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コートボアールの魔眼

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――数百年前、その地に悪魔が現れた。

 悪魔は人を操り、美男美女を集め、贅沢と享楽にふけり、悪事の限りを尽くした。

 ラルラ王は民を助けるために立ち上がった。

 悪魔は不思議な力を使い、ラルラ王を苦しめた。

 愛馬コートボアールの献身により、不思議な力を封じ込むことに成功したラルラ王は悪魔に勝利し、民を救うことができた。

 しかし愛馬はそのせいで命を落とし、ラルラ王は自らの手でコートボアールをその地に弔った。

「……と、言うのが伝わっている話なんだが、本当に稀に動物でも魔力を持って生まれるものがいるらしいんだ。それが、ラルラ王の愛馬コートボアール。悪魔は人を操る力を持っていて、コートボアールはそれを打ち破る魔眼を持っていたと伝えられている」

「……ね、それってもしかしてコートボアールの魔眼だけまだ残っているとか、ないかな?」

 ミラ様の言葉に私とハージお兄様が顔を見合わせた。確かに氷の魔女も人を操る魔法を使う。悪魔になるような者はそんな力を持っているのかもしれない。それに対抗するには、コートボアールの魔眼の力が必要かもしれないが……。

「実は、コートボアールの墓は十数年前に墓あらしにあったのです。それで、馬具とか、金目のものが盗まれてしまって……。犯人は捕まったのですが、その時に皆で確認しましたが、棺の中の馬のミイラにそもそも目など残っていませんでした。家族皆、魔眼の話は知っているので、ここぞとばかりに普段は見れないお棺の中を覗いたのを覚えています。」

「そうだったよなぁ。馬のミイラの目が空洞だったのは俺もはっきりと覚えている」

 そういえばハージお兄様が『ミイラこえぇ』と言っていたっけ……。

「ちょ、ちょっとまって! 話が出来すぎてない? 十数年前って、いったいいつなの?」

「え? ええと、確か私はまだ六歳だったので……十二年前ですね」

「……氷の魔女が現れたのも十二年前だよ」

「まさか、ラルラ王が倒したはずの悪魔が氷の魔女だというのか? もう、数百年もたっているんだぞ?」

「可能性もあるって思っただけです……」

「でも、一度ラルラ王に倒された悪魔がコートボアールの力で抑えられて……墓荒らしにあって、また復活したって考えてもおかしくないな」

「過去一千人も命を奪った悪魔が、こんなに大人しく暮らしていたのですか?」

「一度失敗したからこそ、大人しくしていたかもしれない。もしくは力を少しずつ蓄えていた、とか」

「……」

「どのみちコートボアールの魔眼はないんだよね? その、代々伝えられてきたなんかアイテムとか……」

「そんなものは無いです。……アイラもなんか聞いたことあるか?」

「おじい様にもお父様にも、今まで聞いたことないです」

「そもそも、王様にお墓を守ることを頼まれてるだけの一族ですから。家督を継ぐ手続きを城でした時も、特に何も譲り受けることもなかったです。俺が継いだって確認されただけでしたし」

 みんなの期待した目にタジタジしながら、私とハージお兄様はお互いコクコクと頷いた。何をしたわけでもないが、ちょっと申し訳ない気分になった。

結局、この話はこれで終わった。いや、ほんと、もうちょっと言い伝えとか、なんか代々伝わるものとかあったらよかったのだが、こればっかりは仕方ない。


***


「氷の魔女はハージが重症で寝ていると思っているはずだ。だから必ずここにくる。私が氷の剣で心臓を刺す」

コランお兄様の言葉に皆が考える。

「おおむねそうするしかないのでしょうが、氷の魔女はコラン様が隣にいることも知っているのですよね。氷の剣なんて持っていたら警戒されるにきまっています」

「ハージ兄様の人型を置くのはどうでしょう。私が近くに潜んでいれば、氷の魔女はコランお兄様と離れているとは思わないはずです」

「では、私が剣を持って近くに潜みましょう。屋敷の内外にも騎士団のものを配置させます。ハージ殿はどこか安全なところに待機してもらいましょう」

テラ副団長が言うとハージお兄様が大声をあげた。

「俺を仲間外れにする気か。そんなの我慢できるか! 妹のアイラを危険な目に合わせるというのに、のうのうとベッドで休んでいろと言うのか? 氷の剣は二本ある。片方はテラ副団長、もう一本は俺が持って、二人で攻撃した方が確立もあがる!」

