上 下
27 / 40
第三章 エルフの里

24話 黒鎧の正体

しおりを挟む
 炎の球体は全長30mほどで、それなりの広さがある空間に3人は閉じ込められていた。
 相手はレンカを人質に取るつもりだろう。3人はそう考えていたのだが、黒鎧はレンカを拘束すらせず、炎の球体へと足を踏み入れて来た。
 球体の中へと入り込んだ黒鎧は、その身を焼けさせることすらなく、火の粉をただ振り払う。自分で発生させた魔法とはいえ、完璧に制御されているようだ。
 アリーヌが渋い声を上げた。

「ごめん、先に謝っておくね。わたしは援護しかできない」

 今、アリーヌは球体の中央で炎の球体が閉じないように抗っている。もし彼女がいなければ、当の昔に3人は灰と化していただろう。
 それはつまり、一等級冒険者で《紅炎》の2つ名まで与えられているアリーヌに勝るとも劣らぬ炎の魔法の腕前ということに他ならない。
 目の前にいる黒鎧の実力を理解し、ローランは頷いた。

「問題無い。ちょうど試し斬りがしたいと思っていたところだ」

 勝算無く引き受けたわけではない。アリーヌが援護しかできぬ状態ということは、黒鎧もそれに近い状態となる。
 五分の状態で戦えば絶対に勝てぬが、今なら勝ち筋はあるとローランは読んでいた。

「マーシー。君の回復が頼りだ」
「任せてよ。ボクがおにいさんを守るからさ」
「わたしも頑張ってるんだけど!?」
「あぁ、助かっている。君がいなければ、勝負にすらならなかった」

 僅かに感謝を告げた後、ローランは前にいつもの泡を展開した。数は多くないが、質は今までで一番高い。新たに手にした偽の聖剣が力を増していた。

 黒い鎧。真紅のマント。挿絵に描かれているような魔王と同じ姿。
 いまだ動かず、泡も気にした素振りを見せない黒鎧へ、ローランは問う。

「その分かりやすい格好は魔族だと誤認させるためか?」

 黒鎧は答えず、ただ腕を振るう。複数の小さな炎の玉が放たれ、泡に当たって弾けた。
 炎の玉と泡の強さは五分。ここまで追い込まれてなお五分だ。厳しい戦いになるだろう。

 ふと、黒鎧は球体を見回す。球体の下部には地面との間に隙間が空いており、周囲から空気が流れ込んでいる。窒息死を避けようとアリーヌが対策をとっていた。
 だがその場しのぎの対策が長く保つはずもない。

 ローランは最初から短期決戦と決めており、泡の中を駆けた。

 黒鎧が腕を振り、炎の玉が放たれる。だが破裂した泡は消えず、さらに小さな泡となって広がった。
 この偽の聖剣には、まだ未熟なローランの助けとなるどころか、そのイメージをほぼ再現できるほどに高い性能が秘められている。

 小さくなった泡は不自然に歪み、先を尖らせて黒鎧へと襲い掛かる。
 身に付けている鎧には阻まれてしまう弱さだが、隙間を通すほどの細さがある。無視することはできない。

 黒鎧は炎の壁を屹立させ、その全てを遮る。
 それを隙と判断したのか、ローランは炎の壁に躊躇わず飛び込んだ。

 当然、無傷とはいかない。髪が、肌が、喉が、眼球が焼け付く。
 しかし、それはすぐに治療される。マーシーの回復魔法が、本来ローランが受けていたはずのダメージを全て帳消しにしていた。

 ローランは剣を振り下ろす。後退《あとずさ》った黒鎧の胸元は抉れていた。
 この偽の聖剣には一級の素材が集められ、一流の鍛冶師が鍛造している。魔法などの補助だけでなく、切れ味だって普通の剣のは段違いだ。

 しかし、それでもこの結果には違和感があった。
 あまりにも手ごたえが良すぎたのだ。まるであの鎧が張りぼてだと思わせるほどに。

「目的が分からない、か。だが――」

 疑問を振り払い、ローランは剣を振り、魔法を放つ。
 マーシーの回復と、アリーヌの力があってこその状況。どちらが欠けても天秤は傾く。
 なにも話さない相手に答えを求めるより、勝負を決することを優先しなければならなかった。

