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デート
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なんて美しいんだろう……
悠馬の横顔をうっとり見ていた。物理の問題を解くその指先からは、繊細な文字や数式が次々と生み出されていく。その列はまるで芸術品のようだ。数学や物理が「美しい」学問と言われるのが実感できた。
(私が教えることなんて、何もないな)
どう考えても悠馬の方が優秀そうだ。
「さくらちゃん」
「ん?」
「さくらちゃんの大学のキャンパスには池があったよね」
「うん」
「鯉とかいるの?」
「いるよ、水鳥もいるよ」
「いいなあ」
「秋になったら、銀杏並木がきれいになるから見においでよ」
「うん、行きたい」
「春には一緒に桜の花を見られればいいね」
「オレ、頑張るから」
「うん、待ってるよ」
「さくらちゃんと同じ大学に入って、卒業して、会社を継ぐ」
「……」
「そして、さくらちゃんにプロポーズするから」
「え……」
「だから、楽しみに待ってて」
「だって」
「なんか、将来の目標がハッキリしてるのはいいな、って。オレ、さくらちゃんとの未来が想像できるよ。キャンパスを歩いて、学食でお昼食べて、図書館行って。卒業して会社に入ったら、必ず迎えに行くから」
予想もしなかった熱烈な告白だった。私はただの姉貴じゃなかったんだ。悠馬の見る未来には私が存在するんだ。
「そんなわけで、大学模試なんて何でもないさ。その点は安心してて」
「頼もしいね。じゃあ、もう家庭教師は必要ないかな?」
「またそんな意地悪を言う」
「意地悪?」
悠馬の目にちょっと切なさが浮かんで、ドキリとする。
「モチベーションの問題なんだ」
「モチ―ベーション?」
「そう。オレの未来にさくらちゃんがいるから、そこまで行きたいって思うんだ」
「そうなの?」
「わかってくれないかなあ」
そうかもしれない。私が家庭教師に指名されたのはきっとそういうことなのだろう。
「わかった。ありがとう」
こんな王子様のように美しい男子に言われたら、うれしいに決まってる。
「だから、五月五日はオレのファーストキスをあげるから」
「私も初めてなんだけど」
「え、そうなの?」
悠馬が驚いている。
「わ、悪かったわね……。いい年して、とか思ってるんでしょう?」
「え、何が悪いの?うれしいけど」
「い、いや、教えてあげられなくてごめん、というか……」
「教えてもらうことはいっぱいあるよ」
「そうかな?」
そして、私の誕生日、五月五日がやってきた。
「さくらちゃん、今日はオレに任せて」
「どこに連れてってくれるの?」
「ほら、これ」
見せられたのはミュージカルのチケットだった。
「すごーい。よく手に入ったね」
「親父から借りたお金で買った。一番安い席なんだけどね」
「私の分は払うね」
「今日はプレゼントだから。お願いだから受け取って」
高校生に払わせるのもどうかと思うけど、悠馬の気持ちはうれしかった。
「わかった、ありがとう。あとでお返しはするね」
日比谷の劇場で観たミュージカルは、ものすごい迫力だった。
「やっぱり、人間のコーラスってすごいね。映画のスクリーンとは全然違う」
「親父に言われたんだ。最初のデートだったら、頑張って一生の思い出を作れって。出世払いで返せって」
そうだったのか、気を遣わせたな。でもうれしい。私、大切にされているんだな。
「でも、出会ってすぐに恋に落ちて、次の日に結婚しちゃうなんて、凄い話だよね」
「ホントだね」
一瞬、黙って見つめあう。
「さくらちゃん、行こ」
「うん」
劇場近くのカフェで、クラブハウスサンドを食べた。いつもとは、違う味がした。
「おいしいね」
「うん」
それから手をつないで、近くの公園に歩いて行った。ああ、ここなんだな。私たちの初めてのキス。それからのことは、あまりはっきり覚えていない。
悠馬の手の温かさと、頭の芯に響いて来る心臓の音。目の前が真っ白で意識が跳びそうだった。滴るような緑の中、悠馬は私の手を引いて歩いて行く。
(さすが男子、頼もしい)
今までとは明らかに違う。二人の関係性が決定的に動く瞬間が、もうすぐやって来る。黄昏時、私は悠馬に抱きしめられた。少し上を向き、私は待つ。
(あ……)
唇に、温かく柔らかい感触。悠馬はかわいい弟から彼氏になったんだ。
「さくら、キレイだよ」
