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もうくっついてしまえばいいのに
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しかし、氷の魔女が繋げた赤い糸は二人をどうにか親密にしようと張り切っているように見える。
「……」
私たちにカミングアウトした後のお兄様とレーシアン様はもう二人でいることを隠したりしない。それがもう、どう見てもイチャイチャしているようにしか見えないのだ。どうも赤い糸の呪い(私には見えないけれど)は一定の距離を離れると数十秒しっかりと抱き合わないと再び距離をおけないようで、着替えた後に二人は流れる動作で抱き合っている。ちょうど朝食をもっていくとそんな状態なので、遭遇すると面食らってしまうのも仕方がない。初めはお互い服を着せ合っていたそうだが、後で抱き合う方が効率がいいので今ではこの方法だそうだ。しかし、マッチョのお兄様と超絶美形の抱き合う姿だなんてちょっと、色々想像してしまう。この強制的なふれあいに加えてレーシアン様はとても礼儀正しく気遣いのできる人だった。これは、思わず男の人だろうがお兄様が惚れてしまうのも時間の問題ではないだろうか。
「アイラちゃん、私、もうあの二人がくっつけばいいのに、なんて思ってしまうこともあるのよ」
一週間を過ぎた頃、お母様が私にそんなことをつぶやいて、私も静かに頷いてしまった。王族で騎士団長だなんて立派な立場でなかったら男でも嫁に来てくれたら万歳して喜べる。
「確かに、書類も一緒に整頓してくださるし、なんかもう、いちいちすることがスマートで紳士ですよね」
こんな辺鄙なところに滞在しても文句ひとつなく過ごし、自分よりはるかに身分も低い他国の貧乏貴族にも優しい。寡黙でこちらが話しかけても話に乗ってくることはないが、ちゃんと聞いてくれるし、寧ろ、ちゃらちゃらしていないところが好ましい。
――間違って恋に落ちちゃってくれないだろうか。
だんだんとそんな邪な気持ちにもなって、レーシアン様の前でお兄様を大げさに褒めたりするようになっていた。もう、二人がうまくいくなら自分が婿を取って家を継いでもいい。
「本当に、お兄様は家族思いで、心が真っ直ぐな人なんです。小鳥のひなが木の下に落ちていた時なんて、お兄様が率先してひなを巣に戻してくれたんです。見た目はごついですが、とっても優しいんです」
「……そうか」
私が話しかけると初めは警戒されてるっぽかったのだが、最近は一言こうやって返してくれるようになった。
「ちょ、アイラ」
「いいじゃないですか。私、お兄様の良いところをいっぱいレーシアン様に教えてさしあげたいのです」
「コ、コラン様、すみません……」
「いや。ハージは家族に愛されているのだな。平気だから気にしないでくれ」
「……でも……大丈夫ですか?」
「それがな、ハージの家族は平気なようだ」
「……」
お兄様が私とレーシアン様を交互に見て驚いた顔をしていた。なんだろう。まあ、お兄様の良いところアピールは止めるつもりはないけれど。だって、本当に素敵なお兄様だもの。
「レーシアン様、これはとれたてのお野菜なんです。ハンナはお料理が上手なんでおいしいですよ! それにこのスープはお兄様の大好物なんです! レーシアン様のお口にあえばいいのですけれど!」
ニコニコと夕食時にスープ皿を勧めると、それを聞いたレーシアン様がとても美しい動作でスプーンですくってそれを口に運んだ。
「どうですか?」
「ああ。美味いな」
「でしょう? ああ、よかった!」
「アイラ、もう、いいから、それを運んだら席に戻りなさい」
「もう、照れなくてもいいのに! お兄様の好物は一緒においしくいただいてほしいのですもの!」
「うんうん、アイラちゃん。お母様もわかるわ。美味しいものはみんなで食べるとさらにおいしいものね。ほら、ハージ、イルムもいつも言っていたじゃない」
「まあ、それは、そうなんだけど」
はじめは全ての食事を部屋で取っていた二人だが、朝食以外は食堂で私とお母様と一緒に取るようになった。それも食事を運ぶ私の姿を見て気の毒に思ってくれたレーシアン様が提案してくださったのだ。皆で食べる食事はお母様の顔をずいぶん明るくしてくれたし、レーシアン様もコートボアール家に慣れてきたようで最近は表情も柔らかくなった。
