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プレスロト国1
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「さあ、見えてきたぞ。あの山がプレスロト国の氷の山だ。竜が住んでいるんだぞ」
「わああ」
視界が開けると目の前には雪が積もって白くなった山が連なって見え、その奥にひときわ透き通るような山が見えた。あれがあの氷の山。美しい風景にしばし心が奪われる。
プレスロト国に入って入国手続きを済ませると、やっとここまで来たと気持ちが高揚した。感じる風も冷たくなって、舗装された道に出てた。ミシェルたちも歩きやすそうだ。ここからは馬に乗って街を目指す。馬に乗っていられるコツもわかってきた私は遠慮なくコランお兄様に寄りかかって乗った。無理をしても後で迷惑をかけるだけだと学習したのだ。
三日ぶりにまともな宿に到着して、ミシェルたちはつないでもらった厩でブルブルとおいしそうに干し草をもらっていた。
「さて、買いそろえなといけないものがたくさんある。すぐに街に出よう」
宿に荷物を置いて身軽になると、連れだって歩いた。すっかり定位置となったコランお兄様のマントの中から顔を出すと、外気の冷たさにぶるりと震えた。それが伝わったのかコランお兄様が笑った。
「ここからはずっと寒くなる。毛皮のついたコートがいるだろう」
「そんなに寒くなるのですか?」
「アイラには白い毛皮が似合いそうだ」
「毛皮……」
そんなに寒いのだろうか。でも確かにすでに寒い。
「ブーツもいるぞ。裏に滑り止めがついているものを買おう」
ハージお兄様にも言われて考える。毛皮のついたコートに、ブーツ……お母様にもらったお金で両方買えるだろうか。ストールはあるから、高価だったらコートは我慢しよう。宿代や食費はコラン様が全部出してくれていたが、服や靴は私個人のものだし、この先どのくらいお金が必要かわからない。
不安になってハージお兄様を見たら、頭をくしゃりと撫でられた。
「ダークウルフの素材を売ったら、兄様はちょっとした金持ちだぞ。買ってやるから安心しろ」
「どういうことだ? アイラは金の心配をしたのか?」
「ああ、いえ、必要経費は全てコラン様に出してもらっていますが、さすがに個人的な衣装までは」
「何を言う。服なんて私にねだればいいだけなのに。ただでさえ私の呪いに付き合わせているというのに、どこまで君たちはお人好しなんだ」
「ですが」
「いくらか渡しておいた方がいいか? しかもアイラは私の妹だ。ハージとも兄同士になるから、家族だ。私は独身でちょっとした財産持ちだぞ? 使い道のなかった金を使わせてくれ」
「コランお兄様」
「そうだ。お兄様だ」
すねたように言うコランお兄様がおかしくて、ハージお兄様と顔を見合わせて笑ってしまった。
「いいことを聞いたな、アイラ。この街一番高い毛皮のコートを買おうとしようか」
「ええ。ハージお兄様」
おどけて二人で言うとコランお兄様に手を引かれた。
「三人で揃いにするのもいいな。よし、一番高いものを探すぞ」
「え」
「あれ?」
それからコランお兄様は本当に桁の違う毛皮のついたコートを揃いで買ってしまった。それでも、「なんだ、こんなものか」と言っていたのだから恐ろしい。もうこの手の冗談は言ってはいけないと陰でこっそりとハージお兄様と反省したのだった。
とはいえ最高級品の手触り。薄グレーの毛皮はめったに手に入らないというスノーウルフの毛皮だと言っていた。襟にたっぷりとあしらわれたそれは薄グレー色でうっとりするような肌触りで温かい。私のコートは真っ白のケープがついた形で、背中のところがリボンで交互に編まれている。こんなに可愛いコートを着たことはない……感動。少し先を行くハージお兄様も何度も襟に頬擦りしているのでよほど気に入ったのだろう。
「アイラによく似合っている」
「ありがとうございます! ……大切に着ます」
コランお兄様にお礼を言うと、うっかりその姿をまともに見てしまった。ちなみに兄二人のはコートの地色は黒だ。襟もとの薄グレーの毛皮だけがお揃いである。
何というか改めて見ても美形である。
