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浅川 由梨花
春の予感
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午後五時、由梨花は定時に会社を出た。社長は快く「お疲れさん」と言ってくれた。途中スーパーで買い物をする。
(今日は野菜たっぷりの水炊きにしよう)
まだ仕事を続けていた利光さんの疲労を考え、胃にやさしいものにする。
(水炊きだったら、コラーゲンもたっぷり。私のお肌もプルプルになるわ)
利光さんに愛されるようになって、自分自身の体にもいっそう愛おしさを感じるようになった。マンションにつくと、コンシェルジュの女性が話し掛けてきた。いつも優しい口調で、とても感じのいいひとだ。
「藤木利光さまに冷凍便が届いておりますので、後ほどお部屋までお届けに上がります」
見せてもらうと、そこそこ大きい発泡スチロールの箱だった。これは持ってきてもらった方がよいだろう。
「すみません、お願いします」
部屋に入ってしばらくすると、その箱が届けられた。
(なんだろう)
蓋を開けてドライアイスの下にあるものを見る。
「ひっ」
そこには巨大なタコの足が一本入っていた。あまりの大きさと生々しさに腰が抜けそうになる。
(利光さん、なんでこんなものを……。どうしたらいいの?)
とりあえず蓋を閉めて利光さんの帰りを待つ。
(もしかしてドッキリ?利光さん、優しそうな顔をして実はサディストなの?)
呼吸を整えてから、夕食の準備に入る。ご飯は炊飯器にタイマーをかけておいたので、もう炊き上がっている。しかし、箱の中のタコの足が気になって仕方ない。
(帰ってきたら、ちゃんと説明してもらうんだから)
「ただいま」
そんな不機嫌さも、この笑顔を見ると吹っ飛んでしまう。
「お帰りなさい。ご飯にします?お風呂にします?」
「そうだなあ、じゃ今日は由梨花さん」
ギュッとされ、唇を奪われて真っ赤になる。
「あ、でもご飯が冷めちゃう……」
「あはは、冗談、冗談。ご飯を頂くよ」
やられた。完全にもてあそばれている。
(もう、子どもだと思って……)
「ああ、冷蔵庫のフリーザーをちょっと借りたよ」
「そ、そうだ。なんですかあれ?」
「ミズタコの足だよ。札幌の知り合いに送ってもらったんだ」
「あ、あんなの見たことないし、私、どう料理したらいいかわかりません」
「大丈夫、私が調理するから」
「え……」
「あれをブツ切りにして、ザンギを作るんだ」
「ザンギ?」
「そう、まあ唐揚げだな」
「タコを、ですか?」
「そう、こちらのものはマダコだから身が締まっている。だから酢ダコなんかに向いているんだけど、ミズダコは身が柔らかくて揚げ物にも向いているんだ。残った分は炊き込みご飯にしようか」
へえ、料理できるんだ。まあ、一人暮らししてたから当然か。
「いままでは作っても食べてくれる人がいなかったからね。おいしいの作るから、お楽しみに」
そうか、やっぱり寂しかったんだな。利光さんの心の空白を埋めることができたようでうれしいな。
「あ、そうだ」
「な、なんですか?」
「挨拶しなきゃ、挨拶。まだ由梨花さんのご両親に同居の挨拶をしてない」
「……実はうちの家族も会いたがってて」
「じゃ、土曜日に伺おうか」
「手ぐすね引いて、というわけか。いやあ恐ろしい」
「うちの父は利光さんの大ファンで、母はのんびりした人なので」
「そう、それは助かった」
「きっと、いろいろ食べろと言われます」
「じゃあタコは日曜日だね」
「はい」
土曜日、実家に行く前に銀座に立ち寄った。
「ここらへんに北海道の木にこだわった家具の店があってね。安くはないんだけど、なんとなく落ち着くかな、と思って」
シンプルな机と椅子だけど、なるほど安くはない。でも、とてもセンスが良く、あの部屋のフローリングの色にも合いそうだ。
「さて、何かお土産を買わなきゃ。どんなのが喜んでもらえそうかな?」
「うーん、母と兄の奥さんは和菓子が好きですが……」
「じゃ≪豹屋≫の羊羹にしようか」
「高級品ですね」
「今日は大事な訪問だから。安物は持って行けない」
なんだかうれしい。銀座の街も少し春めいて、女の子の服装も変わっている。銀座駅から地下鉄に乗った。しばらく揺られ、終点で降りた。駅から歩いて少し、小高い住宅街に、私の実家はある。
「春になると、近くの川沿いにいっぱい桜が咲くんですよ。おしゃれなお店もたくさんあるんですけど、最近有名になりすぎちゃって」
「それ、見たいな」
「4月になったらまた来ましょう」
静かな道をゆっくり歩く。
「ほんとにいい家が多いね」
「芸能人も住んでるみたいですよ」
「なんか、わかる気がするね」
「あ、エゾリス!」
「え、こんなところに?」
「嘘ですよ」
「やられた……」
「いつもイジメられてるからお返しです」
「イジメてるって?」
利光さんがニヤリと笑った。獲物を見つけたケモノみたいだ。いままでに見たことのない目だ。
家までもう少しのところで、利光さんはささやくように言った。
「今日、ご挨拶すれば一区切りだな」
「はい?」
「いままではケジメをつけるまではと思って我慢してきた。それも今日で終わりだ」
「え、それって」
「今夜、帰ったら由梨花を抱くから」
ああ、やっと……
「私はもう、覚悟はできてます。いつでも構いませんよ」
「まずは、たっぷりとキスをして。そのあと、ほんとにイジメるってどんなことか、わからせてやるよ」
「え、ええっ」
(今日は野菜たっぷりの水炊きにしよう)
まだ仕事を続けていた利光さんの疲労を考え、胃にやさしいものにする。
(水炊きだったら、コラーゲンもたっぷり。私のお肌もプルプルになるわ)
利光さんに愛されるようになって、自分自身の体にもいっそう愛おしさを感じるようになった。マンションにつくと、コンシェルジュの女性が話し掛けてきた。いつも優しい口調で、とても感じのいいひとだ。
「藤木利光さまに冷凍便が届いておりますので、後ほどお部屋までお届けに上がります」
見せてもらうと、そこそこ大きい発泡スチロールの箱だった。これは持ってきてもらった方がよいだろう。
「すみません、お願いします」
部屋に入ってしばらくすると、その箱が届けられた。
(なんだろう)
蓋を開けてドライアイスの下にあるものを見る。
「ひっ」
そこには巨大なタコの足が一本入っていた。あまりの大きさと生々しさに腰が抜けそうになる。
(利光さん、なんでこんなものを……。どうしたらいいの?)
