8 / 42
仲良くお留守番1
しおりを挟む
「お嬢様……」
「はっ」
顔を上げるとそこにはランベルトがいて、お茶を入れたカップを差し出してくれていた。隣を見ると優雅にレーシアン様がカップを口にもっていっていた。
途端に夢中になっていた本が恥ずかしくなってくる。しかし、だんだんと相手の彼が主人公の存在の大切さに気づいてきたのだ。……気になって、やめられそうにない。
とにかく、ランベルトにお礼を言って、お茶を口に含む。そうしてまた夢中になって本の世界に戻っていった。
「はあ……」
互いに相手を思って身を捧げ、献身的に尽くすなんて、なんて……。そんな二人が戦争によって引き裂かれてしまう。うう。もう、涙なしでは読んでいられない。こらえきれずに涙が落ちそうになったとき、私の目の前に白いハンカチが差し出された。
「え……」
目で辿るとそれはレーシアン様から差し出されていた。もう、こぼれる寸前の涙を前にそれを断る選択肢はなかった。
「あ、ありがとうございます……」
「うむ」
こちらを窺いながらレーシアン様が窓の外を指さした。
「あ、あれ……」
「先ほどから降り出した」
パシャパシャと窓をたたく水音がする。確かに曇っていたが、雨が降るとは思っていなかった。これではお兄様も濡れて帰ることになるだろう。
「結構降っていますね……」
「これではハージはずぶ濡れだな」
時計を確認するともう三時間ほど過ぎていた。兄は今頃城で手続きをしている頃だろうか。
「こんな日に降らなくてもいいのに」
「まったくだ」
しかし、私とレーシアン様はお兄様を待つしかできない。そんな会話だけして、またそれぞれの読書に戻った。
「はあ……よかった」
そうして私は無事に結ばれた二人にまた涙した。レーシアン様に渡してもらったハンカチを握りしめながら嗚咽が止まらなかった。ああ。障害を乗り越える愛のなんと尊いことか。
「そんなに感動する本だったのか?」
「……はい、とても感動しました」
内容はお伝えようがありませんが。とても感動しました。
「……ハージは時間がかかりそうだな」
窓の外を窺うと雨は一層ひどくなっていて、急に不安になってきた。隣に座っているだけの簡単なことなのに、本を読み終えてしまった今はなんだか心もとなく感じる。隣を窺うと、レーシアン様も読み終えてしまっているようだった。
「交換するか?」
レーシアン様が自分の本を私にそっとよこした。いや、とんでもない! 思わず私は本を背中に隠した。
「いえっ! これは婦人の間で流行っている物語ですので、レーシアン様が読むなど、とんでもないんです! 触れてはなりません! レーシアン様の指が腐ってしまいます!」
この至高の一冊で私は男の人の同性愛にハマってしまっているけれど。
「そうか」
私に拒否されたレーシアン様がちょっと悲しそうに思えた。ちらりとレーシアン様が読んでいた本を見ると哲学書だった。お、恐ろしい。私がそんなものを読もうものなら、ものの五分で眠ってしまいそうだ。
「アイラちゃん! 大変!」
そこで母が部屋を訪ねてきた。何やら顔色が青い。
「ど、どうしたのですか?」
「レーシアン様、失礼いたします。この大雨でハージが帰るのが遅くなると思われます。先ほど領民が西の河が増水して渡れないと伝えにきたので……」
「……」
その言葉に私とレーシアン様が自然と自分たちの足首を見た。薄赤い糸はそこで当然のように二人の足を繋げていた。
「今のところは隣に座っているだけだから問題はないのだけど……」
「アイラちゃん、あのね。少しの間だからと許したけれど、年頃の男女が繋がれているなんて破廉恥なことなんですよ? トイレやお風呂、就寝なんでどうするのよ……」
どうやらお母様は私とレーシアン様が繋がっていることが不満だったらしい。確かに、トイレは困る。絶対困る。そんなこと言われたら行きたいなんて思ってなかったのに、なんだかもようしてきたような気になってくるではないか。
「コートボアール夫人、決してアイラに手を出さないと誓おう。そもそも、私は女性が苦手なのだ」
「へ?」
