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何度だって諦めてあげない18

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「中学時代、千沙はよく家の手伝いをさせられていました。大きなお家の前の道路を毎朝掃除して、お兄さんからの急なお使いもよく引き受けていました。私も千沙に勉強を見てもらったり、部活で孤立しそうになった時に助けてもらいました。でも、当時の私は千沙が尽くしてくれるほど、世話を焼かれるほど羨ましくて反発してしまっていました……何でもできて、可愛くて、しかも寺田のお嬢様で何不自由ないってあの時は信じていたんです。愚かでした。輝いて見えた千沙に嫉妬していたんです」

 ポロポロと涙を流し始めた木山さんにうろたえながらも、彼女が落ち着くのを待った。

「……私が千沙と友達だったのは中学時代です。頭がよくて、可愛くて、面倒見のいい彼女は人気者でした。とろくさい私をいつも気にかけてくれて、でもそんな彼女といるといつも比べられているような気になって落ち着かなくなって、高校の進学先が違ってからは、疎遠になっていたんです。千沙はその後は叔母さんの家に行きましたし、高校卒業後私はこの土地に残って寺田製作所に就職しました。家政科を出ている私をここの奥様が気に入って、結婚後は事務を辞めて家政婦として家のお手伝いをするようになりました」

「そうだったんですか」

「家政婦になって寺田の家に入って、初めて違和感を感じました。だんだんと寺田家の事情を知ると、千沙がどんな目にあってきたのかを知ることになったんです。それを確信したのは千沙の部屋を掃除した時でした。部屋と言っても窓もないような納屋です。倉庫にするから片付けろと言われました。そこで、中学時代の制服を見たんです。ああ、懐かしいなって思って拾い上げてよく見たら、とてもボロボロだったことに気づきました」

「ボロボロ?」

「おかしいでしょう? 寺田のお嬢様の制服が、サイズもあわないボロボロの制服だなんて。きっと貰い物を丁寧に着ていたんでしょうね。ブレザーの内ポケットに入れるはずの名前の刺繍は誰かに貰ったのか外されていました。細くてスタイルがよくて、スカートも短くてって思ってたんです。でも違ったんですよ。スカートの裾だって限界まで長く出されていたんですから。それで思い出したんです。中学時代に千沙がローファーのかかとを踏んで履いていて、カッコつけてるって思っていたこと」

「……それって」

「休日に遊びに誘っても、いつも断わる千沙を当時は不満に思っていました。今ならわかります。千沙の部屋は中学の女の子が住むような部屋じゃありません。数少ない引き出しに入っていた服だって男物だったので、きっとお兄さんのお古です。あれじゃあ、おしゃれも出来なかったでしょう。休日に遊びに誘われても着て行くような服はなかったんだと思います。どんな思いで中学生活を送っていたんでしょうね。想像しただけでも胸が苦しくなります。高校から千沙は寺田の家を出ていたのでその後の生活は知りませんが、私が家政婦になって知った寺田の家の中で、千沙はいないものとされていました。あの人たち千沙の結婚式にも出なかったんです」

「えっ」

「もともと家族しか呼ばない式だったんですけど、なんでも相手のお家があまり裕福ではないからって欠席していました。『貧乏人と結婚して使えない』って……」

「ひどいな……」

「『出来損ないに出す金はない』と言って、ご祝儀さえ渡しませんでした。お兄さんの時のご祝儀は千沙に三十万も出させたくせに。寺田はお金はあっても千沙に一円もかけるつもりはなかったんです。だからシングルマザーになったって聞いたときは千沙に『迷惑をかけるな』って言っただけです」

「そう」

「……一度だけ、中学の時に千沙が私に家に泊めて欲しいって言ってきたことがあったんです。でも、うちの親が千沙のことを気に入っているのを知っていた私は何も聞かずに断りました。その時の私は心が歪んでいて、千沙の引き立て役になってやるもんかって思ってたんです。千沙は笑って『変なこと言ってごめんね』って言いました。今ならわかります、あの時、きっと千沙は私にSOSを送っていたんです。きっと気づこうと思えば、何度も何度も手を貸せることがあったはずなのに……千沙に助けてもらっていながら、何もしないどころか、突き放してしまった」

 下を向いた木山さんは組んだ手を膝の上でブルブルとふるわせていた。後悔しているのは本当のようだ。

「なんどか連絡を取ろうって、でも勇気がなくって。中学を卒業してからはずっと疎遠で、結婚の報告も互いにしないような間柄になってしまいました。でも、一度目の結婚を聞いたとき、幸せになるように心の中で祈ったのは本当です。千沙の事情を知って、今は後悔しています。次は絶対に手を貸そうって思っていました。私、千沙に償いたい。今更友達面してなにを、と思われるかもしれませんが、千沙が私を頼って電話してくれたんです。千沙の力になりたい」

「電話……」

「寺田の人たちは千沙から子どもを奪う計画を立てている悪魔のような人たちです。どうか、千沙から子どもを取り上げないでください」

「もしかして、木山さんは千沙さんと連絡をとっているんですか?」

「え? あっ……あの」

「大丈夫です。僕は彼女の意思を尊重するつもりです」

「実は私のところに電話がありました。寺田家の状況を教えて欲しいって。それで、今の状況を伝えたんです。昔のことも謝ったら、あっさり許してくれました。『今は子どもがいて、幸せなの。絶対に子どもは寺田に渡さない。もう連絡はできないけど、ありがとう』って言ってました」

「連絡はつかないんですよね……」

「その後かけても電話は繋がらなくなりました。どこに住んでいるのかも知らされませんでした。すみません、お役に立てなくて。でも、子どものこと、とっても大事にしてる様子でした。『子どものお父さんは頼れないの?』って聞いたら『彼に頼ったら迷惑をかけるから』って」

「迷惑だなんて! あ、その、大きな声を出してごめんなさい」

「貴方が誠実そうな人で良かったです。千沙はきっと、ずっと誰も頼れなくて一人で頑張ってきたんです。前の旦那さんは浮気して千沙を捨てたって聞きました。私が頼ってもらえるくらい千沙のことを理解してあげられたら良かった……今になって千沙を知ることになって、自分が情けないです」

「千沙さんが見つかったら、僕が必ず支えます」

「……ありがとうございます。こんなこと言えた義理じゃないんですけど、千沙は幸せになるべきだと思います」

「はい。もちろんです」

 僕がそう言うと彼女は意を決したように袋から荷物をだした。

「あの、これ、部屋の片づけの時に回収しました、千沙が見つかったら渡してあげてください」

 そうして別れ際に紙袋を渡された。中にはアルバムが入っていた。

「アルバムですか?」

「はい。千沙の私物です。他にもありましたが、それしか持ち出せませんでした」

「きっと、渡してみせます」

「ありがとうございます。きっと、見つけてください。私も祈っています」

 そうして木山さんは寺田の状況報告と、もしも千沙さんから連絡が入ったら教えてると約束をしてくれた。
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