、水を差し出されたりもしていた。
理解不能ながらも、様子を見てラックスさんの肩を突く。気付いた彼は、すぐに悲鳴を上げた。
一度戻る。確かに、顔だけ見えている幽霊みたいな状態だった。普通に考えれば悲鳴を上げるだろう。
……数秒待ってから、落ちてついていることを信じて、もう一度顔を覗かせる。予想外なことに、ラックスさんはめちゃくちゃ冷静になっていた。
貞操にも問題が無いというか、この世界では捕虜への待遇がいいらしい。良いことなのだが釈然としない。
攫われて首を斬り落とされることもある元の世界。
敵であれば躊躇わず首を斬り落とす異世界。
一体どちらがまともなのだろうか? 非常に判断が難しい。個人的には、首をポロリしない世界に行きたい。
だがなにはともあれ脱出だ。
しかも都合の良いことに敵襲があったらしく、山賊たちは混乱していた。
ラックスさんを解放しようとしていたところで、山賊が一人戻って来る。慌てて身を隠した。
彼はラックスさんを解放して、逃げ道を教える。
そしてその場を立ち去った。モンスターの相手をしなければならないとか。
「――ついていましたね」
山賊たちがモンスターに襲撃された事実について、ラックスさんは平然とそう言った。
彼の言っていることは正しい。なのに、心に靄がかかる。
本当に、見捨てていいのだろうか。この山賊たちは悪人に間違いないが、死ななければならないほどの罪を犯したのだろうか?
捕まり裁かれるべき存在ではある。だが、モンスターに殺されなければならないほど、彼らは悪いことをしたのか?
……している。少し冷静になれば分かる。人を攫い、身代金を要求する。もしかしたら、それ以外にも色々しているのかもしれない。彼らを救うべき理由は、一つも無い。
だが、わたしは助けたかった。理由は分からない。強いて言うのならば、死ぬかもしれない人を見捨てて、逃げることをしたくなかった。
――わたしの知っている勇者とは、悪人であろうとも助けたいと思えば助け、何度騙されても懲り
ない人であったから。
ならば、自分もそれを目指してみよう。いつ心が折れて、元の世界に帰るかも分からないが。それまでの間だけでもいい。
――少しだけ勇者らしくなりたいと願った。
わたしは、彼に言う。自分が間違っていることも分かっていながら、彼らの逃げる手伝いをしたいと、犠牲を出したくないと。
そんなわたしに対して、彼はなんの躊躇いもなく頷いた。力を貸すと言ってくれた。
嬉しく思うのと同時に、一抹の不安を覚える。
彼には、わたしの考えに従う人形であってほしくない。なのに、わたしの正義に追従するようなことを口にしている。
では、彼の正義はどうなるのだろうか?
ずっと味方であってほしい。そう思いながらも、わたしは彼を振り回しているのではないかと、不安を隠せないのであった。
昔見た古い映画。そう、デカい蛇が大量に出る映画だ。あれを思い出す大きさのミミズが道を塞いでいた。見ているだけでゾッとしてしまう。
なのに、ラックスさんは平然と足を進ませ、踏み越えようとしていた。理解ができない。
大丈夫と言っていたが、もし万が一にでも潰れでもしたら……あぁ、嫌だ。想像したくない。プチュッとか音がするに違いない。
わたしは無理だということを前面に出し、森の中を抜けてから道に戻る、という方法をとらせてもらった。ミミズを踏み越えないで済むのには、心底ホッとした。
だが森の中を進んでいるうちに、あることに気付く。
疲れないのだ。足も痛くない。
確かに旅を始めてから歩く時間は増えたが、たいして疲れないのは若いからだと思っていた。
しかし、今は違う。悪路を歩いているからこそ分かる。体が軽かった。
もしかしたら勇者としての力を使いこなせるようになってきているのか、もしくはレベルが隠しステータスとして設定されているのかもしれない。
……どこまでやれるのだろう?
ふと考えてしまったことから、わたしの暴走は始まる。
最初は、スキップするように軽い足取りで移動をしていた。岩場なども、トントンッと蹴り上がることができる。パルクールのようだ。
長い蔓が伸びていたことに気付き、掴んでター○ンごっこをする。そこから飛んで、木の枝を掴んだ。こんなことが簡単にできてしまう。テンションはドンドン上がっていった。
「勇者様!? 危ないですよ!」
「いいえ、違うわラックスさん。能力の限界を調べることで、後々に備えているのよ」
「なるほど……!」
物は言いようとはよく言ったものだ。ラックスさんは簡単に信じ込んでくれたので、わたしは引き続き身体能力実験を続けた。
だが正直に言おう。やりすぎた。
気付いたときにはラックスさんの声は聞こえず、自分の居場所も分からない。少し落ち込みながら、高い木へ登る。歩いている人影を見つけられた。
ラックスさんではなかったが、もしかしたら見かけているかもしれない。……などと考えたりはしない。森の中にいる一般人? そんなのは猟師だけであり、明らかに不審者だった。
コソコソと近付き、彼らの話へ聞き耳を立てる。
「どこぞの坊ちゃんを捕まえたらしい。兵士の鎧を着て、身分を偽ってたとか言ってたな」
「猿みたいな護衛の女を連れていた、ってよ。どこかに消えたって話だから、仲違いでもしたんだろう」
「へっへっへっ、こりゃ楽しめそうだな」
ラ、ラックスさんの貞操が危ない!