遠い遠いところから悠馬の声がする。いつまでも、この夢のような時間が続けばいいのに、と思った。
悠馬の横顔をうっとり見ていた。物理の問題を解くその指先からは、繊細な文字や数式が次々と生み出されていく。その列はまるで芸術品のようだ。数学や物理が「美しい」学問と言われるのが実感できた。
(私が教えることなんて、何もないな)
どう考えても悠馬の方が優秀そうだ。
「さくらちゃん」
「ん?」
「さくらちゃんの大学のキャンパスには池があったよね」
「うん」
「鯉とかいるの?」
「いるよ、水鳥もいるよ」
「いいなあ」
「秋になったら、銀杏並木がきれいになるから見においでよ」
「うん、行きたい」
「春には一緒に桜の花を見られればいいね」
「オレ、頑張るから」
「うん、待ってるよ」
「さくらちゃんと同じ大学に入って、卒業して、会社を継ぐ」
「……」
「そして、さくらちゃんにプロポーズするから」
「え……」
「だから、楽しみに待ってて」
「だって」
「なんか、将来の目標がハッキリしてるのはいいな、って。オレ、さくらちゃんとの未来が想像できるよ。キャンパスを歩いて、学食でお昼食べて、図書館行って。卒業して会社に入ったら、必ず迎えに行くから」
予想もしなかった熱烈な告白だった。私はただの姉貴じゃなかったんだ。悠馬の見る未来には私が存在するんだ。
「そんなわけで、大学模試なんて何でもないさ。その点は安心してて」
「頼もしいね。じゃあ、もう家庭教師は必要ないかな?」
「またそんな意地悪を言う」
「意地悪?」
悠馬の目にちょっと切なさが浮かんで、ドキリとする。
「モチベーションの問題なんだ」
「モチ―ベーション?」
「そう。オレの未来にさくらちゃんがいるから、そこまで行きたいって思うんだ」
「そうなの?」
「わかってくれないかなあ」
そうかもしれない。私が家庭教師に指名されたのはきっとそういうことなのだろう。
「わかった。ありがとう」
こんな王子様のように美しい男子に言われたら、うれしいに決まってる。
「だから、五月五日はオレのファーストキスをあげるから」
「私も初めてなんだけど」
「え、そうなの?」
悠馬が驚いている。
「わ、悪かったわね……。いい年して、とか思ってるんでしょう?」
「え、何が悪いの?うれしいけど」
「い、いや、教えてあげられなくてごめん、というか……」
「教えてもらうことはいっぱいあるよ」
「そうかな?」
そして、私の誕生日、五月五日がやってきた。
「さくらちゃん、今日はオレに任せて」
「どこに連れてってくれるの?」
「ほら、これ」
見せられたのはミュージカルのチケットだった。
「すごーい。よく手に入ったね」
「親父から借りたお金で買った。一番安い席なんだけどね」
「私の分は払うね」
「今日はプレゼントだから。お願いだから受け取って」
高校生に払わせるのもどうかと思うけど、悠馬の気持ちはうれしかった。
「わかった、ありがとう。あとでお返しはするね」
日比谷の劇場で観たミュージカルは、ものすごい迫力だった。
「やっぱり、人間のコーラスってすごいね。映画のスクリーンとは全然違う」
「親父に言われたんだ。最初のデートだったら、頑張って一生の思い出を作れって。出世払いで返せって」
そうだったのか、気を遣わせたな。でもうれしい。私、大切にされているんだな。
「でも、出会ってすぐに恋に落ちて、次の日に結婚しちゃうなんて、凄い話だよね」
「ホントだね」
一瞬、黙って見つめあう。
「さくらちゃん、行こ」
「うん」
劇場近くのカフェで、クラブハウスサンドを食べた。いつもとは、違う味がした。
「おいしいね」
「うん」
それから手をつないで、近くの公園に歩いて行った。ああ、ここなんだな。私たちの初めてのキス。それからのことは、あまりはっきり覚えていない。
悠馬の手の温かさと、頭の芯に響いて来る心臓の音。目の前が真っ白で意識が跳びそうだった。滴るような緑の中、悠馬は私の手を引いて歩いて行く。
(さすが男子、頼もしい)
今までとは明らかに違う。二人の関係性が決定的に動く瞬間が、もうすぐやって来る。黄昏時、私は悠馬に抱きしめられた。少し上を向き、私は待つ。
(あ……)
唇に、温かく柔らかい感触。悠馬はかわいい弟から彼氏になったんだ。
「さくら、キレイだよ」
遠い遠いところから悠馬の声がする。いつまでも、この夢のような時間が続けばいいのに、と思った。
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