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1-2 ままならず、決行準備を始める

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 お嬢様の部屋を出た俺は、真っ直ぐにとある部屋へ向かい、扉をノックした。

「開いているよ」

 許可を受け、中へ入ってすぐに泣きをいれた。

「旦那様―! ブルード=シュティーア様―! 一大事でありますよー! お助けくださいー!」

 ペンを置いた旦那様は、眉間を押しながら渋い声で言った。

「……またレイシルがなにかやったのかな? 金で解決できそうかい?」
「その金で解決しようとする姿勢、貴族らしくて嫌いではありませんよ。しかし、とりあえず話をお聞きいただけますか?」
「分かった」

 速攻の密告である。俺は自分の保身……ではなかった。俺にとっては、お嬢様の身を守ることが最優先事項であり、雇い主である旦那様へ報告する義務があるのだ。決して裏切ったわけではない。

 十分ほどで報告は終えたのだが、旦那様は顎を撫でながら難しい顔をしていた。
 おかしい。俺の予定では、「分かった、ここにレイシルを呼んでくれ」「裏切ったわね、グラスー!」となるはずだったのだが……。

 なにか嫌な予感がする。あの娘にして、この父親あり、だ。
 直感も言っている。報告は終わった、今すぐ逃げろ、ヤバいことに巻き込まれるぞ、と。

「では」
「グラス」
「自分は」
「一度、レイシルに」
「この辺りで」
「やらせてみようじゃないか」
「失礼したいんですがあああああああああああ!」

 俺の願望を交えた叫びを聞いても、旦那様は笑っていた。逃げられると思ったのか、という感じだ。
 次に、旦那様がなんていうかは想像に容易い。いや、誰でも想像がつくだろう。
 頭を抱えながら、違いますよね? と目で訴えかける。捨てられた子犬のように。

 しかし、その懇願が届くことは無い。旦那様は、想像通りの言葉を口にしやがった。

「面倒を見てやってくれ。得意・・だろう?」
「待ってください! 得意ではありません! それに、うちには年老いた母、幼い娘、愛する妻がいるんです! 自分にはできません!」
「グラスは独り身で、血縁者は見つかっていないじゃないか」
「そうでした」

 冷静にツッコまれてしまったが、これは本当に困った。なんせ、旦那様に頼まれれば無下にはできない。
 俺にとって旦那様は恩人だ。拾われ、育てられた恩義があり、父のように慕っている。今この瞬間は選択ミスだったと思わざるを得ないが、恩人は恩人だ。
 よって、答えは一つしかない。

「……はい、分かりました」

 不承不承ながらも引き受けるしかなく、肩を落として部屋を後にしようとし……最後に、一つだけ聞いた。

「一発くらいなら拳骨を落としてもいいですよね?」
「まぁ二、三発くらいならば良しとしよう」

 旦那様は話の分かる人だ。許可も出たことだし、機会を窺って、お嬢様の頭に一発食らわせてやることにしよう。
 そう、強く心に決めるのだった。


 伝手を頼り、悪事を働いている輩を調べてもらう。
 詰所から遠い屋敷に住んでおり、警備が薄く、油断しまくっている小物が狙い目だ。
 手ごろな相手を見繕い、証拠を入手して脱出。後は然る方法で暴露をして終わり、という流れでいく予定だ。

 それと、調べている内に思い至ったことがあった。
 お嬢様も一度経験すれば、義賊は大変なことだと理解をし、二度目をやりたいとは思わないかもしれない、ということだ。
 命の危険を侵し、裏で動いて悪事を暴く義賊など、好き好んでやる者は少ない。

 ハイリスクハイリターン。もしくは、ハイリスクローリターン。義賊などという裏で動く活動は、基本的にそういったものである。いくらお嬢様とはいえ、好き好んで何度も苦労しようとは思わないだろう。

 少し気を楽にしながら選別を続けることにする。
 今回はローリスクローリターンが理想であり、なんならばローリスクノーリターンでも良い。
 いくつか吟味をしていたのだが、やはりこれかな、と一枚の紙を手に取った。

