上 下
29 / 40
最終章 因縁に蹴りをつけること

26話 努力を続けるということ

しおりを挟む
 エルフの里の一件から数ヶ月。もうすぐこの旅も一年に届くというところまで来ていた。
 その間に、ローランとマーシーは五等級から四等級へ昇級。里での功績と、これまでに積み上げた実績を考慮してのことだ。
 実力からすれば、偽の聖剣の分や、高い回復魔法の技術を考えれば、2人は三等級でもおかしくはない。だが、飛び級させるほどではないという、冷静な判断でもあった。

 一行は今、本来は東の大国ユーピターを目指すはずだったのだが、少しだけ行き先を変えている。
 理由は、クルトの口から語られた「魔獣の操り方を教えた者は、長期演習の場へ向かうと言っていた」という話があったからだ。

 魔獣は生き物で、その操り方は全てが違う。エルフの里へ現れていた魔獣は全て同じものだった。他の魔獣も同じ方法で操れるわけではないのだが、その黒幕と思しき相手は、別の魔獣も操る術を身に付けている可能性は高い。危険な存在であり、放置することはできない。

 同時に、アリーヌの元へも伝令が届けられている。それは騎士学院から送られたもので、長期演習へ参加するようにという旨が記載されていた。

 ローランはこれを、良い区切りだと考えていた。
 運良く生き延びることはできたが、今後も替え玉を続けるかどうかを判断するのに、自分が相応しいかを試すのにちょうど良い機会であると。

「少し形は変わってしまったが、約束を果たせることになりそうだ」

 どこか安心した顔を見せるローランに、アリーヌは息を吐く。

「今さらそんなこと気にしてないからね。事情があったのは分かってるんだからさ」
「君の気持ちは関係ない。俺自身の気持ちの問題だ」

 いつも通りのやり取りを、マーシーはにまにまとしながら見つめる。
 それに気づいたローランは、小さく首を傾げた。

「どうした? なにか面白いことでもあったのか?」
「ボクたちも少しずつ仲間って感じになってきたなーってさ」
「誰がいなくてもここまでは来られなかった。君たちは自慢の仲間だ」

 ここまでハッキリと言われたことはなく、アリーヌは狼狽しながら自分を指さす。

「それって、つまりわたしもだよね?」
「毎度気になっていったのだが、もしかして俺が言ったことを忘れているのか? 俺は、君のことを尊敬している。その気持ちに変わりはない」

 えへえへとアリーヌが少し気色悪い笑みを見せる裏で、ローランは小声で「あまり好きではないままだがね」と言う。
 それが聞こえていたマーシーは、嫌いではなくなったのだなとニッコリと笑っていた。


 長期演習が行われる場は、聖の領域と魔の領域の狭間での戦闘が主になる。
 互いの領域で受けられた恩恵も、相手への負担も無い。
 つまり、どちらも実力通りの強さを発揮するということだ。
 聖の領域内に解き放たれていた魔獣たちも、ここでは数倍の力を取り戻す。今までには倒せていた魔獣も簡単に倒すことはできない最前線が、長期演習の取り行われる場所だった。

 通例として、騎士学院の者は参加が義務付けられている。だが、それをうまく誤魔化したり、後方待機で終わらせる者もいる。中央に巣食う騎士たちの中で癌となっているのが、こういった無駄に力のある貴族の子息たちだった。
 そんな、割りの食う者が多い最前線へと3人は辿り着く。

 長く戦闘が行われていることもあり、大半の場所は見通しが良い荒れ地だ。しかし、いくらか森や岩山なども残っており、奇襲なども行える嫌な地形をしていた。
 数万に及ぶ兵たちの集まる砦内で、その一員になるための契約をする。
 本来ならば最低でも数ヶ月の期間の契約となるが、事前にパラネスが手を回してくれていることもあり、ローランたちにそういった期間の縛りは無い。ある程度は自由な行動も許されているという、特殊な契約が結ばれた。

 砦内に滞在するのは、高官や警備の者が大半であり、それ以外の者は近くに張られた宿営用の天幕で寝泊まりをする。
 通常ならば4~6人で使用する天幕も、ローランたちは3人だけでの使用が許されていた。

 特別扱いを受けている貴族の子息に愛人と小姓。それが一般的な見かただ。
 ローランたちの扱いを戦地に長くいる者ほど不愉快に思っていたが、その考えはすぐに覆されることになった。
 彼らが、ほとんど休むこともなく、訓練場へ姿を見せたからだ。

 まずローランは、準備運動がてらマーシーに剣を教え始める。良いところを見せようという考えや、周囲の目を気にする素振りはない。基礎的な部分と、生き抜くために必要なことを、厳しく教え込んでいた。
 それに、マーシーが愚痴を零すこともない。自分のためを思っての厳しさだと、マーシーはちゃんと理解していた。

 マーシーの息が上がれば、今度はローランの番だ。素振りをしていたアリーヌと、ローランの立ち合いが始まった。
 アリーヌ・アルヌールの顔を知っている者は驚きもしない。だが顔を知らぬ者は、一方的に打ち払われているローランを見て、驚きを禁じ得なかった。
 ローランは今や、正騎士に届くだけの実力がある。それにも関わらず、誰が見ても実力差は歴然だった。
 肩に剣をのせたアリーヌは、息を荒げているローランへ言う。