思わず見入ってしまっているとコランお兄様も私をじっと眺めていた。
「何よりも、お揃いってところが嬉しいです」
照れ隠しに言うと、変に大きな声になってしまって、コランお兄様がびくりと肩を揺らして目をパチパチとしていた。うるさくてすみません。
「あとは、ブーツだな。既製品になるが、紐で調節できるから、ひとまずそれで合わせよう」
「そんなに普通の靴では滑るのですか?」
「プレスロト国ではしょっちゅう雪が降って、道が凍るからな。今でもう足元がおぼつかないのに、その靴じゃ無理だぞ。アイラ、手を」
「え?」
「腕を組むか? 人が多い。手をつないだ方が歩きやすいだろう」
「いえ……」
出された手に自分の手を載せると、きゅっと握りこまれた。どうしよう、心臓が口からでそう。
「小さい手だな」
ふ、とコランお兄様が笑う。もうこれ以上私の心臓を飛び上がらせるのは止めてほしい。
「コラン様、ちょっと俺、ギルドに寄ってきていいですか?」
「素材を換金するのか? では、アイラとそのあたりをブラブラしていよう」
「じゃあ、アイラ、行ってくる」
「行ってらっしゃい」
靴屋にむかう途中、ギルドを見つけたハージお兄様がダークウルフの素材をもっていった。あれっていくらくらいになるのかな。牙がお金になるからって、集めていたけど。
「アイラ、私は妹に何か買ってやりたいのだが、欲しいものはないのか?」
「そ、そんな! コートだけで十分です!」
「言っておくが、ブーツも必要経費だからな。あれはどうだ?」
「……」
コランお兄様が指さした方を見て息をのんだ。ミルク飲み人形って、私のことをいくつだと思っているのだろうか。
「あっちのクマも可愛いな」
ええと。確かに可愛いけれど、今は荷物になるだけだ。
「コランお兄様、私、十七なのですが」
「ぬいぐるみは嫌いなのか?」
「いえ。好きですけれど、さすがに子供っぽいです」
「そうなのか」
しゅんとするコランお兄様。ああ、そうか。お兄様気分を味わいたいのだろう。
「では、とっても買ってほしいものがあります」
手招きしてかがんでもらうとそのまま耳のそばで内緒話をした。小さいころによくハージお兄様にしていた行為だ。私が欲しいものを告げるとコランお兄様の顔が明るくなった。
「わああ」
視界が開けると目の前には雪が積もって白くなった山が連なって見え、その奥にひときわ透き通るような山が見えた。あれがあの氷の山。美しい風景にしばし心が奪われる。
プレスロト国に入って入国手続きを済ませると、やっとここまで来たと気持ちが高揚した。感じる風も冷たくなって、舗装された道に出てた。ミシェルたちも歩きやすそうだ。ここからは馬に乗って街を目指す。馬に乗っていられるコツもわかってきた私は遠慮なくコランお兄様に寄りかかって乗った。無理をしても後で迷惑をかけるだけだと学習したのだ。
三日ぶりにまともな宿に到着して、ミシェルたちはつないでもらった厩でブルブルとおいしそうに干し草をもらっていた。
「さて、買いそろえなといけないものがたくさんある。すぐに街に出よう」
宿に荷物を置いて身軽になると、連れだって歩いた。すっかり定位置となったコランお兄様のマントの中から顔を出すと、外気の冷たさにぶるりと震えた。それが伝わったのかコランお兄様が笑った。
「ここからはずっと寒くなる。毛皮のついたコートがいるだろう」
「そんなに寒くなるのですか?」
「アイラには白い毛皮が似合いそうだ」
「毛皮……」
そんなに寒いのだろうか。でも確かにすでに寒い。
「ブーツもいるぞ。裏に滑り止めがついているものを買おう」
ハージお兄様にも言われて考える。毛皮のついたコートに、ブーツ……お母様にもらったお金で両方買えるだろうか。ストールはあるから、高価だったらコートは我慢しよう。宿代や食費はコラン様が全部出してくれていたが、服や靴は私個人のものだし、この先どのくらいお金が必要かわからない。
不安になってハージお兄様を見たら、頭をくしゃりと撫でられた。
「ダークウルフの素材を売ったら、兄様はちょっとした金持ちだぞ。買ってやるから安心しろ」
「どういうことだ? アイラは金の心配をしたのか?」
「ああ、いえ、必要経費は全てコラン様に出してもらっていますが、さすがに個人的な衣装までは」