「ダライア家、か」

 都合よく、詰所から遠い屋敷へ住んでおり、警備が多数いたら怪しまれるだろうと警備を薄くしており、雇っている使用人たちに難癖をつけ給料を減らし、悪人と通じて粗悪品を流している小悪党だ。
 あまりにも都合よすぎる相手だが、こういった小悪党は貴族に割と多い。小悪党過ぎるため、国の対処が後回しになってしまうからだ。
 しかし、今回は、それが良い方向へ出たと言える。ダライア家は最初の標的に、うってつけの相手だった。

 その後、見取り図の確認をし、現地へも赴き、潜入調査も行った。情報に間違いは無かったことが分かり、相手の予定から一応の決行日も決めた。
 これで準備は終わり。後は、お嬢様に報告するだけとなった。


 お嬢様の部屋へ辿り着き、扉をノックする。少しだけ扉が開かれた。
 俺の姿を確認したお嬢様は、胸元を掴んで部屋へ引きずり込む。物語の怪物のように、だ。
 引きずり込んだ後、お嬢様は顔だけを出し、廊下の左右を確認。それから扉を閉じ、鍵を掛けた。

「誰にも見られていないでしょうね?」
「めちゃくちゃ見られていると思いますが」
「それじゃあバレちゃうでしょ!?」
「お嬢様の部屋へ来るのなんて、いつものことじゃないですか。見られてマズいことがあるんですか?」

 腰に手を当て、胸を張りながらお嬢様が言った。

「気分的にマズいのよ!」
「子供が秘密基地を見つからないようにするも、親は知っているやつと同じですね、分かります。という本音を隠し、神妙な顔で頷いておきます」
「全部口に出しているからね!?」
「わざとです」
「知ってるわよ!」

 ムキーッと言わんばかりの顔をしているお嬢様を見て指差し笑っていたのだが、目が合いそうになったので顔を引き締める。ギリギリ気付かれないようにするのもできる執事の技だ。ジトッとした眼をしているが、決して気付かれてはいないはずだと信じている。

 睨むような視線に耐えきれないため、話を変えようと一枚の紙を取り出す。
 これはダライア家について書かれている書面の中から、さらに見せても良い情報だけを抽出し、要点だけを書き記したものだ。作成には手間がかかった。

「例の件ですが、調査は完了いたしました」
「もう!? 仕事が速……遅かったわね!」

 言い直したお嬢様は、紙を奪い取って目を通し始める。
 読み終わるまで邪魔をしないようにと思い、小声で呟いていることにした。

「素直に仕事が速いって褒めれば良いのに。これを調べるの大変だったんですよ? 給料上げてください。ところで部屋が汚れてませんか? 自分じゃやらないんですから、ちゃんとメイドさんに頼んでくださいよ」

 と、ここまで言ったところで、お嬢様が机を叩いた。

「聞こえてるのよ! はいはい、分かりました! グラスは仕事が速いですね! 字は汚いけれど調査ありがとう! 給料を下げてあげるわ!」
「ありがとうございます! ……あれ?」

 今、なにかおかしかった気がする。聞き直そうとしたのだが、先にお嬢様が口を開いてしまった。

「で、部屋が汚れているのは人を遠ざけていたからよ。ちょうどあれ・・が完成したから見せてあげるわ」

 お嬢様は本棚の前に立ち、ニヤリと笑う。ちなみにこの本棚には特殊な仕掛けがあり、奥には隠し部屋がある。
 知らないと思っているのだろう。お嬢様が仕掛けを動かせば本棚がスライドし、扉が現れる。お嬢様はとてつもなく偉そうな顔をしていた。

 仕掛けのことを知っていたとはいえ、一流執事として、完璧なリアクションを披露するしかあるまい。
 雇い主の娘を喜ばせるのも仕事の内だと、俺は名演を魅せることにした。

「わー、びっくりー」
「棒読みじゃない! 驚きなさいよ!」

 どうやら今日は機嫌がよろしくなかったようだ。もしくは、お嬢様には演技のことは分からないのかもしれない。貴族なのだから、もっとオペラとかを見て勉強してほしい。俺は執事なのでオペラとか見たことないけれど。
 そんな俺の考えは顔に現れていたらしく、お嬢様が言う。

