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とはいえ。居場所を知られてしまった。
はあ。出産までにはどうにかここで隠れていたかったんだけどな……。選んだ場所が孝也の飛ばされた場所だったなんてついてないや。このままじゃ細井とも鉢合わせする可能性がある。最優先はお腹の子である。私は大家さんに相談することにした。
「まあ! さっきの人があなたの元夫なの!? ええっしかもDV男!?」
「そうなんです。……私、この子を守るために逃げているんです。でも、見つかってしまって」
「そうだったのね。なにか事情はあると思っていたけど……わかったわ、実は私、隣町にもアパートを持ってるの。そちらに移ってはどう? それなら産院も変えなくていいでしょう? どうかしら!」
キラキラした目で提案してくれる大家さん。すみません、半分嘘です。でも、これから確実に何か起こる可能性は十分ある。すぐに大家さんが息子さんに頼んでくれて軽トラで荷物をその日のうちに移してくれた。契約もそのままでいいと言ってくれて大助かりだった。
「危なかった」
案の定大家さんから数日後にくりくり頭のハーフの赤ちゃんを抱いた若い女の人が私を訪ねてきたという。絶対に細井に違いない。クワバラクワバラ。本当にあの夫婦、どうにかして欲しい。
「子供を産んだらすぐに移動しよう。仕事、替えておいてよかった……」
お腹を撫でると蹴り返してくれる。この子だけは守らないと。訪ねてきた細井のことを思うとゾッとした。私に今更なんの用事があると言うのだろう。
この地域、居心地よかったのになぁ、と思いながら、私は次に住む候補地を探すためにPCを開いた。
***
そうして、出産予定日、賢い私の千晶は実に予定通り産まれてきた。陣痛が来て十時間ほど頑張って、初めて見た顔は赤い顔のおさるだったけど、目元がなんだか修平に似ていた。
「会いたかったよ」
助産師さんが胸の上にのせてくれた重みが愛おしすぎて、涙がこぼれた。
体はまだ辛かったが偉業を果たしたという気持ちの方が大きかった。無事に生まれてきてくれたことにただ感謝しかない。
入院中はミルクが出るように胸のマッサージを受けて、ミルクの与え方を教えてもらう。幸い私は母乳が出る体質だったようで粉ミルクは足さなくてよさそうだ。おむつをモタモタ替えて毎日が必死だった。それから退院したが、一カ月検診が終わるまでは、と留まって月日が流れた。何より、慣れない育児でふらふらで引っ越しどころじゃなかった。
何かと手助けしてくれる大家さんに、あれから孝也たちも来ていないと聞いていたが、隣町ならまた出会う可能性もある。これからの事を考えると出費は押さえたいけれど、やっぱり引っ越しするしかないかと思っていた頃、インターフォンが鳴った。
「まさか……あの夫婦……」
どちらかは分からないが、また嗅ぎ付けてきたに違いない。居留守を使うことに決めて、しばらく静かにしているとインターフォンが鳴りやんだ。ホッとして息を吐いていたら千晶が起きてしまった。
おぎゃあ、おぎゃあ……
「ち、千晶、今はお願いだから、静かに……」
揺らしてもミルクを与えても千晶は泣き止まない。おむつも見たけどさっき替えたところだった。
ふぎゃあ、ふぎゃあ……
「千晶……いいこ、良い子だから……」
中にいることがバレただろうか。まだ外にいるかもしれない。ドキドキしたけれどそれからしばらくしてもインターフォンはならなかった。私の努力の結果、千晶は泣き止んだが、揺らしていないとまた泣きそうだった。
「今日はスーパーにいかないと食料が……」
生憎冷蔵庫は空っぽだ。私が食べないと母乳が出ない。千晶の食糧難に繋がってしまう……。そっと千晶をあやしながらドアに近づいてスコープ越しに外を窺った。もう誰もいないようだ。
念のために、千晶をスリングに入れて音の消した子供番組をつけてその前でゆらゆらと体を揺らして時間をつぶした。一時間ほどして意を決して外出する準備をして玄関で靴を履く。一応すぐに電話できるようにスマホを握ってドアを開けた。
「……ただの勧誘だったかな」
キョロキョロと窺ってからドアをしめて鍵をかけた。ベビーカーを使いたかったけど、部屋は二階なので階段がある。もう少し温かくなったらベビーカーを出して、買い物の量を増やさないと。
階段をゆっくりと降りたところでスリングの中の千晶の様子をうかがってから顔を上げた。
「あ……」
「千沙さん、やっと、見つけた」
驚きで足がすくんだ。そこには実に一年ぶりに見る修平の姿があった。
