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雪原

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「はい」

 利光さんは答えた。

「あなたにサポートしていただければ、御社に関わる仕事にもきっとプラスになるでしょう。そしてなにより、もっとあなたと話をしたくなりました」

 まっすぐに言ってくれたことが嬉しかった。

「良かったです。断られたらどうしようかと思いました」

 思わず顔を見合わせて笑った。

「先生は東京にいらっしゃる間は、どこでお仕事をされていますか?」
「主にホテルの部屋ですね。あとは気分転換でネットカフェとか」
「ええっ、普通のカフェじゃなくて、ですか?」

 意外な一面を知って驚く。

「はあ、のぞき込まれたりするとまずい書面もあるので」
「なるほど、そうですよね。実は社長からの提案なのですが、本社内の役員フロアにいくつか空室があるのでお使いになってはいかがかと」
「ええっ、いくらなんでもそれは」
「いえいえ、弊社にとっても利点はあります。トラブルが生じる前にリアルタイムでご相談できれば、ということで」
「予防法務、ということですね」
「はい、社長の本心は先生を事務所から引き抜きたいらしいのですが、それができないということはわかっています。だからせめて、東京滞在中はすぐそばにいて頂きたいと」
「他の弁護士の先生たちは?」
「ああ、それぞれ東京で事務所を構えていらっしゃいますので」

 私は立ち上がった。

「デスクと椅子の商品コードを見させて頂きますね」

 素早く確認する。

「先生、こちらのデスクの使い心地はいかがですか?」
「実はお気に入りです」
「それでは、なるべく同じようなものを用意させていただきます」

 本社の管財課に電話し、商品コード、色調などを詳しく伝えて手配した。

「すばらしく手際が良いですね」
「これでも社長秘書ですから」

 これで利光さんの仕事場の準備はだいたい整った。あとは……

「あと、仕事の後に寛いでいただく部屋ですが」

 急に緊張してきた。顔が赤くなるのがわかる。

「先生に使っていただく部屋のデスクはどうしましょう」
「今度上京した時、小さなライティングデスクを探そうと思います。元々、仕事とプライベートは分ける方なんです。あなたといる時は、ゆったりとしたい」

 どうしよう、心拍数が急上昇する。

「それでは、できるだけ準備をしておきますね」
「どうか、よろしくお願いします」

 打ち合わせが終わると、利光さんはクライアントとの面会のために席を外した。ひとり座っていると、女性の弁護士が入って来た。三十歳くらいだろうか。

「あの、あなた浅川物産の社長のお嬢さんですよね」
「はい、浅川由梨花と申します」
「あのね」

 ぐっと睨みつけて来る。

「なんで藤木先生を引っ張り出すんですか?」
「詳しいことは存じあげませんが……」
「藤木先生は地元でも信用があって、とても必要とされているんです。全く迷惑な話だわ」
「申し訳ありません」
「しかも、一緒に住むってどういうこと?」
「先生の健康管理をサポートするのが目的です。先生の奥さまのご実家に挨拶はしてまいりました」
「うそつかないでよ!」

 どんどん興奮して、声が大きくなる。ああ、この人は利光さんが好きなんだ。

「相沢先生、どうした?」

 山路弁護士が顔を見せた。

「大声を出すとクライアントを驚かすよ」

 相沢弁護士は唇を噛んで出て行った。

「申し訳ありません。悪い人物ではないのですが感情が高ぶったのでしょう。藤木先生はこの事務所の大黒柱的な存在で信頼も厚いので、月の半分だけでも東京へ行ってしまうのは、なんとなく不安なんですよ。このまま帰って来ないんじゃないかってね」
「決して、そのようなことは」
「いえいえ、私は勧めたんですよ、東京行きを」
「なぜ?」
「そりゃもちろん」
 
 山路弁護士はニヤリとした。

「この事務所を乗っ取るためですよ」
「な、なんてことを」

 怒りの目を向ける私に、山路弁護士は吹き出した。

「冗談ですよ。藤木先生と私はいわば盟友です。ずっと二人三脚でやってきました。地元の仕事を積み重ねて、信用を築いてきたんです。ただ……」

 山路弁護士は遠くを見る目をした。

「奥さんのことで苦労しましたからね。事務所を背負っているという重圧もあるだろうし。解放してやりたかったんです。だからこの話が来た時とき、地元の案件は若手に任せて思い切ってチャレンジしろ、と言ったんです。そうしなければ、人材も育たないし」

 利光さんには良き仲間がいたんだ。

「だから浅川さん、藤木先生のことをよろしくお願いします。あなたとなら、うまくいくような気がします」
「かしこまりました。全力を尽くします」

 空港まで送ります。利光さんの言葉に甘えることにした。

「まだ時間もあるので、ドライブしましょう」

 豊平川を渡って走って行くと、右手に銀色の大きな建築物が見えて来た。

「あれは?」
「ああ、札幌ドームですよ」

 そこを右に曲がって進み、羊ヶ丘展望台の駐車場に車を停めた。
 平日で人も少なく、見渡す限り白い雪原が広がっていた。

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