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襲撃の末に

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「アイラちゃん! アイラちゃん、いる!?」

 テラ副団長と部屋で待機しているとリンリ様とミラ様が血相を変えて私を呼びに来た。

「アイラ、すぐに来てほしいんだ! すぐにハージ殿の呪いを移して欲しい!」

「……ハージお兄様になにか、あったのですか?」

「移動しながら説明するよ。テラ副団長、護衛をお願いします!」

「イルマが……」

「ミラ様、アイラ様の侍女が催眠にかかっている」

「え、そんなことになってるの? それならリンリに任せればいいよ。さあ、アイラ、行こう!」

 イルマはリンリ様に任せて、ミラ様の後を駆け足で付いていく。心配なのはハージお兄様たちだ。

「まだ氷の魔女と戦っているのですか?」

「テラ副団長に聞いたのかな? 氷の魔女は撤退したんだけどね。作戦通りに裏山に誘い込んで、魔術師たちと罠を張っていた場所に氷の魔女を追い込んだんだ。二人は連携の訓練もしてたし、あのまま氷の魔女は倒せると皆思ってた。でも、あと一歩のところで及ばなかったんだ」

「それで……」

「……あのね、落ち着いて聞いてね。ハージ殿は大怪我を負った」

「……」

「すぐに手術をしたいから、呪いを外してほしいんだ。あと……コラン様が酷く落ち込んでる。ハージ殿はコラン様を庇ったようなものだったから」

「……い、命は?」

「命に別状はないと思う。けど、右足を骨折して今は気を失ってる」

 あの屈強なハージお兄様が気を失った……。

「……そう、ですか」

「……アイラ、大丈夫?」

「だ、い、じょうぶです……」

 うん……大丈夫だ。これまでだって、お兄様が怪我したことなんて何度もある。きっとお父様が守ってくれる。私が泣いたってなにもいいことは起こらない。ぐっと涙をこらえて、ミラ様の後を追った。

「ハージお兄様!」

 私が行くとハージお兄様は医務室のベッドに寝かされていた。駆け寄って、すぐに呪いを移した。隣ではコランお兄様が下を向いていた。

「アイラ、すまない。ハージが……」

 呪いを解いたハージお兄様はすぐに手術室へ運ばれていく。骨折したという右足は見ていられないほどにぐちゃぐちゃだった。

「コランお兄様……」

 こんな顔を見るのは初めてだった。コランお兄様は相当ショックだったみたいでハージお兄様が運ばれて行った後も立ち尽くしていた。ショックを受けて呆然とするコランお兄様とは対照的に、ひとまずハージお兄様の姿を見れた私は気持ちが落ち着いていた。

 私は騒めく部屋から隣の部屋に移動して、コランお兄様を空いているベッドに座らせ、自分も隣に座った。

「ハージは私を庇って……」

「今は、手術の成功を祈りましょう。コランお兄様は大丈夫ですか? お怪我はありませんか?」

「私はなにも……」

「なにもって、腕が切れていますよ」

 側にあった救急道具を借りてコランお兄様の応急手当をした。簡単な処置なら昔からハージお兄様にしてきたコランお兄様は鋭いもので腕を切られている。幸い傷は浅いが、服はもう駄目だろうと袖を途中から切り落とした。

 傷の手当が終わると私はそっとコランお兄様を抱きしめた。

「大丈夫ですよ。ハージお兄様は頑丈ですから。ご自分を責めてはダメです。ハージお兄様がコランお兄様を庇ったのなら、それはハージお兄様が望んだことですから」

「……しかし」

「状況はわかりませんが、同じ立場ならきっとコランお兄様だってハージお兄様を庇ったでしょう?」

「それは、そうだが……ハージがあんなことになって、アイラは私を恨まないのか?」

「私に同情されるような弱い男じゃありません。きっと、大丈夫です」

「……アイラはハージを信じているのだな」

「氷の魔女はこれからどうでますか? 退散してあきらめたりしますか?」

「いや……。やっと、ハージにあれだけの怪我を負わせたんだ、この状況を利用しないわけがないだろう。これを好機だとハージの心臓を狙いにくるだろう」

「ずっと怖くて聞けなかったのですが、赤い糸の呪いを受けたまま片方が亡くなったら、どうなるのですか?

「呪いは死んでも消えない。糸を一生つけたままになる」

「つけたままに……」

「生き残ったほうの行動に制限はなくなるが、新たに他の赤い糸の呪いは受けれなくなる。呪いの赤い糸は一つしか結べないからだ。だから、氷の魔女はハージの心臓が欲しいんだ」

「どうしてそんなに氷の魔女はコランお兄様と繋がりたいのですか?」

「さあな。悪趣味だとしか思えない。こんなに嫌がっている私をそばに置いて何が楽しいのか」

 投げやりに言うコランお兄様をじっと見る。うん。まあ氷の魔女が欲しくなるのも無理はないほどの美しさである。

「このまま被害が大きくなるなら私が生贄になった方が楽な気もしてくる」

「ダメですよ。それじゃあハージお兄様が可愛そうです。倒してください。仇、取らないでどうするのですか」

「……」

「私はハージお兄様をあんな目にあわせた氷の魔女を許せません。コランお兄様、必ず氷の魔女を倒してください」

「そうだな、アイラ。私も氷の魔女を許したりしない」

 もう大丈夫だと判断した私は顔色の良くなったコランお兄様と皆がいる部屋に戻った。きっと氷の魔女はすぐに行動を起こす。それまでに対策を考えなければならなかった。

 意欲を取り戻したコランお兄様が魔術師たちと意見を言い合っているのを隣で私は黙って聞いていた。私が思っていたよりはるかに氷の魔女は厄介な存在だったのだ。私を怖がらせないために氷の魔女の話は伏せて、あれこれ皆で対策をしてくれていたのだ。私が呑気に寂しがっている間……ずっと。

 ポケットがもぞもぞしてハンカチを取り出すとハッパちゃんが出てきた。

「緑に戻ってる」

 赤くなっていたハッパちゃんは元の緑に戻っていた。

「あ、無事だったんだね」

 手のひらに出したハッパちゃんをみてミラ様がほほ笑んだ。

「赤くなって、種を飛ばして赤い目をした鳥を追い払ってくれました」

「ああ、氷の魔法の使い魔だね。偉いぞ、ハッパちゃん。立派にアイラを守ってくれたんだな」

「あの、私を守るためにミラ様がハッパちゃんを贈ってくださったんですか?」

「コラン様に頼まれてっていうのもあるけど、ハッパちゃんはアイラが好きだからアイラを守ったんだよ。ハッパちゃんは離れていても他のハッパちゃんに危険を知らせることが出来るんだ。一番危険な時に赤くなる。だからテラ副団長がすぐに駆け付けられたんだよ」

 ミラ様がそう言うとテラ副団長の胸ポケットとミラ様の後ろから複数、兄弟らしきハッパちゃんが顔を出していた。あ、あんなにいたんだ、ハッパちゃん……。

 こうやって私を守ってくれていたのか。

 コランお兄様はもちろん、プレスロト国の人たちがいい人で良かったと目頭が熱くなる。第四王子のみ助けるなら、糸の呪いを足首に残したまま、相手を殺せばすぐに解決したのだ。それなのに、この人たちは面倒でも呪いを解くことを選んでくれていた。

 尊敬できる人たちだ。きっと、ハージお兄様のことも助けてくれる。

「私も参加させてください」

 私が声を上げたことで皆の注目が集まった。ずっとお兄様たちが守ってくれた。だから、今度は私が頑張る番だと思った。
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