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何度だって諦めてあげない17

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「千沙の居場所を教えて欲しいって?」

「はい」

 寺田家を訪れるとはじめは邪険にされたが、僕が名刺を差し出すと慌てて千沙さんの両親とお兄さんが出てきた。そうして立派な応接室に通された。

「千沙を訪ねてきたということは、もしかして千沙の子どもの父親が貴方とか?」

 千沙さんの母親が恐る恐ると言った感じで僕に訊ねた。僕はそれに慎重に答えた。

「可能性があります」

 そう言うと夫婦は顔を見合わせて興奮しだした。

「花菱商事の御曹司の子どもを?」

「貴方は千沙を捜して結婚するつもりなんですか?」

 余りの興奮気味な二人にこれは不味いのではないか、と思った。これでも僕も花菱の一員として生きてきたのでお金の匂いに敏感な人間がわかる。

「婚約していたんです。けれど、子どもが出来たと言って僕の前から消えました」

「へっ?」

 嘘は言わないけれど、どちらとも取れる言い方に変える。こう言うと婚約していたのに不貞を働いて逃げたとも取れるだろう。

「そ、それでもあなたとの子どもの可能性はあるんですよね? 」

「そうですね」

「あ、あの、花菱商事さんと縁続きになるなんて、光栄です! 実は千沙が一人で子どもを育てるって聞いたときは、長男の子として引き取るつもりだったんです。でも、貴方との子なのでしたら!」

「実は今新事業を立ち上げるつもりでして、各所に融資をお願いしているんです。千沙を見つけたら結婚なさるのですよね? それなら子どもはあきらめます。ですが、そのかわり融資をおねがいしたい」

 父親と兄が僕に必死に訴えてきた。僕は千沙さんの情報が欲しいというのに自分のことばかりだ。しかも『子どもはあきらめる』とはなんだ。

「勘違いされているようですが、僕は千沙さんの情報が欲しくてここに来たのです」

「え。ああ、母さん、千沙はどこに住んでいるって?」

「いえ、前は〇〇市だったけど……」

「そこはもう引き払っていませんでしたよ」

 〇〇市は一度目に潜伏(?)していた場所だ。僕が指摘すると母親の目が泳いだ。

「実は全く連絡がつかなくなって……」

 どうやら千沙さんは実家にも居場所を知らせていないらしい。千沙さんと連絡が取れないと聞いて父親が怒り出した。

「なんだ! あいつは昔から肝心な時に役に立たない! 子どもだってこっちに渡さなかったんだ」

「あの、先ほどから言っている『子ども』をあきらめる、とか、渡すとは?」

「いえ、長男夫婦に子供がいないので、千沙の子を引き取って育ててあげようとしたんです。ほら、シングルマザーなんて大変でしょう?」

「まったく、寺田家の跡取りとして育ててやるって言ったのに、あいつときたら連絡もよこさず、音信不通になるなんて」

 ああ。これだ。と僕はその時悟った。千沙さんは僕と千晶を守るために姿を消したんだ。

「あの、花菱さん、千沙はきっと探し出しますから、その、千沙と結婚するなら私たちは親戚になるのだし、融資の件を考えてもらえないでしょうか」

 千沙さんの安否も、千晶の名前すらでないこの人たちにひたすら気分が悪くなった。何も知らないならもう用はない。

「僕は千沙さんに逃げられたので婚約を破棄しました」

 そう告げると兄の方が食って掛かった。

「そ、それなら、千沙の子が貴方の子なら養育費や慰謝料を払ってもいいだろう?」

「ええ。でも婚約中の不義の子なら慰謝料を払うのは千沙さんですよね」

 僕がそう反撃すると千沙さんの兄が青ざめた。千沙さんが裏切ったとして僕が慰謝料を請求したとしたら、自分たちにもお咎めがくるんじゃないかとやっと気づいたようだ。

「彼女からメッセージを貰っているんです」

 そのまま僕は千沙さんからのメッセージを見せた。

 ――ごめんね、探さないでください。千晶はあなたの子ではありません

「千沙のヤツ! くそっ!」

「ど、どうしたの!?」

「千沙のヤツ、花菱さんの子じゃないから逃げたんだ!」

「なんてことだ。一度目の結婚も貧乏な家に嫁いでなんの役にも立たなかったのに、花菱の御曹司との縁を棒に振るだなんて!」

 見事なまでに千沙さんを罵りだす三人が滑稽に思えた。この人たちにとって千沙さんは自分たちの利益を生み出す道具でしかないんだ。こんな環境で千沙さんは育ったのだ。

 状況を把握した僕は千沙さんの居場所が分かったら教えて欲しいとだけ残して、彼女の実家を後にした。『昔からどうしようもない子で』とか『我が家では絶縁同然の子で』とか僕が責任を押し付けてこないか戦々恐々としていたので、きっと連絡をしてくることはないだろう。

「無駄足だったかな」

 そうつぶやいて大きな家の門を出たところで、女の人に呼び止められた。

「あの、千沙を捜しているんですよね? 少し、お話しできませんか? 私、千沙とは友達なんです」

 振り向くと先ほど寺田家でお茶を出してくれた女の人だった。友達だと名乗った彼女と僕は近くの喫茶店に入って話を聞くことにした。

「私、寺田の家で家政婦をしている、木山惟子って言います。千沙とは中学時代の友人です」

「千沙さんの居場所を知っているんですか?」

「あの、その前に、千沙は貴方を裏切って他の人と浮気をしたんでしょうか」

「ええと」

「そんなこと、絶対にしない子なんです。何かの間違いです」

「断言できる確信があるんですか?」

「……千沙は真面目で誰かを裏切るような子じゃありません。貴方と婚約していたのなら、裏切るような真似をするはずはありません。ですから慰謝料請求なんてしないでやってください。あの人たち、千沙の子どもを奪い取るつもりなんです。実は長男夫婦に子供が出来なくて、千沙の子供が男の子だと知って奪おうとしたんです。私聞いてしまったんです。子供を養子にして、その上、一生会わせずに千沙から養育費だけを貰おうって話をしているのを……そんなの、あんまりです」

「そんなことを……あの、ちょっとこんなことを貴方に聞くのはどうかと思いますが、千沙さんのご両親は昔からあんな感じなんですか?」

「ええと……。失礼ですが、貴方は千沙のことをどう思っていて、ここにいらしたんですか?」

「僕は千沙さんを愛しています。ご両親にはああ言いましたが、子どもは僕の子で間違いないと思います。だた、千沙さんが目の前から消えてしまって、混乱しているんです。会って話がしたいんです。彼女の力になりたい」

「では、千沙の味方でいてくれるんですか?」

「千沙さんはなんでもできるのに、不器用な人です。彼女は僕に『愛している』と言ってくれました。だから、それを信じたいと思ってます」

「千沙が、貴方に……。あの、私が言うことは口外しないでください。寺田の家政婦としてではなく、千沙の友達としてお話するので」

「もちろんです」

「千沙は、あの家で酷い扱いを受けて育ったんです」

 そう切り出した木山さんの目には涙が溜まっていた。
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