とける。

おかだ。

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拾陸

第88話

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シンとした室内に母が録画したものであろう深夜ドラマの音声だけが流れている。

「・・・ただいま」

返事が返ってこないのはいつもの事で、特に気にすることなく靴を脱いで板の間に上がる。

いつもなら笑い声など何かしら声が聞こえてくる居間からは母の声は聞こえてこず、電気すら消えているようだった。

「(また酔って潰れたか・・・)」

溜息をつきギシギシと軋む短い廊下を進むと、チラリと居間を覗き息を呑んだ。

「おう、芥!待ってたぜ」

暗い部屋の中、ぼうっとテレビを見ていたのは母ではなく無精髭を生やした小汚い男だった。

「っ、お、おかえり、父さん。帰ってたんだ・・・」

真顔でテレビを見ていた父が芥の姿を捉えて不気味な程に上機嫌に笑う。

ソファに腰掛ける父の足元には、キャミソール姿の母がボロボロの格好で転がっていた。

「ゔぅ・・・」

小さく呻く母の頬には大きな青あざが見え、破れた下着からこぼれた胸には痛々しい歯型が残っている。

「・・・か、カーテン開けるね」

怯えるな。

引きつった笑顔で締め切られたカーテンを開けようと窓際に近づく。

「俺の許可なしに動くな」

分厚い男の手の平が少年の頬を打ち、体が後ろによろめく。
低く地を這うような声に空気がひりついた。

「っごめん」

「・・・芥、お前父さんに隠してる事があるだろ」

男の足が床に転がる女の頭を小突く。

「・・・お前まで、この女みたいに俺をバカにするのか?」

「バカになんてしてな──」

ブンッと男が振った太い腕が少年の首を捕らえて床に引き倒す。

「っゔ、!!?」

手加減抜きで床に叩きつけられた身体が悲鳴をあげる。

「服脱げ。全部見せろ」

「っ・・・、」

「また殴られてぇのかっ?!」

父親が床に伏せたままの芥の髪の毛をひったくり強く怒鳴りつけると、観念したように少年の震える手が制服のボタンを一つずつ外していく。

殴られた時に鼻血が出たのか、白いカッターシャツにぱたぱたと真っ赤な血が落ちて染み込む。

カッターシャツの前をくつろがせると、父親の太い指が乱暴にインナーの裾を掴んで強引にたくしあげた。

「・・・おい、、おいおい、なんだそれ?あ?」

「っ・・・」

中学二年生にもなると、その頃には立派に母の自慢の稼ぎ頭になっていた体は、早熟で同年代の子供とは全く違っていた。

身体中には虫刺されのような赤い小さなあとが残り、控えめな胸の飾りは右乳首を執拗に舐られ噛まれてぷっくりと赤く腫れていた。

「・・・っお前も、あそこに転がる女と同じだ。汚ぇ身体で家に帰ってきやがって・・・。俺が、俺がしつけてやる」

ヨロヨロと立ち上がった男が自身の腰に手を伸ばしベルトを外す。

「っ、ぁ・・・」

手にベルトを巻き付けるように握る時は決まって同じ。

ベルトを鞭のように振るって打つのだが、これが素手で殴られるよりも何倍も痛い。

だけは嫌だ。

「ごめんなさいっ!父さんっ、許して」

何度も経験したからわかるこれから起こるであろう恐怖と痛みに、情けなく体がぶるぶると震え出す。

少しでも体を庇おうと上半身をくねらせ、力の入らなくなってしまった下半身をずりずりと引き摺り逃げながら父親に懇願する。

鼻息を荒らげる父親の表情は虚ろで、芥の懇願は恐らく耳に入っていないだろう。

「ごめんなさいっ、ごめんなさいっ!」
 
「フゥ、、フゥ、、」

ズッズッ

ぎしっぎしっ

匍匐前進の様に下半身を引き摺って玄関の方へ逃げる芥を、男がゆっくりと追いかける。

這っていた腕が玄関の段差を踏み外して床に転がった。

「っゔ、」

玄関のタイルに肩を打ち、痛みに顔を顰め顔を上げる。

「芋虫みたいに逃げやがって。この」

ベルトを握りしめた拳が頭上高くに上がり、覚悟を決めたように芥がぎゅっと目を閉じた。
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