「わたしがダメみたいな顔をしているわね。でも、百人中百人が鼻で笑うクソ演技だったわよ」

 あまりな物言いだったため、少しだけムッとした俺もやんわりと言い返す。

「お嬢様。淑女たるもの、クソなどと口にしてはなりません」
「三流執事の三流演技」
「クソったれ」

 釈然としないものを感じ、口をひん曲げるしか無かった。


 奥へと進み、お嬢様が暗い室内へ明かりを灯す。
 光で映し出された先には……様々な道具と、赤と青の目立ちそうな衣装があった。
 鼻息荒く、興奮した様子でお嬢様が言う。

「どう!? 特にこのマスクは――」
「少々お待ちいただけますか?」
「え? あ、うん?」

 首を傾げているお嬢様を残して部屋を後にし、水の入ったタライなどを手に戻る。

「お待たせいたしました。話の続きをお願いいたします」
「今度はいいのよね? 本当に平気? また用事ができたりしない?」
「ご安心ください。テンションのままにお話しくださって大丈夫です」
「分かったわ!」

 そこからのレイシルお嬢様は、過去一番のテンションで話し始めた。
「実はわたし、あの伝説の義賊”ナイトクロウ”に助けられたことがあって、ずっと憧れていたのよ! ナイトクロウは知っているわよね!?」

 王都へ多く出没し、他でも姿を見かけられる盗賊の名前が”ナイトクロウ”。黒いフード付きのローブに、顔には鳥を模した面。数百年前から実在する・・・・義賊だ。
 もちろん知っているので頷いておく。

「それで、いつかは彼みたいな義賊になりたいと思っていたのよ! でも、それ相応の準備とかがあるじゃない? だから、今日までコツコツ衣装や道具を作っていたの!」

 衣装や道具以外の一番大事なところは全部自分がやったのですが? という言葉を飲み込む。できる執事とはそういうものだ。

「この衣装は、ワイルドキャットと、相棒のポチのものよ! 言うまでもないけれど、グラスがポチね!」
 お嬢様が手で示した先には、
 パーティーで目立ちそうな全身真っ赤な服に、真っ赤なマント、赤い猫の仮面。これがワイルドキャット。
 同じく目立ちそうな全身真っ青な服に、真っ青なマント、青い犬の仮面。これがポチ。とのことだ。

「ナイトクロウは黒い服装に、黒い鳥を模した仮面をしているでしょ? だから、それとは被らないように意識したのよ! どう!? よくできているでしょ!?」
「なるほどなるほど……」

 頷きながら衣装を手に取る。

「ちょっと、触る前に手を洗ってよ」
「なるほどなるほど……」
「え? なんで水の入ったタライの中に入れたの? 洗うのは衣装じゃなくて、グラスの手よ?」
「なるほどなるほど……そぉい!」

 しっかりと水につけた後、素足となり、タライへ黒の染料をぶち込んでやった。

「ああああああああああああああああああああああああああ!」

 お嬢様が絶叫しながら衣装を取り出そうとするも、それを自分の体でディフェンスする。

「退きなさいよ!」
「落ち着いてください、お嬢様」
「落ち着いたら退いてくれるの!?」
「退かないので落ち着かなくて結構です」
「くううううううううううううううう!」

 お嬢様を防ぎながら、染料を染み込ませるために足で踏み踏みする。
 途中で手遅れだと気付いてしまったのだろう。お嬢様は膝から崩れ落ちた。

「ひ、ひどいわ……」
「明るすぎる赤と青の衣装は目立ちますからね。隠密行動をする上で理想的なのは、黒か濃い緑だと思われます」
「その説明をしてからでも良くない!?」
「別に、調査とかをやらされた嫌がらせではありませんよ。お嬢様を心配してのことです。……二割くらいは」
「八割は嫌がらせってことじゃない!」

 笑いながら踏み踏みしている俺に対し、「絶対に給料を下げるわ……」と、涙目のお嬢様は拳を握る。
 俺もこれだけ苦労させられているので、賃上げ交渉を旦那へしようと決めた。
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