耽美な展開になってしまうよりも早く、彼を助け出さなければならない。もし間に合わず、それがトラウマにでもなってしまったら……。
わたしに弱音を吐き、甘えるようになったりするのだろうか? 想像すると、悪くない気がした。あのふわっとした頭を撫でながら、大丈夫ですよぉ、と。
違う、そうではない。余計なことを考えず、早く助けに行くのがわたしのやるべきことよ! などと言い聞かせている内に、彼らは拠点としているであろう洞窟へ入って行った。
このまま後を追いかければ、さすがに身を隠す場所も無い。罠がある可能性だって高い。
よって、まずは周囲を見て回ることにする。だが急がなければならない。ラックスさんが目覚めてしまう前に、わたしが助け出さなければ。そうでないと、わたしが目覚めてしまうかもしれない。
「たぶん、ここら辺を崩せば繋がっているんじゃないかしら?」
目の前には石壁。草などで隠しているが、明らかに人の手が入っている。
しかし、普通に壊せば気付かれてしまう。音を立てずに壊したとしても、目の前に誰かがいる可能性だってある。
さて、どうしたものか。
……少し考えた後、わたしは魔法に頼ることにした。
ここまでの旅で試したが、魔法というのは物理法則を無視したことを行えるようだ。
もちろん偉い科学者などからしたら、それも科学です、と言うかもしれない。だが、ただの高校生であるわたしには、魔法とは不思議な力に思えた。
「魔法とは、まだ解明できていない科学である、か」
現実世界では、わたしもそう思っていた。だが、ここは異世界だ。魔法とは不思議で解明できない力であるほうが、夢があるじゃないか。
くすりと笑い、手を石壁へ押し付ける。より不思議なことが起きるように、想像を膨らませた。
「《ストーン・ソフト》」
この世界の魔法、基礎魔法とは操作をするものだ。アースが土を操作するように、アクアなら水を、フレイムなら火を。続く言葉で、それを形とする。アクアボールなら、水の球だ。
つまり、石を柔らかくする、ということも可能なはずだ。ストーンは石を操作するものなのだから。
ずぶり、と手が沈み込む。
いけると思うのと同時に、ここで魔法が解けたら、手はどうなるのだろうと想像してしまう。
だが、その恐怖は歯を食いしばって耐えた。この壁を越えることで、わたしの魔法は更なる発展を遂げる。そんな確信も有った。
手が先へ抜ける感触。一度戻し、息を吐く。次が本番だ。
思い切り息を吸い込み、顔を押し込む。少し弾力のある水の中へ、顔を押し付けているような感触だった。
まず鼻先に爽快感。続いて顔全体にそれは広がった。
恐る恐る目を開けば、なんと都合が良いことか。目の前には拘束され、ひどい目に合わされているラックスさんが……ふかふかの椅子に座っている。差し出されたナッツを断ったり、水を差し出されたりもしていた。
理解不能ながらも、様子を見てラックスさんの肩を突く。気付いた彼は、すぐに悲鳴を上げた。
一度戻る。確かに、顔だけ見えている幽霊みたいな状態だった。普通に考えれば悲鳴を上げるだろう。
……数秒待ってから、落ちてついていることを信じて、もう一度顔を覗かせる。予想外なことに、ラックスさんはめちゃくちゃ冷静になっていた。
貞操にも問題が無いというか、この世界では捕虜への待遇がいいらしい。良いことなのだが釈然としない。
攫われて首を斬り落とされることもある元の世界。
敵であれば躊躇わず首を斬り落とす異世界。
一体どちらがまともなのだろうか? 非常に判断が難しい。個人的には、首をポロリしない世界に行きたい。
だがなにはともあれ脱出だ。
しかも都合の良いことに敵襲があったらしく、山賊たちは混乱していた。
ラックスさんを解放しようとしていたところで、山賊が一人戻って来る。慌てて身を隠した。
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そしてその場を立ち去った。モンスターの相手をしなければならないとか。
「――ついていましたね」
山賊たちがモンスターに襲撃された事実について、ラックスさんは平然とそう言った。
彼の言っていることは正しい。なのに、心に靄がかかる。
本当に、見捨てていいのだろうか。この山賊たちは悪人に間違いないが、死ななければならないほどの罪を犯したのだろうか?
捕まり裁かれるべき存在ではある。だが、モンスターに殺されなければならないほど、彼らは悪いことをしたのか?
……している。少し冷静になれば分かる。人を攫い、身代金を要求する。もしかしたら、それ以外にも色々しているのかもしれない。彼らを救うべき理由は、一つも無い。
だが、わたしは助けたかった。理由は分からない。強いて言うのならば、死ぬかもしれない人を見捨てて、逃げることをしたくなかった。
――わたしの知っている勇者とは、悪人であろうとも助けたいと思えば助け、何度騙されても懲り
ない人であったから。
ならば、自分もそれを目指してみよう。いつ心が折れて、元の世界に帰るかも分からないが。それまでの間だけでもいい。
――少しだけ勇者らしくなりたいと願った。
わたしは、彼に言う。自分が間違っていることも分かっていながら、彼らの逃げる手伝いをしたいと、犠牲を出したくないと。
そんなわたしに対して、彼はなんの躊躇いもなく頷いた。力を貸すと言ってくれた。
嬉しく思うのと同時に、一抹の不安を覚える。
彼には、わたしの考えに従う人形であってほしくない。なのに、わたしの正義に追従するようなことを口にしている。
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