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しおりを挟む「なんか熱っぽいな……」
体調が優れなくて平日に有休をとった。部屋の片づけをしているとなんだか体が熱い。ここのところずっとそんな感じだ。薬箱をあさって風邪薬を探す。妊娠を意識してからは飲まないようにしていたのでビタミン剤しか出てこない。その代わりに嫌味のように妊娠検査薬が出てきた。
「無用の長物……」
検査薬をゴミ箱に放り込もうとしてふと、思い当たる。そういえば、いつから生理が来ていなかったっけ……。
「まさかね」
病院でも自然妊娠はしにくいと言われた。五年もダメだったのにそんな奇跡が起きてたまるか。
「どうせ捨てるんだし」
検査したって罰は当たらない。そう思って軽い気持ちでそれを使った。しかし、数分も経たないうちに
「嘘……」
検査薬の窓からはっきりと赤い縦線が現れていた。それは今までどんなに願っても現れなかった線だ。
私は風邪薬を探すのを止め、そのまま産婦人科に向かった。
「おめでとうございます」
「……ありがとうございます」
産む意思を伝えると医師と看護師に祝いの言葉を貰った。まだ小さくてぷくぷくと動く丸い物体でしかなかったが、私の子宮の中には小さな命が宿っていた。
私は迷わず産むことを選択した。だってこんな奇跡を逃したり出来ない。この先、私が妊娠できる可能性がどれだけ低いか年齢的にも考えて、この幸運を手放すなんて考えられなかった。一人で育てるとして、どうする。今の会社は辞めて、在宅の仕事に転職しよう。ちょうど知り合いに頼まれてしていたPCの仕事のお金が、まとまってもらえるようになってきたところだ。あれなら在宅で出来るし、子どももみられるだろう。子供の将来を考えると心もとないが多少貯金もある。いずれまた正社員でバリバリ働けば何とかなるだろう。
うん。贅沢しなければ金銭面はきっと大丈夫。やりくりは得意だ。
しかし、問題はその父親である。スマホで調べて眉間に皺を寄せた。
「ええと、離婚後三百日以内に生まれると前夫の子……。出産予定日で計算すると三カ月早く生まれなければセーフか。うん、きっと大丈夫。」
孝也の子とされるのだけは嫌だ。うん、これはこの子にも言い聞かせておかないと。
次の問題は……修平か。確実に種は修平である。
私の事情は知っていた訳だし、話せば子どもを黙って育てさせてくれるだろうか。養育費とか、認知とか、そんなの望んでない。ただ、私にこの子をくれればそれでいい。
でも……修平は御曹司だ。これがバレたら、諦めるように勧められるかもしれない。相続とか、後で面倒なことになるとしか思えないだろう。それに優しい修平のことだ、産むと言えばきっと責任を取ると言い出すに違いない。あんなの、私が誘ったから慰めてくれただけなのに。ああ、こんなことならその辺のいい加減で責任感のない、行きずりの男が相手なら良かったのに……。
いや、まてよ。それがいい。この子の種は行きずりの男。あの日の事は何もなかったこと。大体、修平が言い出したんだ。それを利用させてもらおう。
「大丈夫。バレやしない。いや、バレたりしない。片親で申し訳ないが、でも、その分、愛情はたっぷりと与えてあげる」
ペッタンコのお腹を押さえて私は誓う。これが『母は強し』かもしれない。そこはかとなく湧いて来る力に、私はバレないよう様々なことを計画し始めた。
***
「こんなに千沙さんと会えないとは思えませんでした」
あの日以来会えなかった修平にやっと会った。何のかんの言って二カ月ほど会っていなかった。本当はもう会わない方がいいと思ったが、あまり拒否するのも不自然だし、なにより最後に一目会いたかった。お腹の子にこれがあなたの父親だとこっそり教えたかったのかもしれない。今日も忙しい修平は昼食の僅かな時間しか空いていないようだった。
「すれ違いにもほどがあったからね」
クスクスと笑う私に、修平は安心したようだ。
「ずいぶん落ち着いたんですね。よかったです」
「もう、すっかり元気だから気にしないでいいよ。秘書になったところで忙しいでしょう?」
「ええ。もう、それは目が回りそうです」
「頑張れ、黒川なら大丈夫だよ」
「……修平とは呼んでくれないんですね」
「え?」
「千沙さん、僕、大事な話があるんです。明日の夜、時間を貰えませんか?」
「あの……」
「お願いします」
「……わかった」
真剣な修平にそれしか答えられなかった。大事な話。まさか妊娠のことがバレた? いや、そんなはずはないはず……それから修平に戻って来いと催促の電話がかかってきて、彼は急いで仕事に戻っていった。どうしよう。まだ堕胎も間に合う時期だ。今は不味い……。
不安な気持ちで職場に戻ると吉沢と神部が興奮した顔で修平の話をしていた。
「久々に見たら、イケメン度アップしてた~!」
「社長秘書になってから、なかなかお目にかかれないもんね~」
「社長にお見合いを薦められて『心に決めた人がいます』って言ったらしいよ。いよいよ結婚かな」
「部署の最後の挨拶後に聞いたら、好きな人と上手くいってるって言ってたしね」
「あ~あ~。ついに人のものか~」
「黒川、結婚するの?」
思わず声をかけると二人がきょとんと私を見た。
「寺田さん……あれ? 二人でランチに行ったんじゃないんですか? 黒川……花菱さん、結婚するって言ってませんでした?」
「聞いてない」
修平は好きな人と上手くいっていたのだ。それなのに私が誘ったりしたから……自分の血の気が引いていくのを感じた。
「あれ、おかしいな? なんか噂じゃあ会長が『はやく曾孫を見せて欲しい』って花菱さんを脅してるらしいですよ。前に本人に直接聞いたときも結婚願望あるって言ってましたし」
吉沢が言うと神部もウンウンと頷いた。修平が結婚。なるほど、明日の夜、私と関係を持ったことを口止めするつもりなんだろう。でも最悪の場合妊娠していないか確認される可能性がある。どうしよう……修平は鋭いところがあるから、妊娠はバレなくても、何か隠していることはバレるかもしれない。何とか、明日は断って、速く行動を移さないといけないと私は焦った。
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