とける。

おかだ。

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拾弐

第63話

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陽真悠太が自宅である民宿を出て二週間と少しが過ぎていた。

「本当に見たのか?」

「・・・」

カフェではすっかり店員と顔なじみになり、木下と善がも浸透していた。

退屈そうにパフェスプーンを咥えた口がモゴモゴと動く。

外に向けられた青年の視線は完全に諦めムードで、十分に一回の頻度で深い溜息が漏れていた。

「喜島さんは?」

「ん、相変わらずあの民宿の手伝いしてたよ。そんな事せずに屋敷に戻って仕事に復帰すればいいのに・・・」

不貞腐れたような声で善が呟く。

「きっと心配なんですよ」

苦笑いを浮かべた木下がやんわりとフォローする。

数日前に善が喜島に会いに行った際の事。
民宿の門をくぐった善が出会い頭に抱きしめられ、戸惑う青年に向かって「悠太」と男が違う少年の名前を呼んだというのだ。

「・・・メールで連絡は取れてるらしいし、なんかして馬鹿らしくなってきた」

机に突っ伏してボヤく善を他所に、木下は内心この奇妙なルーティーンが終わって欲しくないと願っていた。

「あ、っあぁ、そう言えば、ここのカフェに怪しい男が頻繁に通っているそうです」

「は?男?」

「俺も一度だけ会ったんですけど、あの威圧感、カタギじゃないと思うんです。昼時に一人で来たり、持ち帰りを大量に頼んだりするそうで・・・」

諦めムードの善の気を引こうと慌てて口をついた初日に会った男の話。

「ふーん。どんなやつ?」

「ガタイが良くて、柔道耳に重い瞼の男です。スキンヘッドで格好も言動も厳ついのでこの辺りでもかなり警戒されているようですね」

「・・・」

コーヒーを啜り、記憶を辿りながら男の容姿について特徴を上げていくと、机に伏したままの善の肩がピクリと動いた。

「・・・っまさか、お前俺に嘘ついたりしないよな」

「えっ?・・・え、えっと」

ゆっくりと体を起こし木下を見つめる善の目は据わり、低く静かな声はその場の空気が凍る様だった。

訳が分からないままに胸倉を掴み上げられ、冷えた善の視線が突き刺さる。

垂れ下がった前髪から覗く瞳が木下を厳しく詰問する。

「本当ですっ。店員もその男をよく知ってますから」

木下が声を絞り出すと、善が突然立ち上がり入口方面のレジに消える。

突然の事に混乱しつつ、話し込む店員と善を席から見守る。
こんな所でキレた善が暴れればタダでは済まない。

「・・・席、移ろう」

「え?」

スタスタと木下の元に戻ってきたかと思うと、先程とは打って変わって力無い声が唇から紡がれる。

戸惑い席に座ったまま善を見上げると、青年の掌が木下のシャツをキュッとつまんだ。

「っ・・・、善?」

木下が再度善に声をかけるが、虚ろな表情の青年はふいっと顔を背けると先に一人で席を移動してしまった。

慌てて善が座った向かいの席に腰掛ける。
四方を壁や柱で視界を塞がれていて、外が見えないどころかまるで個室の様な席だ。

「・・・・」

「どうかしたんですか・・・?」

小さな声でブツブツと呟く善はあからさまに異常で、木下の声に応えることはない。

そして──。

「っあ、山田様、お持ち帰りですね?少々お待ち下さい」

怯えて甲高くなった店員の声が耳に届いた。

「・・・山田」

ボソリと低く囁くような声が向かいに座る善から聴こえ、店員の声に反応する様にゆっくりと青年が席を立ち上がった。

右手は灰色のスウェットのポケットに添えられ、木下はポケット内に何が隠されているのか一瞬でわかった。

「っ何してるんですか、善!正気か?!」

「・・・離せ、殺してやる、殺してやる」

木下が声を押し殺して善を説得しようと試みるが、息巻く青年の右手には先程まで座っていた席で善が食べていたハンバーグで使用したナイフが握られている。

席を移動する際にポケットに忍ばせていたのだろう。

「っあの男と何があったか知らないが、今アンタが暴れたら確実に警察に邪魔されるぞ!それでもいいんですか?」

「・・・っ」

店員から商品を受け取るスキンヘッドの男を善が悔しげに見据える。

木下が善からナイフを取り上げ、カフェから出ていったスキンヘッドの男を窓に駆け寄り目で追いかける。

「木下、あの男どこに消えた?」

「・・・、左から二棟目のビルの中です」

「っ、喜島の兄さんに報告しろ。GPS情報送って・・・。・・・俺も・・・」

「っ、橘って・・・」

ハッとして木下が俯く善を見つめると、顔を上げた青年が誤魔化すように弱々しく自嘲的な笑みを浮かべた。

「・・・送った?」

「っはい・・・」

「そっか」
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