とりあえず蓋を閉めて利光さんの帰りを待つ。
(もしかしてドッキリ?利光さん、優しそうな顔をして実はサディストなの?)
呼吸を整えてから、夕食の準備に入る。ご飯は炊飯器にタイマーをかけておいたので、もう炊き上がっている。しかし、箱の中のタコの足が気になって仕方ない。
(帰ってきたら、ちゃんと説明してもらうんだから)
「ただいま」
そんな不機嫌さも、この笑顔を見ると吹っ飛んでしまう。
「お帰りなさい。ご飯にします?お風呂にします?」
「そうだなあ、じゃ今日は由梨花さん」
ギュッとされ、唇を奪われて真っ赤になる。
「あ、でもご飯が冷めちゃう……」
「あはは、冗談、冗談。ご飯を頂くよ」
やられた。完全にもてあそばれている。
(もう、子どもだと思って……)
「ああ、冷蔵庫のフリーザーをちょっと借りたよ」
「そ、そうだ。なんですかあれ?」
「ミズタコの足だよ。札幌の知り合いに送ってもらったんだ」
「あ、あんなの見たことないし、私、どう料理したらいいかわかりません」
「大丈夫、私が調理するから」
「え……」
「あれをブツ切りにして、ザンギを作るんだ」
「ザンギ?」
「そう、まあ唐揚げだな」
「タコを、ですか?」
「そう、こちらのものはマダコだから身が締まっている。だから酢ダコなんかに向いているんだけど、ミズダコは身が柔らかくて揚げ物にも向いているんだ。残った分は炊き込みご飯にしようか」
へえ、料理できるんだ。まあ、一人暮らししてたから当然か。
「いままでは作っても食べてくれる人がいなかったからね。おいしいの作るから、お楽しみに」
そうか、やっぱり寂しかったんだな。利光さんの心の空白を埋めることができたようでうれしいな。
「あ、そうだ」
「な、なんですか?」
「挨拶しなきゃ、挨拶。まだ由梨花さんのご両親に同居の挨拶をしてない」
「……実はうちの家族も会いたがってて」
「じゃ、土曜日に伺おうか」
「手ぐすね引いて、というわけか。いやあ恐ろしい」
「うちの父は利光さんの大ファンで、母はのんびりした人なので」
「そう、それは助かった」
「きっと、いろいろ食べろと言われます」
「じゃあタコは日曜日だね」
「はい」
土曜日、実家に行く前に銀座に立ち寄った。
「ここらへんに北海道の木にこだわった家具の店があってね。安くはないんだけど、なんとなく落ち着くかな、と思って」
シンプルな机と椅子だけど、なるほど安くはない。でも、とてもセンスが良く、あの部屋のフローリングの色にも合いそうだ。
「さて、何かお土産を買わなきゃ。どんなのが喜んでもらえそうかな?」
「うーん、母と兄の奥さんは和菓子が好きですが……」
「じゃ≪豹屋≫の羊羹にしようか」
「高級品ですね」
「今日は大事な訪問だから。安物は持って行けない」
なんだかうれしい。銀座の街も少し春めいて、女の子の服装も変わっている。銀座駅から地下鉄に乗った。しばらく揺られ、終点で降りた。駅から歩いて少し、小高い住宅街に、私の実家はある。
「春になると、近くの川沿いにいっぱい桜が咲くんですよ。おしゃれなお店もたくさんあるんですけど、最近有名になりすぎちゃって」
「それ、見たいな」
「4月になったらまた来ましょう」
静かな道をゆっくり歩く。
「ほんとにいい家が多いね」
「芸能人も住んでるみたいですよ」
「なんか、わかる気がするね」
「あ、エゾリス!」
「え、こんなところに?」
「嘘ですよ」
「やられた……」
「いつもイジメられてるからお返しです」
「イジメてるって?」
利光さんがニヤリと笑った。獲物を見つけたケモノみたいだ。いままでに見たことのない目だ。
家までもう少しのところで、利光さんはささやくように言った。
「今日、ご挨拶すれば一区切りだな」
「はい?」
「いままではケジメをつけるまではと思って我慢してきた。それも今日で終わりだ」
「え、それって」
「今夜、帰ったら由梨花を抱くから」
ああ、やっと……
「私はもう、覚悟はできてます。いつでも構いませんよ」
「まずは、たっぷりとキスをして。そのあと、ほんとにイジメるってどんなことか、わからせてやるよ」
「え、ええっ」
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