「どうして勝てないか分かる?」

 一等級冒険者という天才と、たかが貴族の元子息という凡才。
 そんな答えを、ローランは選ばない。

「努力と、経験の、差、だろう。今、それを……ふぅー……埋めているんじゃないか。続けるぞ」

 息を整えながら答えたローランは、また剣を構える。
 100時間剣を振った者と、1000時間剣を振った者。
 戦ったときにどちらが勝つかは分からないが、勝率が高いのは確実に後者だ。
 それを理解しているから、ローランは努力を続ける。まだ同じ時間剣を振っていないのに、才能の有無で負けを認めるのは、愚か者のすることだと彼は知っていた。

 ローランは挑み、アリーヌは鍛え、マーシーは2人を見ながら剣を振る。
 その姿を見て、訓練場にいた者たちは気を引き締めた。
 今までにも何人かいた、特別扱いをされても怠けぬ者たち。ローランたちもそういった類の者たちであることを目にしたからだ。

 もちろん、そんなローランたちを見て、なにを頑張っているんだと鼻で笑う者たちもいる。そういった者たちの大半は役に立たず、最悪の場合は早死にする。
 長く生き延びて来た戦士たちは、そのことも良く知っていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私の代わりが見つかったから契約破棄ですか……その代わりの人……私の勘が正しければ……結界詐欺師ですよ

Ryo-k
ファンタジー
「リリーナ! 貴様との契約を破棄する!」 結界魔術師リリーナにそう仰るのは、ライオネル・ウォルツ侯爵。 「彼女は結界魔術師1級を所持している。だから貴様はもう不要だ」 とシュナ・ファールと名乗る別の女性を部屋に呼んで宣言する。 リリーナは結界魔術師2級を所持している。 ライオネルの言葉が本当なら確かにすごいことだ。 ……本当なら……ね。 ※完結まで執筆済み

幼馴染の彼女と妹が寝取られて、死刑になる話

島風
ファンタジー
幼馴染が俺を裏切った。そして、妹も......固い絆で結ばれていた筈の俺はほんの僅かの間に邪魔な存在になったらしい。だから、奴隷として売られた。幸い、命があったが、彼女達と俺では身分が違うらしい。 俺は二人を忘れて生きる事にした。そして細々と新しい生活を始める。だが、二人を寝とった勇者エリアスと裏切り者の幼馴染と妹は俺の前に再び現れた。

冷宮の人形姫

りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。 幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。 ※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。 ※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので) そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。

勇者に闇討ちされ婚約者を寝取られた俺がざまあするまで。

飴色玉葱
ファンタジー
王都にて結成された魔王討伐隊はその任を全うした。 隊を率いたのは勇者として名を挙げたキサラギ、英雄として誉れ高いジークバルト、さらにその二人を支えるようにその婚約者や凄腕の魔法使いが名を連ねた。 だがあろうことに勇者キサラギはジークバルトを闇討ちし行方知れずとなってしまう。 そして、恐るものがいなくなった勇者はその本性を現す……。

宝箱の中のキラキラ ~悪役令嬢に仕立て上げられそうだけど回避します~

よーこ
ファンタジー
婚約者が男爵家の庶子に篭絡されていることには、前々から気付いていた伯爵令嬢マリアーナ。 しかもなぜか、やってもいない「マリアーナが嫉妬で男爵令嬢をイジメている」との噂が学園中に広まっている。 なんとかしなければならない、婚約者との関係も見直すべきかも、とマリアーナは思っていた。 そしたら婚約者がタイミングよく”あること”をやらかしてくれた。 この機会を逃す手はない! ということで、マリアーナが友人たちの力を借りて婚約者と男爵令嬢にやり返し、幸せを手に入れるお話。 よくある断罪劇からの反撃です。

番だからと攫っておいて、番だと認めないと言われても。

七辻ゆゆ
ファンタジー
特に同情できないので、ルナは手段を選ばず帰国をめざすことにした。

転生したら赤ん坊だった 奴隷だったお母さんと何とか幸せになっていきます

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
転生したら奴隷の赤ん坊だった お母さんと離れ離れになりそうだったけど、何とか強くなって帰ってくることができました。 全力でお母さんと幸せを手に入れます ーーー カムイイムカです 今製作中の話ではないのですが前に作った話を投稿いたします 少しいいことがありましたので投稿したくなってしまいました^^ 最後まで行かないシリーズですのでご了承ください 23話でおしまいになります

全てを奪われ追放されたけど、実は地獄のようだった家から逃げられてほっとしている。もう絶対に戻らないからよろしく!

蒼衣翼
ファンタジー
俺は誰もが羨む地位を持ち、美男美女揃いの家族に囲まれて生活をしている。 家や家族目当てに近づく奴や、妬んで陰口を叩く奴は数しれず、友人という名のハイエナ共に付きまとわれる生活だ。 何よりも、外からは最高に見える家庭環境も、俺からすれば地獄のようなもの。 やるべきこと、やってはならないことを細かく決められ、家族のなかで一人平凡顔の俺は、みんなから疎ましがられていた。 そんなある日、家にやって来た一人の少年が、鮮やかな手並みで俺の地位を奪い、とうとう俺を家から放逐させてしまう。 やった! 準備をしつつも諦めていた自由な人生が始まる! 俺はもう戻らないから、後は頼んだぞ!

処理中です...