ますます素敵である。
しかし、この生活はあと数日で終わる。モロモロの手続きはつつがなく終わり、家督相続の件はレーシアン様の助言のお陰で一年保留にしてもらった。いくら前王との約束があったとして、それも二百年前の約束である。こんな実のない土地の継続に保証金もなくコートボアール家を縛り続けていいものか異議申し立てをすることになったのだ。取り合えずこれで一年は兄も私も無理やり結婚しないで済む。領地を継がない選択をしてもお兄様には冒険業があるし、その時は私も王都で教師の職に就こうと思う。コートボアール家がこの土地と愛馬の墓を守るのはこの代で終わるが、お母様もそれはそれでいいと言っている。
「コラン様に口添えしていただけたお陰で、こちらの都合の良い交渉が出来ます。ありがとうございます」
お兄様の発言に私もお母様もただただ同意してレーシアン様に頭を下げるばかりだ。領地の話は今まで何度も歴代の領主が国に話をしてきたことだったのだが、今までは『ラルラ王の遺言で絶対に受け継ぐことが決まっている』の一点張りで、だからと言って助けてもらうこともなかった。ラルラ王も愛馬の墓を大事にしたかったのなら、城に持って行ってくれたらよかったのに。しかし、さすが他国とはいえ王子。ちょっと一緒に書状を書いてもらっただけで王家の態度が一変した。
「あとはこの書状を届けてもらって、判をもらって、また送り返したらひとまず終わりだ。俺が行けば半日で終わるんだがな、まあ、仕方ない」
本来なら王城に出向く手続きが残っているのだが、何しろお兄様とレーシアン様は赤い糸の呪いに繋がったまま。しかも距離がおかしいものだから、王城に付いていくのはまずいだろうという話である。これが済めば二人はプレスロト国に戻ることになる。
「なんだかやっと打ち解けてきたのに寂しいわね」
お母様がポツリと言って、私も頷いた。
不思議と優しい兄が二人になったような気にすらなっていたのだ。まあ、呪いがなければ本来こんなところにいるような人ではないので、そんな風に勝手に思うのも大それたことなんだけど。せめてレーシアン様がここを去る前日にはお別れ会を開催しようとお母様と話し合った。
「……」
私たちにカミングアウトした後のお兄様とレーシアン様はもう二人でいることを隠したりしない。それがもう、どう見てもイチャイチャしているようにしか見えないのだ。どうも赤い糸の呪い(私には見えないけれど)は一定の距離を離れると数十秒しっかりと抱き合わないと再び距離をおけないようで、着替えた後に二人は流れる動作で抱き合っている。ちょうど朝食をもっていくとそんな状態なので、遭遇すると面食らってしまうのも仕方がない。初めはお互い服を着せ合っていたそうだが、後で抱き合う方が効率がいいので今ではこの方法だそうだ。しかし、マッチョのお兄様と超絶美形の抱き合う姿だなんてちょっと、色々想像してしまう。この強制的なふれあいに加えてレーシアン様はとても礼儀正しく気遣いのできる人だった。これは、思わず男の人だろうがお兄様が惚れてしまうのも時間の問題ではないだろうか。
「アイラちゃん、私、もうあの二人がくっつけばいいのに、なんて思ってしまうこともあるのよ」
一週間を過ぎた頃、お母様が私にそんなことをつぶやいて、私も静かに頷いてしまった。王族で騎士団長だなんて立派な立場でなかったら男でも嫁に来てくれたら万歳して喜べる。
「確かに、書類も一緒に整頓してくださるし、なんかもう、いちいちすることがスマートで紳士ですよね」
こんな辺鄙なところに滞在しても文句ひとつなく過ごし、自分よりはるかに身分も低い他国の貧乏貴族にも優しい。寡黙でこちらが話しかけても話に乗ってくることはないが、ちゃんと聞いてくれるし、寧ろ、ちゃらちゃらしていないところが好ましい。
――間違って恋に落ちちゃってくれないだろうか。
だんだんとそんな邪な気持ちにもなって、レーシアン様の前でお兄様を大げさに褒めたりするようになっていた。もう、二人がうまくいくなら自分が婿を取って家を継いでもいい。
「本当に、お兄様は家族思いで、心が真っ直ぐな人なんです。小鳥のひなが木の下に落ちていた時なんて、お兄様が率先してひなを巣に戻してくれたんです。見た目はごついですが、とっても優しいんです」