 泡で威力を削がれた炎の槍を、アリーヌが魔法で迎撃する。それでも押し負けたときは、マーシーが守護魔法で防ぐ。ローランは守りを2人に任せ、ただ攻撃に集中した。

 もう少しで届く。何事もなく勝利する。
 その予感は正しかったのだろう。周囲を囲んでいた炎の球体が消え、黒鎧は空中へと飛び上がった。
 熱気から開放され、吹き出した汗を拭いながら、ローランは剣先を向ける。

「アリーヌが自由になった以上、勝負は決した。大人しく負けを認めろ」
「……」

 黒鎧は何も答えない。アリーヌは剣を抜き、一歩前に踏み込む。
 同時に黒鎧は片手を上げ、3人の吹き出した汗が蒸発した。

 ――空中に、森全体へ届きそうな赤い魔法陣が現われる。

 魔法陣は光を放ち、黒鎧の上に巨大な炎の剣が浮かび上がった。

「嘘でしょ!? ずっと仕掛けてあったの!?」

 魔法陣は事前の準備を必要とするが、代わりに大きな効果を生み出す。
 それが、空中に仕掛けられていただけでなく、アリーヌでも気づけぬほどの隠蔽まで施されていたのだ。技量の差は大きい。

 自身でもいまだ信じられない不覚に動揺しながらも、アリーヌは魔剣の解放を決断した。
 解放しても、エルフの森の大半は焼き払われるだろう。
 だが、このままでは全員が助からない。まだ一縷の望みに賭けたほうがマシだと、アリーヌは判断していた。

 しかし、魔剣の解放よりも速く。
 巨大な炎の剣が降り注がれるよりも速く。

 ――炎と風を複合させた炎嵐の槍が、螺旋を描きながら黒鎧へと突き刺さった。

 放ったのは意識を取り戻し、離れたところで状況を窺っていたレンカだ。彼女は必殺の一撃を用意し、ずっと備えていた。
 しかし、目からは涙が溢れ出し、顔はグシャグシャに歪んでいる。この一撃を放ちたくなかったと、その顔は訴えていた。

 空中から巨大な魔法陣が消える。まるで最初から無かったかのように。
 体を貫かれた黒鎧は、泉へとゆっくり落下を始めた。
 それを見て、ローランはなにかへ突き動かされるように走りだす。

「マーシー! 行くぞ!」
「え? どこに?」
「アリーヌ! レンカを頼む!」
「わ、分かった!」

 アリーヌに泣き崩れているレンカを任せ、ローランはマーシーを抱え上げて泉へと飛び込む。剣の力を使い、水流を生み出して黒鎧の落下地点へ向かった。
 すぐに沈んでいく黒鎧を見つけたローランは、水上で大きな泡を発生させ、自分たちのいる水中まで沈ませた。空気を取り込んだ泡が、3人の体を囲う。

「回復魔法を!」
「――必要無い」

 今まで一言も喋らなかった黒鎧は、唯一壊れていなかった兜を外し、ゴボリと血を吐く。
 その顔を見て、ローランは歯ぎしりした。

「やはりあなただったのか、クルト・エドゥーラ」

 銀にも見える金色の美しい髪をしたエルフの長は、青い顔で薄く笑った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私の代わりが見つかったから契約破棄ですか……その代わりの人……私の勘が正しければ……結界詐欺師ですよ

Ryo-k
ファンタジー
「リリーナ! 貴様との契約を破棄する!」 結界魔術師リリーナにそう仰るのは、ライオネル・ウォルツ侯爵。 「彼女は結界魔術師1級を所持している。だから貴様はもう不要だ」 とシュナ・ファールと名乗る別の女性を部屋に呼んで宣言する。 リリーナは結界魔術師2級を所持している。 ライオネルの言葉が本当なら確かにすごいことだ。 ……本当なら……ね。 ※完結まで執筆済み

婚約者に犯されて身籠り、妹に陥れられて婚約破棄後に国外追放されました。“神人”であるお腹の子が復讐しますが、いいですね?

