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誕生
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「え?」
利光さんが絶句している。
「そんな、どうして立ち会えないんだ?」
世話焼きの利光さんは、当然出産に立ち会うつもりだった。その気合の入り方は並々ならぬものだった。
「新しい生命が誕生する瞬間なんだし」
「あのね、利光さん」
「ん?必用なものがあったら何でも言ってくれ」
「そうじゃなくて……」
私は利光さんをじっと見た。
「あのね、分娩する時は母に立ち会ってもらうつもりなの。利光さんは外で待っていて。必ず元気な子を産んで戻って来るから」
「ちょ、ちょっと待て。今は半分以上の夫が立ち会う時代だろ?」
「利光さん」
この話をするために来てもらった母が口を開いた。
「由梨花は母になるために、必死で頑張っています。もちろんそれが一番。でもね、由梨花は利光さんの妻なんです。初めての出産の時は、痛みのために大声で取り乱したり、その他にも女性として見られたくないようなこともあるかもしれません。だから私が傍にいます。由梨花と私を信じて、利光さんは待っていてください」
「もう、決めたことなのか?」
「うん、お母さんと決めた」
「利光さん、もしお仕事の都合がつくようでしたら、陣痛室まで付き添ってやってください。由梨花はとても心強いと思います。分娩室へは私が入ります」
「……わかりました」
失望したような利光さんを見るのが辛かった。
「ごめんね」
「いいんだ。由梨花がリラックスできるのが大事だから」
陣痛が十分間隔になった。浅川記念病院に電話して、まずは陣痛室に入った。しばらくして仕事を切り上げた利光さんが来てくれた。
背中をさすってくれたり、水を飲ませてくれたり、なによりその時間を共有してくれることが嬉しかった。
「あ、い、いたっ」
今までにない強烈な痛み.。
「子宮口開いてきましたね。そろそろ分娩室へ移りましょうか」
「はい」
とうとう、この時が来た。
「行ってきます」
利光さんをじっと見つめる。
「うん。お母さん、お願いします」
「はい」
「ぼくは信じて待っているから」
そろそろと歩いて分娩室に向かう。助産師さんのユニフォームのピンク色が、とても優しく見えた。
いままで近くにいた利光さんが見えなくなると、急に寂しさを感じた。
「い、いたっ」
突然、強い痛みが襲って来た。
「まだ、子宮口が開ききっていません。いきむのはまだ早いですよ」
「ああ、痛い」
「由梨花」
母が背中をさすってくれている。
「利光さんも祈ってくれてるよ」
「うん」
「藤木さーん、子宮口が開きましたよ。そろそろいきみましょうか」
「う、ううん」
「はい、ちょっと休んで……いきんで」
「うわぁぁっ」
朦朧とする意識の中で、私を見つめる存在に気が付いた。
真っ白なウサギ。
鼻をヒクヒクさせながら、こちらを見ている。
赤い、澄み切った目で。
(あなたも応援してくれるの?ありがとう。頑張って利光さんの赤ちゃんを産むからね)
「藤木さーん、頭が出てきましたよー。もうちょっと、頑張って」
「由梨花、しっかり」
「ああぁぁっ」
「よし、赤ちゃん出て来た」
一瞬の間の後、聞こえた。
「ああっ、ああっ」
「まあ、大きな泣き声、元気な女の子ですよ」
生まれたんだ……
初めて、自分の子を見て涙が溢れた。
私と利光さんの赤ちゃん。
「よく頑張りましたね」
ふっと気が遠くなる。疲れが一気に押し寄せて来た。
後から聞いたことだが、私は出血も多く、胎盤が下りてくるまで時間がかかった。利光さんがその光景を見たら、どんなに心配しただろう。
いろいろな考え方があって、その一つ一つがきっと正しいのだ。私の選択も間違いではなかったと思う。
娘と初対面した利光さんは、一瞬息を呑み、次の瞬間蕩けるような笑みを浮かべた。それは、娘への溺愛の日々を予想するのに十分な光景だった。
親子で退院するまで、そして家に帰っても、利光さんは最高に優しい夫であり、そして父親だった。