突然のその言葉に私とお母様が声をそろえた。
「ハージの家族だからか、大らかだからかはわからないが、あなたたちには平気でいるが、本来なら同じ部屋にいるのも不快なんだ」
「そ、そうだったのですね」
「だから、安心していい」
けなされているのか褒められているのか微妙な表現であったが、この場合、レーシアン様には都合がいいのだろう。ホッとしているお母様を見ると何も言えない。
「アイラちゃんが心配だから私も一緒にいると言ったのに、ハージが断ったのはそういう理由だったのですね。出かけるときも私にレーシアン様の部屋にあまり近づかないように、と念を押して行ったのです……様子見にランベルトに何度もお茶を運ばしてしまったわ」
そ、そうだったのか。本に夢中でランベルトが何回も来ていたなんて気にしていなかった。あ、本! 私は背中に隠していた本をお母様にそっと渡した。
「なあに? これ」
「今、女子の間で流行っている本です。絶対に人には見せてはなりませんが、お母様も楽しめると思います。いいですか、絶対にほかの人には見せてはなりませんよ」
「わ、わかったわ」
小声でそう告げるとお母様は神妙に頷いた。これでもうこの本がレーシアン様の目にふれることはないだろう。ホッ。
しかし、女性が苦手とは。これは……ますます兄とレーシアン様が結ばれてしまってもおかしくない。苦楽を共にし、同性である障害に立ち向かう……ああっ、まるで先ほど読んだ本と同じではないか! くううっ。
だめだ、あの小説の二人とお兄様たちが重なって見えてしまう。お互いを思い、お互いを支え合い、お互いを慈しむ……はあ、涙でそう。
「とにかく、天気は変えられない。様子を見るしかないな」
レーシアン様の言葉に私たちは頷くしかなかった。
「はっ」
顔を上げるとそこにはランベルトがいて、お茶を入れたカップを差し出してくれていた。隣を見ると優雅にレーシアン様がカップを口にもっていっていた。
途端に夢中になっていた本が恥ずかしくなってくる。しかし、だんだんと相手の彼が主人公の存在の大切さに気づいてきたのだ。……気になって、やめられそうにない。
とにかく、ランベルトにお礼を言って、お茶を口に含む。そうしてまた夢中になって本の世界に戻っていった。
「はあ……」
互いに相手を思って身を捧げ、献身的に尽くすなんて、なんて……。そんな二人が戦争によって引き裂かれてしまう。うう。もう、涙なしでは読んでいられない。こらえきれずに涙が落ちそうになったとき、私の目の前に白いハンカチが差し出された。
「え……」
目で辿るとそれはレーシアン様から差し出されていた。もう、こぼれる寸前の涙を前にそれを断る選択肢はなかった。
「あ、ありがとうございます……」
「うむ」
こちらを窺いながらレーシアン様が窓の外を指さした。
「あ、あれ……」
「先ほどから降り出した」
パシャパシャと窓をたたく水音がする。確かに曇っていたが、雨が降るとは思っていなかった。これではお兄様も濡れて帰ることになるだろう。
「結構降っていますね……」
「これではハージはずぶ濡れだな」
時計を確認するともう三時間ほど過ぎていた。兄は今頃城で手続きをしている頃だろうか。
「こんな日に降らなくてもいいのに」
「まったくだ」
しかし、私とレーシアン様はお兄様を待つしかできない。そんな会話だけして、またそれぞれの読書に戻った。
「はあ……よかった」
そうして私は無事に結ばれた二人にまた涙した。レーシアン様に渡してもらったハンカチを握りしめながら嗚咽が止まらなかった。ああ。障害を乗り越える愛のなんと尊いことか。
「そんなに感動する本だったのか?」
「……はい、とても感動しました」
内容はお伝えようがありませんが。とても感動しました。
「……ハージは時間がかかりそうだな」
窓の外を窺うと雨は一層ひどくなっていて、急に不安になってきた。隣に座っているだけの簡単なことなのに、本を読み終えてしまった今はなんだか心もとなく感じる。隣を窺うと、レーシアン様も読み終えてしまっているようだった。
「交換するか?」