はあ。出産までにはどうにかここで隠れていたかったんだけどな……。選んだ場所が孝也の飛ばされた場所だったなんてついてないや。このままじゃ細井とも鉢合わせする可能性がある。最優先はお腹の子である。私は大家さんに相談することにした。
「まあ! さっきの人があなたの元夫なの!? ええっしかもDV男!?」
「そうなんです。……私、この子を守るために逃げているんです。でも、見つかってしまって」
「そうだったのね。なにか事情はあると思っていたけど……わかったわ、実は私、隣町にもアパートを持ってるの。そちらに移ってはどう? それなら産院も変えなくていいでしょう? どうかしら!」
キラキラした目で提案してくれる大家さん。すみません、半分嘘です。でも、これから確実に何か起こる可能性は十分ある。すぐに大家さんが息子さんに頼んでくれて軽トラで荷物をその日のうちに移してくれた。契約もそのままでいいと言ってくれて大助かりだった。
「危なかった」
案の定大家さんから数日後にくりくり頭のハーフの赤ちゃんを抱いた若い女の人が私を訪ねてきたという。絶対に細井に違いない。クワバラクワバラ。本当にあの夫婦、どうにかして欲しい。
「子供を産んだらすぐに移動しよう。仕事、替えておいてよかった……」
お腹を撫でると蹴り返してくれる。この子だけは守らないと。訪ねてきた細井のことを思うとゾッとした。私に今更なんの用事があると言うのだろう。
この地域、居心地よかったのになぁ、と思いながら、私は次に住む候補地を探すためにPCを開いた。
***
そうして、出産予定日、賢い私の千晶は実に予定通り産まれてきた。陣痛が来て十時間ほど頑張って、初めて見た顔は赤い顔のおさるだったけど、目元がなんだか修平に似ていた。
「会いたかったよ」
助産師さんが胸の上にのせてくれた重みが愛おしすぎて、涙がこぼれた。
体はまだ辛かったが偉業を果たしたという気持ちの方が大きかった。無事に生まれてきてくれたことにただ感謝しかない。
入院中はミルクが出るように胸のマッサージを受けて、ミルクの与え方を教えてもらう。幸い私は母乳が出る体質だったようで粉ミルクは足さなくてよさそうだ。おむつをモタモタ替えて毎日が必死だった。それから退院したが、一カ月検診が終わるまでは、と留まって月日が流れた。何より、慣れない育児でふらふらで引っ越しどころじゃなかった。
何かと手助けしてくれる大家さんに、あれから孝也たちも来ていないと聞いていたが、隣町ならまた出会う可能性もある。これからの事を考えると出費は押さえたいけれど、やっぱり引っ越しするしかないかと思っていた頃、インターフォンが鳴った。
「まさか……あの夫婦……」
どちらかは分からないが、また嗅ぎ付けてきたに違いない。居留守を使うことに決めて、しばらく静かにしているとインターフォンが鳴りやんだ。ホッとして息を吐いていたら千晶が起きてしまった。
おぎゃあ、おぎゃあ……
「ち、千晶、今はお願いだから、静かに……」
揺らしてもミルクを与えても千晶は泣き止まない。おむつも見たけどさっき替えたところだった。
ふぎゃあ、ふぎゃあ……
「千晶……いいこ、良い子だから……」
中にいることがバレただろうか。まだ外にいるかもしれない。ドキドキしたけれどそれからしばらくしてもインターフォンはならなかった。私の努力の結果、千晶は泣き止んだが、揺らしていないとまた泣きそうだった。
「今日はスーパーにいかないと食料が……」
生憎冷蔵庫は空っぽだ。私が食べないと母乳が出ない。千晶の食糧難に繋がってしまう……。そっと千晶をあやしながらドアに近づいてスコープ越しに外を窺った。もう誰もいないようだ。
念のために、千晶をスリングに入れて音の消した子供番組をつけてその前でゆらゆらと体を揺らして時間をつぶした。一時間ほどして意を決して外出する準備をして玄関で靴を履く。一応すぐに電話できるようにスマホを握ってドアを開けた。
「……ただの勧誘だったかな」
キョロキョロと窺ってからドアをしめて鍵をかけた。ベビーカーを使いたかったけど、部屋は二階なので階段がある。もう少し温かくなったらベビーカーを出して、買い物の量を増やさないと。
階段をゆっくりと降りたところでスリングの中の千晶の様子をうかがってから顔を上げた。
「あ……」
「千沙さん、やっと、見つけた」
驚きで足がすくんだ。そこには実に一年ぶりに見る修平の姿があった。
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