サイコちゃん
ファンタジー
公爵令嬢アリアは不義の子を身籠った事を切欠に、ヴント国を追放される。しかも、それが冤罪だったと判明した後も、加害者である第一王子イェールと妹ウィリアは不誠実な謝罪を繰り返し、果てはアリアを罵倒する。その行為が、ヴント国を破滅に導くとも知らずに―― ※昨年、別アカウントにて削除した『お腹の子「後になってから謝っても遅いよ?」』を手直しして再投稿したものです。

勇者に闇討ちされ婚約者を寝取られた俺がざまあするまで。

飴色玉葱
ファンタジー
王都にて結成された魔王討伐隊はその任を全うした。 隊を率いたのは勇者として名を挙げたキサラギ、英雄として誉れ高いジークバルト、さらにその二人を支えるようにその婚約者や凄腕の魔法使いが名を連ねた。 だがあろうことに勇者キサラギはジークバルトを闇討ちし行方知れずとなってしまう。 そして、恐るものがいなくなった勇者はその本性を現す……。

私はお母様の奴隷じゃありません。「出てけ」とおっしゃるなら、望み通り出ていきます【完結】

小平ニコ
ファンタジー
主人公レベッカは、幼いころから母親に冷たく当たられ、家庭内の雑務を全て押し付けられてきた。 他の姉妹たちとは明らかに違う、奴隷のような扱いを受けても、いつか母親が自分を愛してくれると信じ、出来得る限りの努力を続けてきたレベッカだったが、16歳の誕生日に突然、公爵の館に奉公に行けと命じられる。 それは『家を出て行け』と言われているのと同じであり、レベッカはショックを受ける。しかし、奉公先の人々は皆優しく、主であるハーヴィン公爵はとても美しい人で、レベッカは彼にとても気に入られる。 友達もでき、忙しいながらも幸せな毎日を送るレベッカ。そんなある日のこと、妹のキャリーがいきなり公爵の館を訪れた。……キャリーは、レベッカに支払われた給料を回収しに来たのだ。 レベッカは、金銭に対する執着などなかったが、あまりにも身勝手で悪辣なキャリーに怒り、彼女を追い返す。それをきっかけに、公爵家の人々も巻き込む形で、レベッカと実家の姉妹たちは争うことになる。 そして、姉妹たちがそれぞれ悪行の報いを受けた後。 レベッカはとうとう、母親と直接対峙するのだった……

転生したら赤ん坊だった 奴隷だったお母さんと何とか幸せになっていきます

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
転生したら奴隷の赤ん坊だった お母さんと離れ離れになりそうだったけど、何とか強くなって帰ってくることができました。 全力でお母さんと幸せを手に入れます ーーー カムイイムカです 今製作中の話ではないのですが前に作った話を投稿いたします 少しいいことがありましたので投稿したくなってしまいました^^ 最後まで行かないシリーズですのでご了承ください 23話でおしまいになります

全てを奪われ追放されたけど、実は地獄のようだった家から逃げられてほっとしている。もう絶対に戻らないからよろしく!

蒼衣翼
ファンタジー
俺は誰もが羨む地位を持ち、美男美女揃いの家族に囲まれて生活をしている。 家や家族目当てに近づく奴や、妬んで陰口を叩く奴は数しれず、友人という名のハイエナ共に付きまとわれる生活だ。 何よりも、外からは最高に見える家庭環境も、俺からすれば地獄のようなもの。 やるべきこと、やってはならないことを細かく決められ、家族のなかで一人平凡顔の俺は、みんなから疎ましがられていた。 そんなある日、家にやって来た一人の少年が、鮮やかな手並みで俺の地位を奪い、とうとう俺を家から放逐させてしまう。 やった! 準備をしつつも諦めていた自由な人生が始まる! 俺はもう戻らないから、後は頼んだぞ!

(完結)足手まといだと言われパーティーをクビになった補助魔法師だけど、足手まといになった覚えは無い!

ちゃむふー
ファンタジー
今までこのパーティーで上手くやってきたと思っていた。 なのに突然のパーティークビ宣言!! 確かに俺は直接の攻撃タイプでは無い。 補助魔法師だ。 俺のお陰で皆の攻撃力防御力回復力は約3倍にはなっていた筈だ。 足手まといだから今日でパーティーはクビ?? そんな理由認められない!!! 俺がいなくなったら攻撃力も防御力も回復力も3分の1になるからな?? 分かってるのか? 俺を追い出した事、絶対後悔するからな!!! ファンタジー初心者です。 温かい目で見てください(*'▽'*) 一万文字以下の短編の予定です!

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

処理中です...