レーシアン様が自分の本を私にそっとよこした。いや、とんでもない! 思わず私は本を背中に隠した。
「いえっ! これは婦人の間で流行っている物語ですので、レーシアン様が読むなど、とんでもないんです! 触れてはなりません! レーシアン様の指が腐ってしまいます!」
この至高の一冊で私は男の人の同性愛にハマってしまっているけれど。
「そうか」
私に拒否されたレーシアン様がちょっと悲しそうに思えた。ちらりとレーシアン様が読んでいた本を見ると哲学書だった。お、恐ろしい。私がそんなものを読もうものなら、ものの五分で眠ってしまいそうだ。
「アイラちゃん! 大変!」
そこで母が部屋を訪ねてきた。何やら顔色が青い。
「ど、どうしたのですか?」
「レーシアン様、失礼いたします。この大雨でハージが帰るのが遅くなると思われます。先ほど領民が西の河が増水して渡れないと伝えにきたので……」
「……」
その言葉に私とレーシアン様が自然と自分たちの足首を見た。薄赤い糸はそこで当然のように二人の足を繋げていた。
「今のところは隣に座っているだけだから問題はないのだけど……」
「アイラちゃん、あのね。少しの間だからと許したけれど、年頃の男女が繋がれているなんて破廉恥なことなんですよ? トイレやお風呂、就寝なんでどうするのよ……」
どうやらお母様は私とレーシアン様が繋がっていることが不満だったらしい。確かに、トイレは困る。絶対困る。そんなこと言われたら行きたいなんて思ってなかったのに、なんだかもようしてきたような気になってくるではないか。
「コートボアール夫人、決してアイラに手を出さないと誓おう。そもそも、私は女性が苦手なのだ」
「へ?」
突然のその言葉に私とお母様が声をそろえた。
「ハージの家族だからか、大らかだからかはわからないが、あなたたちには平気でいるが、本来なら同じ部屋にいるのも不快なんだ」
「そ、そうだったのですね」
「だから、安心していい」
けなされているのか褒められているのか微妙な表現であったが、この場合、レーシアン様には都合がいいのだろう。ホッとしているお母様を見ると何も言えない。
「アイラちゃんが心配だから私も一緒にいると言ったのに、ハージが断ったのはそういう理由だったのですね。出かけるときも私にレーシアン様の部屋にあまり近づかないように、と念を押して行ったのです……様子見にランベルトに何度もお茶を運ばしてしまったわ」
そ、そうだったのか。本に夢中でランベルトが何回も来ていたなんて気にしていなかった。あ、本! 私は背中に隠していた本をお母様にそっと渡した。
「なあに? これ」
「今、女子の間で流行っている本です。絶対に人には見せてはなりませんが、お母様も楽しめると思います。いいですか、絶対にほかの人には見せてはなりませんよ」
「わ、わかったわ」
小声でそう告げるとお母様は神妙に頷いた。これでもうこの本がレーシアン様の目にふれることはないだろう。ホッ。
しかし、女性が苦手とは。これは……ますます兄とレーシアン様が結ばれてしまってもおかしくない。苦楽を共にし、同性である障害に立ち向かう……ああっ、まるで先ほど読んだ本と同じではないか! くううっ。
だめだ、あの小説の二人とお兄様たちが重なって見えてしまう。お互いを思い、お互いを支え合い、お互いを慈しむ……はあ、涙でそう。
「とにかく、天気は変えられない。様子を見るしかないな」
レーシアン様の言葉に私たちは頷くしかなかった。
0
お気に入りに追加
167
あなたにおすすめの小説
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
皇帝陛下は身ごもった寵姫を再愛する
真木
恋愛
燐砂宮が雪景色に覆われる頃、佳南は紫貴帝の御子を身ごもった。子の未来に不安を抱く佳南だったが、皇帝の溺愛は日に日に増して……。※「燐砂宮の秘めごと」のエピローグですが、単体でも読めます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる