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彼氏の母親

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「おはようございます」
「おはよう、さくらちゃん」

 甘い渦巻きのような一夜が過ぎて、リビングに行くと玲子さんが迎えてくれた。明け方近くまで抱き合った後、自室に戻りシャワーを浴びた。下腹部には違和感があり、右の乳房の一点がヒリヒリする。悠馬と離れても、その存在感は消えない。

「あら、体調でも悪いの?」

 少し腰を引いて歩く私を見て玲子さんが言った。

「い、いえ」

 なんと鋭い人だろう。女の、いや母親のカンというものだろうか。

「悠馬はどうかしら?」
「はい、勉強は順調過ぎて、もう教えることがないくらいです」
「じゃあ、さくらちゃんと同じ大学に入れる?」
「ええ、大丈夫だと思います」

 玲子さんは満足そうに笑った。

「それは良かった。でも大学に行ったら、誘惑も多くなりそうで心配なの。幸か不幸かあの容姿でしょ?女子大学生の中には積極的な子もいるんじゃない?違う大学の子も来るだろうし」
「は、はい。確かに」
「でも、さくらちゃんが付いててくれれば安心だわ」
「そ、そうですか?」
「うん、頼りにしてる。これからもずっとよろしくね」
「え、ええ……」
「あれ、蚊に刺されたの?首筋に赤いところが……」
「えっ!」

 一瞬、頭の中が真っ白になった。
 ば、ばれた?

「ふふ、よく見たらホントに虫刺されみたい」

 恐ろしい人だと思った。昨夜のことを、きっと見抜いている。最初から想定内ということだろう。

「さくらちゃん、そういえば住んでいたマンションの方は大丈夫かしら?」
「はい、お陰様で」

 元の家には仏壇が置いてある。週に三回くらいは線香を上げに行っていた。家に中は静まりかえっているけれど、荒れた感じはない。玲子さんがハウスキーパーを派遣してくれているのだ。きちんと風が入っていて、掃除もされている。観葉植物もちゃんと生きている。私はゆったりした気持ちでお茶を飲み、しばらく両親と話した後に二村家の邸宅に帰るのだ。
 帰る?そう、もう私の中では二村家が生活の場で、マンションは「里帰り」する場所だった。何だか親に申し訳ないような気がするが、遺影はいつも優しく笑っていた。

「今日は大学の研究室に行って来ます」
「勉強も大変そうね」
「いえ、好きなことですから」
「さすがね。さくらちゃんにとっても貴重な青春時代なんだから、大事に過ごしてね」
「はい、ありがとうございます」

 大学の校舎は時代物で、中はひんやりとして、ちょっとカビ臭かった。

「さくら」

 研究室の前の廊下で皐月に呼び止められた。

「あれぇ」

 私に鼻を近づけてクンクン、と言う。

「何してるのよ。なんか匂う?」
「匂う、匂うぞ、年下彼氏の匂い」
「え、でもちゃんとシャワーを浴びて……」
「さくら」

 皐月が呆れたように言う。

「あんた、ホントに正直だね」
「はあ?」
「したんでしょ、ついに」
「な、なんでわかるの?」
「わかるよ。目がウルウルしてるし、内股っぽく歩いてるし」
「アハハ、やっぱりバレちゃうんだ」
「まあ、私もそうだったからね。あ、首筋にキスマークまである」
「これは虫刺されだよ」
「そんな嘘は通らないって。ちゃんと唇の形になってるもん」

 だけど玲子さんは虫刺されだって……。
 もしかして、わざと見逃したの?顔がカアッと熱くなった。

「は、恥ずかしい」
「でもさ、きっといい初体験だったんでしょ?」
「う、うん。すごく優しく扱ってくれて」
「へえ」

 皐月はちょっと思案顔になった。

「でもさ、彼氏くん、なんでそんなに大人なんだろうね」
「そういえば」
「年の割に経験豊富なんじゃない?」
「え、初めてって言ってたよ」
「うーん、私の時はね、彼は初めてじゃなかったけど結構苦労してたよ」

 思わず俯いてしまう。

「ご、ごめん。不安にさせるようなことを言って。人それぞれだもん、比べることじゃないよね」
「そうだね……」
 
 二村家に戻ると、リビングに悠馬がいた。

「あ、お帰り、さくら」

 花のような笑顔を向けてくる。昨日までと全然変わらない。

「ただいま」
 
 悠馬にとっては特別じゃなかったのかな。心の中がもやもやした。
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