「ハージ、落ち着いてくれ、手術が上手くいったといってもお前の右足は今動くこともままならない」

「そうです。ハージお兄様が大人しくしてくださることがこの作戦の成功のカギです」

「ぐ、ぐぬぬぬぬぅ」

「わがままを言うなら話し合いからも外すぞ。何も知らない方が不安だと思って、わざわざ病室で作戦を練っているのだからな」

「……はい」

 コランお兄様に言われてハージお兄様がシュンとする。兄よ、愛する人の言うことはちゃんと聞くのだ。

「氷の魔女は気配に敏感だからね。あと、絶対に目を合わせてはダメだよ。赤い目を見るとコラン様くらい魔力の高い人間でも短時間なら操られてしまうんだ。普通の人間なら術が解かれるまで続いてしまうからね」

 魔法のことはわからないのでミラ様の説明をちゃんと聞く。大丈夫。、私は出来る子。

「私、使い魔の目は見ました。光るたびにイルマが攻撃されました」

「赤く光る眼? 見たんならアイラちゃんも催眠術をかけられてないの?」

「それは、イルマが受けたので」

「……そんなことあるのかな。でもまあ、使い魔だったから力も弱かったのかもね」

 思い出してみると、確かにあの白い鳥はイルマの方を見て何かをしていた。きっと魔女本人の力なら相当なものだろう。うん。絶対に目を合わさない。私はコランお兄様と糸を繋げて隠れているだけ。邪魔しない。大人しくする。

「ハージ、氷の魔女にはアイラを指一本触れさせない。我慢してくれ」

「……お願いします」

 作戦はこうだ。重症のハージお兄様とコランお兄様が繋がっていると思っている氷の魔女はきっと医務室にハージお兄様を狙いにくる。しかし、コランお兄様と眠っているのは人形。繋がった私はベッドの下に隠れる。ハージお兄様だと思っている人形を氷の魔女が攻撃するのを合図に、隠れていたテラ副団長が魔術師団の英知を込めて作った氷の剣で心臓を刺す、というものだ。

 作戦自体は単純だが気配を完全に消さないと用心深い氷の魔女は来ない。そこで、ミラ様とリンリ様に手伝ってもらって水と火の魔法を使って人の温度でできた膜を張ってもらい、そこに入ることで心臓の音や呼吸音をわからなくしてもらうのだ。とても集中力のいる魔法ということと、私とテラ副団長、二人分なので頑張っても二十分ほどしか続けられない。二人には隣の部屋で氷の魔女の侵入を確認してから魔法を使ってもらうことになった。

「氷の魔女は来るでしょうか」

「ハージが死んでは呪いの糸は残ったままになるからな。悪いが危篤だという噂を流させてもらう」

「こんなバレバレな作戦にのってくるでしょうか。しかも二度目ですし」

「もう十分力は蓄えているだろうし、氷の魔女はレーシアンの屋敷の使用人を洗脳している。食事係の男と洗濯夫だ。ずっと私が病室を離れていないのは屋敷の者なら皆知っている。後はアイラが少しの演技をするだけで簡単に屋敷にのりこんでくるだろう」

「え、私ですか?」

「中身はなんでもいい。連日ロメカトルト国の母親宛てに手紙を書くんだ」

「手紙?」

「それだけでいい」

 コランお兄様はそう言った。私はそんなことで氷の魔女が信じるのか半信半疑だったが、お母様に心配させないように、例の本の感想を書いて手紙を送った。
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