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一、溺愛始めました。

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 ◇

「っ……!」
 また、目が覚めた。今度は酷い混乱もない。

 あるのは倦怠感。身体が重く、お腹が痛い。
 今までそういう経験がなかったから無理もない。

 処女に前情報もなく、こんなことをしてくる奴がいけないのだ。魔王に文句の一つや二つ言ってやろう。
 そう思い、身体を起こす。

 窓にはカーテン閉まっており、隙間からは魔王の髪の毛に似た黒が覗く。

 カーテン?

 此処は何処なのだろう。
 先程までの部屋とは明らかに違う。
 天蓋付きのベッド。ふかふかすぎる布団。豪華そうな調度品。そして、裸の俺。俺の服は無い。
 服は何処へ消えた!

 俺は泣きそうになりながら、シーツを身体に巻き付け、辺りを探した。
 ない。靴すらない。ついでに魔王もいない。

 顔からサーッと血の気が引いていくのが分かった。
 足の力が抜ける。立っていられない。
 俺は震える足をやっとの事で動かしてドサッとソファーに座った。

 詰んだ。完璧に詰んでいる。
 逃げられない。
 自分の舌を噛み切るのも自信が無い。自殺も無理そうだ。
 殺すならいっそ殺して欲しいが、言う相手もいない。

 此処から何が起こるのか、俺には中々想像できない。
 暗殺者をすぐに殺さないってことは何か利用しようとしてるってことか。
 やはり、何処かの組織の一員だと思われて、これから拷問されるのか?

 それとも、この流れから言って、魔王に手篭めにされて、毎日犯されて、性奴隷にされるとか?
 さっきみたいに何だか身体をまさぐられるのか、逆にそういうことをしなきゃいけないのか。
 想像がつくのはそのくらいだ。なんと貧困な発想だろうか。

 もう少し、性的な知識を付けておくべきだったか。
 毒のことや罠のこと、拷問など復讐に使えそうな知識は積極的に調べてきたが、性的なことに関しては一切触れてこなかった。

 だって、この身長だし、俺は男だ。魔王も男。
 どんなに顔がよくても、相手が男好きのショタコンでない限り、エロスなんて一切要らないだろう。
 嗚呼、魔王がショタコンだと分かっていれば、もう少し誘惑する方法だったり、相手をメロメロにする方法を調べておいたのに。
 そうすれば、魔王なんて秒殺できたはずだ。
 その可能性に気付かなかったことが誠に悔やまれる。

 ノックの音がした。
 室内は荒れている。
 やばい。服を探していたことがバレる。何とか誤魔化さなきゃ。

 俺は慌てて立ち上がった。
 しかし、脚が動かない。
 それどころか、力が一切入らず、大きな音を立てて膝から崩れ落ちた。
 膝を強かに床に打ち付ける。
 痛い。膝がじんじんと疼くように痛む。

「何の音ですか?」

 目の前で扉が開いた。
 俺は目を瞑り、身を守るように胸の辺りを握りしめた。

「何をしているんですか」
 溜め息混じりの冷たい声が降り注ぐ。
 魔王の無駄にエロい声ではない。知らない声だ。

「べ、別に……」

 見上げると、赤い髪の男が立っていた。
 思い出したが、コイツは魔王と一緒にいた奴だ。
 硬そうな赤い髪をオールバックにし、金の瞳をオーバル型の眼鏡で隠した青年だった。

 否、良いものを着ているし、装飾品の古びた様子から、若く見えるが意外と歳はいっているのかもしれない。
 魔族は二十歳くらいで一旦成長が止まる。
 そこからじわじわと老化していく者もいれば、若いままで急に老ける者もいる。
 年齢不詳の奴が非常に多い。だから、若く見えても油断が出来ない。

