籠の中の金糸雀

茅ヶ崎杏

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4.秘匿

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なんとかあの場を静めることに成功した俺は、身支度を整え、真希さんと一緒に家を出た。


久しぶりの外。

快晴だった。


それを見て何故か心まで軽くなる。

実際、何一つ解決してなんていないのだけど。


真希さんと俺は、家の前に停まっていた黒い高級車に乗り込む。



「おはようございます」

「あぁ」

「おはよう、ございます……」



運転席に座っているのは、真希さんの秘書の笹岡さん。

真希さんは何かの会社の社長らしい。


笹岡さんは、俺と真希さんのことを知っている。

知っていて真希さんに加担している。



「では、いつもの時間にお迎えに上がります」

「……はい」



頷くと、車は走り去っていった。

それを見送りながら思う。


事故ってくれないだろうか?

そうすれば、俺は自由になれるかもしれない。

迎えが来なかったのなら、命令に背いたわけではない。

つまり俺は、咎められないことになる。

もしそうなったら、今はもう選択肢に存在しない【逃げる】というコマンドが、また現れてくれるかもしれない。


逃げれる。

あの男から。

あの家から。





……なあんてね。

そんなこと絶対にありえないけど。

もしそうなったとしたら、俺生きていけないしな。





「お、柚希。久し振り! 体、大丈夫かよ?」



静かに教室に入った俺を見つけたあかつき龍海たつみが、朝とは思えないハイテンションで声をかけてくる。

その声につられ、俺を見る他生徒たち。

珍しいものを見るそんな視線には、とっくに慣れた。


話していた友人から離れて、俺の近くへ来た龍海にだけ返事をする。



「おはよ、龍海。大丈夫よ」

「相変わらず軽いな~。心配してやってんだぞー?」

「分かってるよ。さんきゅ」

「ほんとにわかってんのかよー?」

「わかってるって、しつこい男は嫌われんぞ」

「柚希は俺のこと嫌ったりしないって信じてるから!」



そう言って、ニッとイタズラっぽく笑う龍海。

そんな彼の姿に、思わず視線を逸らす。


ギャーギャーうるさいし、来るなと言っても構ってくる。

面倒くさい男……だけど。


俺は。



「マジ、寂しかったんだぜ~、ゆずちゃあん」

「きっも」



龍海が好きだったりする。

恋愛的な意味で。





この学校は男子校だ。

小等部からエスカレーター式に上がっていく、結構な進学校。


俺はここに高等部から入った。


ここに入ったとき、俺には友と呼べる人間はいなかった。

今もいない。龍海だけ、だと思う。

中学が一緒の人間は何人かいるだろうが、中学時代に何一つ良い思い出のない俺にとって、その人間は赤の他人。


入学当初の俺は、酷い人間不信だった。


他人からどう見えたのかは分からないけど、"人間"という存在に怯えていた。

そんな俺に、周りも近づこうとしてこなかった。

遠巻きに見て、こそこそと話したり笑ったりしてるだけ。

それはありがたかった。けど、寂しかったのも事実。


そんなときに話しかけてきてくれたのが、龍海だったんだ。


龍海だけは俺が何を言ってもそばにいてくれて、近すぎず遠すぎずの距離を保っていてくれて。


一緒にいて、心地良い。



「なぁ、柚希。今日は暑くね?」

「暑いな」

「何故に長袖?」

「病弱なもんで」

「そればっか」

「事実だし」



嘘だけど。

「虐待されてるから」なんて、言えるかばーか。

言ったら、お前とのこの生活も終わりを告げてしまいそうで。


だから俺は隠す。


好きだと言う気持ちも、纏めて心の奥深くに。



「席つけー」



担任が入ってくる。

俺を見つけると驚いたように目を見開いた。



「谷原。朝からお前を見るのは久し振りだな。まぁ、無理はするなよ」

「お気遣い、ありがとうございます」



教師まであの男……真希さんの嘘に騙されててどうする。

なんて思うけど、どうでもいいか。


学校にいるときくらい、楽にしていたい。

気を遣わず、何も考えず。

ただ、自分に正直にしていたい。


なんて実際は、龍海に嘘ついてしまっているわけだけど。


ただ、普通の人と同じように、授業を受けて、友人と喋って、好きな人を見つめていられれば。

それだけで十分だから。


.
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