「……そうか」
私が話しかけると初めは警戒されてるっぽかったのだが、最近は一言こうやって返してくれるようになった。
「ちょ、アイラ」
「いいじゃないですか。私、お兄様の良いところをいっぱいレーシアン様に教えてさしあげたいのです」
「コ、コラン様、すみません……」
「いや。ハージは家族に愛されているのだな。平気だから気にしないでくれ」
「……でも……大丈夫ですか?」
「それがな、ハージの家族は平気なようだ」
「……」
お兄様が私とレーシアン様を交互に見て驚いた顔をしていた。なんだろう。まあ、お兄様の良いところアピールは止めるつもりはないけれど。だって、本当に素敵なお兄様だもの。
「レーシアン様、これはとれたてのお野菜なんです。ハンナはお料理が上手なんでおいしいですよ! それにこのスープはお兄様の大好物なんです! レーシアン様のお口にあえばいいのですけれど!」
ニコニコと夕食時にスープ皿を勧めると、それを聞いたレーシアン様がとても美しい動作でスプーンですくってそれを口に運んだ。
「どうですか?」
「ああ。美味いな」
「でしょう? ああ、よかった!」
「アイラ、もう、いいから、それを運んだら席に戻りなさい」
「もう、照れなくてもいいのに! お兄様の好物は一緒においしくいただいてほしいのですもの!」
「うんうん、アイラちゃん。お母様もわかるわ。美味しいものはみんなで食べるとさらにおいしいものね。ほら、ハージ、イルムもいつも言っていたじゃない」
「まあ、それは、そうなんだけど」
はじめは全ての食事を部屋で取っていた二人だが、朝食以外は食堂で私とお母様と一緒に取るようになった。それも食事を運ぶ私の姿を見て気の毒に思ってくれたレーシアン様が提案してくださったのだ。皆で食べる食事はお母様の顔をずいぶん明るくしてくれたし、レーシアン様もコートボアール家に慣れてきたようで最近は表情も柔らかくなった。
ますます素敵である。
しかし、この生活はあと数日で終わる。モロモロの手続きはつつがなく終わり、家督相続の件はレーシアン様の助言のお陰で一年保留にしてもらった。いくら前王との約束があったとして、それも二百年前の約束である。こんな実のない土地の継続に保証金もなくコートボアール家を縛り続けていいものか異議申し立てをすることになったのだ。取り合えずこれで一年は兄も私も無理やり結婚しないで済む。領地を継がない選択をしてもお兄様には冒険業があるし、その時は私も王都で教師の職に就こうと思う。コートボアール家がこの土地と愛馬の墓を守るのはこの代で終わるが、お母様もそれはそれでいいと言っている。
「コラン様に口添えしていただけたお陰で、こちらの都合の良い交渉が出来ます。ありがとうございます」
お兄様の発言に私もお母様もただただ同意してレーシアン様に頭を下げるばかりだ。領地の話は今まで何度も歴代の領主が国に話をしてきたことだったのだが、今までは『ラルラ王の遺言で絶対に受け継ぐことが決まっている』の一点張りで、だからと言って助けてもらうこともなかった。ラルラ王も愛馬の墓を大事にしたかったのなら、城に持って行ってくれたらよかったのに。しかし、さすが他国とはいえ王子。ちょっと一緒に書状を書いてもらっただけで王家の態度が一変した。
「あとはこの書状を届けてもらって、判をもらって、また送り返したらひとまず終わりだ。俺が行けば半日で終わるんだがな、まあ、仕方ない」
本来なら王城に出向く手続きが残っているのだが、何しろお兄様とレーシアン様は赤い糸の呪いに繋がったまま。しかも距離がおかしいものだから、王城に付いていくのはまずいだろうという話である。これが済めば二人はプレスロト国に戻ることになる。
「なんだかやっと打ち解けてきたのに寂しいわね」
お母様がポツリと言って、私も頷いた。
不思議と優しい兄が二人になったような気にすらなっていたのだ。まあ、呪いがなければ本来こんなところにいるような人ではないので、そんな風に勝手に思うのも大それたことなんだけど。せめてレーシアン様がここを去る前日にはお別れ会を開催しようとお母様と話し合った。
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