 眼鏡は扉を閉めると、ツカツカとこちらの方に向かってくる。

 そして、床に転がる俺を見下ろす。
 屈辱的な視線。上から下まで舐めるように見られた。
 しかも、下半身で一旦視線が止まると憐れむような顔をしてくる。

 下半身? まさか俺の下半身のサイズに憐みを向けているのか?
 コイツは、絶対敵だ。

「そうですか。何でも良いですが……良くもまあ、はしたない格好でいられますね」
 蔑むような目付きをしてそう呟く。

「それは、俺のせいじゃない! 誰かさんが俺の服を隠すからこうなったんだ!」

 俺は睨み付けるように眼鏡を見上げた。
 誰か――おそらく魔王が隠したんだろう。それをまるで俺のせいみたいに言われるのは困る。

「乱暴な物言いですね。顔はそっくりですが、これは
 眼鏡は溜め息を吐いて呟く。

 誰と比較しているのか知らないけど、ないの部分だけやたらと強調して良く聞こえるように言ってくれるのは何だ。
 嫌味か。そんなに俺の息子のサイズはないのか。

「全く、陛下もどうしてまたこんな犯罪者を此処まで連れてきたのやら。本当に何処がいいんでしょう?」
 そう言って身を屈め、ジロジロと失礼な視線を俺の顔に向ける。

「知るか! 大体、誰のせいで俺が何でこんな目に遭ってると思っているんだ!? 全部、あいつのせいだろうが!」
 ついカッとなって叫ぶ。

 ならないはずがない。
 あいつがいなければ、俺は今頃、ちゃんと成長した身体だっただろうし、両親は今も元気に生きていただろう。
 もしかしたら、結婚して、子供にも恵まれて、幸せに領地を治めていたかもしれない。

 俺の両親と未来を奪ったのにこれ以上何を奪おうと言うのか。
 俺は完全に被害者だ。
 どうして、あいつは俺の両親を殺しても罰せられずのうのうと生きているのに、罪のない両親は殺されなきゃいけなかったのか。

 殺してやりたい。気持ちの向くまま、出来るだけ残虐に、長い苦痛を与えてやりたい。
 殺意の炎が胸に燃え上がる。 

「あいつ?」
「そうだ! 魔王のことだ。あいつのせいで俺の両親は、俺の未来はなくなったのに!」
「不敬な……」

 眼鏡は眉を顰めた。

「不敬なんて知ったことか! 俺はあいつを殺す! 何度だって! 生きている限り、やってやる!」

 俺は床に拳を何度も叩き付けた。
 キツく握った拳の中で自分の爪が食い込むのが分かった。
 こんなのは全然痛くない。

「威勢はいいですね」

 そう言って立ち上がると、眼鏡は俺に近づく。
 そして、腹にめがけて蹴りを入れてくる。
 俺はお願いなどしていないのに躊躇なくやってくれちゃって。
 ただ、手加減をしているのか、助走も捻りもつけず、足を振り上げるようにお腹の柔らかいところが蹴り上げられる。

「うっく!」

 手加減されたと思うものの、流石に不意打ちはきつかった。
 一瞬、息が止まる。

 何かがせり上がってくる。
 俺は腹を押さえた。

 食事をしていなかったお陰で胃の内容物は出てこなかったが、じわりと口の中に苦くて酸っぱい味が広がる。
 流石に此処で出すのは不味いと思い、無理矢理それを飲み込んだ。
 喉の奥がイガイガする。

「貴方は馬鹿ですか。せっかく生かしていただいている身だというのに」
 冷たく眼鏡は言った。

 何とでも言えば良い。
 こちらは中途半端な同情や興味で生かしてもらっても嬉しくない。
 さっきは屈してしまったが、あんなことをされて生きていくくらいなら殺してもらって結構だ。
 でも、出来ることなら魔王を殺してから死にたい。
 だから、俺はまだ死ねない。

 俺は眼鏡を睨む。

「いいですね。ないと言いましたが、その瞳は嫌いじゃないですよ」
 眼鏡は唇を歪め、笑う。目が、餓えた獣のそれのように鋭く光る。

 俺は一瞬、身じろぎした。

 それを見逃さず、眼鏡は動いた。
 俺の脚の間に眼鏡の靴が滑り込む。

「ラドルファス!」

 魔王の声に俺の股間を踏み抜こうとしていた眼鏡の足が止まる。

 声のする方を見ると、魔王がガラガラとワゴンを引いてくるところだった。
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