あの日、何も知らないまま、二十も年上の利光さんに溺れた私。溺れて良かった、心からそう思った。
利光さんが絶句している。
「そんな、どうして立ち会えないんだ?」
世話焼きの利光さんは、当然出産に立ち会うつもりだった。その気合の入り方は並々ならぬものだった。
「新しい生命が誕生する瞬間なんだし」
「あのね、利光さん」
「ん?必用なものがあったら何でも言ってくれ」
「そうじゃなくて……」
私は利光さんをじっと見た。
「あのね、分娩する時は母に立ち会ってもらうつもりなの。利光さんは外で待っていて。必ず元気な子を産んで戻って来るから」
「ちょ、ちょっと待て。今は半分以上の夫が立ち会う時代だろ?」
「利光さん」
この話をするために来てもらった母が口を開いた。
「由梨花は母になるために、必死で頑張っています。もちろんそれが一番。でもね、由梨花は利光さんの妻なんです。初めての出産の時は、痛みのために大声で取り乱したり、その他にも女性として見られたくないようなこともあるかもしれません。だから私が傍にいます。由梨花と私を信じて、利光さんは待っていてください」
「もう、決めたことなのか?」
「うん、お母さんと決めた」
「利光さん、もしお仕事の都合がつくようでしたら、陣痛室まで付き添ってやってください。由梨花はとても心強いと思います。分娩室へは私が入ります」
「……わかりました」
失望したような利光さんを見るのが辛かった。
「ごめんね」
「いいんだ。由梨花がリラックスできるのが大事だから」
陣痛が十分間隔になった。浅川記念病院に電話して、まずは陣痛室に入った。しばらくして仕事を切り上げた利光さんが来てくれた。
背中をさすってくれたり、水を飲ませてくれたり、なによりその時間を共有してくれることが嬉しかった。
「あ、い、いたっ」
今までにない強烈な痛み.。
「子宮口開いてきましたね。そろそろ分娩室へ移りましょうか」
「はい」
とうとう、この時が来た。
「行ってきます」
利光さんをじっと見つめる。
「うん。お母さん、お願いします」
「はい」
「ぼくは信じて待っているから」
そろそろと歩いて分娩室に向かう。助産師さんのユニフォームのピンク色が、とても優しく見えた。
いままで近くにいた利光さんが見えなくなると、急に寂しさを感じた。
「い、いたっ」
突然、強い痛みが襲って来た。
「まだ、子宮口が開ききっていません。いきむのはまだ早いですよ」
「ああ、痛い」
「由梨花」
母が背中をさすってくれている。
「利光さんも祈ってくれてるよ」
「うん」
「藤木さーん、子宮口が開きましたよ。そろそろいきみましょうか」
「う、ううん」
「はい、ちょっと休んで……いきんで」
「うわぁぁっ」
朦朧とする意識の中で、私を見つめる存在に気が付いた。
真っ白なウサギ。
鼻をヒクヒクさせながら、こちらを見ている。
赤い、澄み切った目で。
(あなたも応援してくれるの?ありがとう。頑張って利光さんの赤ちゃんを産むからね)
「藤木さーん、頭が出てきましたよー。もうちょっと、頑張って」
「由梨花、しっかり」
「ああぁぁっ」
「よし、赤ちゃん出て来た」
一瞬の間の後、聞こえた。
「ああっ、ああっ」
「まあ、大きな泣き声、元気な女の子ですよ」
生まれたんだ……
初めて、自分の子を見て涙が溢れた。
私と利光さんの赤ちゃん。
「よく頑張りましたね」
ふっと気が遠くなる。疲れが一気に押し寄せて来た。
後から聞いたことだが、私は出血も多く、胎盤が下りてくるまで時間がかかった。利光さんがその光景を見たら、どんなに心配しただろう。
いろいろな考え方があって、その一つ一つがきっと正しいのだ。私の選択も間違いではなかったと思う。
娘と初対面した利光さんは、一瞬息を呑み、次の瞬間蕩けるような笑みを浮かべた。それは、娘への溺愛の日々を予想するのに十分な光景だった。
親子で退院するまで、そして家に帰っても、利光さんは最高に優しい夫であり、そして父親だった。
あの日、何も知らないまま、二十も年上の利光さんに溺れた私。溺れて良かった、心からそう思った。
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