「何を言う。服なんて私にねだればいいだけなのに。ただでさえ私の呪いに付き合わせているというのに、どこまで君たちはお人好しなんだ」
「ですが」
「いくらか渡しておいた方がいいか? しかもアイラは私の妹だ。ハージとも兄同士になるから、家族だ。私は独身でちょっとした財産持ちだぞ? 使い道のなかった金を使わせてくれ」
「コランお兄様」
「そうだ。お兄様だ」
すねたように言うコランお兄様がおかしくて、ハージお兄様と顔を見合わせて笑ってしまった。
「いいことを聞いたな、アイラ。この街一番高い毛皮のコートを買おうとしようか」
「ええ。ハージお兄様」
おどけて二人で言うとコランお兄様に手を引かれた。
「三人で揃いにするのもいいな。よし、一番高いものを探すぞ」
「え」
「あれ?」
それからコランお兄様は本当に桁の違う毛皮のついたコートを揃いで買ってしまった。それでも、「なんだ、こんなものか」と言っていたのだから恐ろしい。もうこの手の冗談は言ってはいけないと陰でこっそりとハージお兄様と反省したのだった。
とはいえ最高級品の手触り。薄グレーの毛皮はめったに手に入らないというスノーウルフの毛皮だと言っていた。襟にたっぷりとあしらわれたそれは薄グレー色でうっとりするような肌触りで温かい。私のコートは真っ白のケープがついた形で、背中のところがリボンで交互に編まれている。こんなに可愛いコートを着たことはない……感動。少し先を行くハージお兄様も何度も襟に頬擦りしているのでよほど気に入ったのだろう。
「アイラによく似合っている」
「ありがとうございます! ……大切に着ます」
コランお兄様にお礼を言うと、うっかりその姿をまともに見てしまった。ちなみに兄二人のはコートの地色は黒だ。襟もとの薄グレーの毛皮だけがお揃いである。
何というか改めて見ても美形である。
思わず見入ってしまっているとコランお兄様も私をじっと眺めていた。
「何よりも、お揃いってところが嬉しいです」
照れ隠しに言うと、変に大きな声になってしまって、コランお兄様がびくりと肩を揺らして目をパチパチとしていた。うるさくてすみません。
「あとは、ブーツだな。既製品になるが、紐で調節できるから、ひとまずそれで合わせよう」
「そんなに普通の靴では滑るのですか?」
「プレスロト国ではしょっちゅう雪が降って、道が凍るからな。今でもう足元がおぼつかないのに、その靴じゃ無理だぞ。アイラ、手を」
「え?」
「腕を組むか? 人が多い。手をつないだ方が歩きやすいだろう」
「いえ……」
出された手に自分の手を載せると、きゅっと握りこまれた。どうしよう、心臓が口からでそう。
「小さい手だな」
ふ、とコランお兄様が笑う。もうこれ以上私の心臓を飛び上がらせるのは止めてほしい。
「コラン様、ちょっと俺、ギルドに寄ってきていいですか?」
「素材を換金するのか? では、アイラとそのあたりをブラブラしていよう」
「じゃあ、アイラ、行ってくる」
「行ってらっしゃい」
靴屋にむかう途中、ギルドを見つけたハージお兄様がダークウルフの素材をもっていった。あれっていくらくらいになるのかな。牙がお金になるからって、集めていたけど。
「アイラ、私は妹に何か買ってやりたいのだが、欲しいものはないのか?」
「そ、そんな! コートだけで十分です!」
「言っておくが、ブーツも必要経費だからな。あれはどうだ?」
「……」
コランお兄様が指さした方を見て息をのんだ。ミルク飲み人形って、私のことをいくつだと思っているのだろうか。
「あっちのクマも可愛いな」
ええと。確かに可愛いけれど、今は荷物になるだけだ。
「コランお兄様、私、十七なのですが」
「ぬいぐるみは嫌いなのか?」
「いえ。好きですけれど、さすがに子供っぽいです」
「そうなのか」
しゅんとするコランお兄様。ああ、そうか。お兄様気分を味わいたいのだろう。
「では、とっても買ってほしいものがあります」
手招きしてかがんでもらうとそのまま耳のそばで内緒話をした。小さいころによくハージお兄様にしていた行為だ。私が欲しいものを告げるとコランお兄様の顔が明るくなった。
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