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それは赤い糸の呪い

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「お母様!」

「どうしたの? アイラちゃん」

「お、お兄様が! お、お客様と、はははははははは、裸で、べべべべべべべべベッドに!」

「ええっ! まさか! ああ、ハージ! 何てこと!」

「どうしましょう、お母様! こんな田舎まで父の訃報を知って一緒に来てくれた恋人なのですよ? 男だからと言って邪険に出来ません。何よりお兄様が愛している方ならなおさらです!」

「そ、そ、そうね! ハージが選んだ人なら、きっと、いい人に違いないわ。けれど、愛しているからって、恋人の実家で堂々と一緒のベッドで朝まで過ごすだなんて、許しません。妹もいるというのに節度は守っていただかないと! お父様がいなくなって、短い間だけど、私がここの当主よ!ハージにガツンと言ってやるわ!」

 そう言ってお母様が拳を握って立ち上がった時だった。

「待て、二人とも! 誤解なんだ!」

 食堂に現れたお兄様はやっぱりレーシアン様と一緒に立っていた。急いできたのか、お兄様のシャツのボタンは掛け違えていた。な、なんかそれも、イヤラシイ!

「誤解?」

「二人に説明しないといけないことがある。俺と、コラン様の事だ」

「ああ。ハージ。お母様に少し落ち着く時間を頂戴。いくらあなたを信じて愛していても、さすがにいきなり同性の恋人を受け入れというのはね。家督相続の問題もあるし……アイラちゃん、お水を一杯持ってきて」

「ええ。お母様」

「あの、それは事情があってだな⁉」

「お兄様、隠さなくてもよろしいのですよ。私、先程見てしまいましたの。その、ベッドで、お二人が……。私もお母様もお兄様を愛しています。ですから、お兄様の愛する人を傷つけるようなことは考えておりません。ただ、この家の行く末は一緒に考えていただかないと」

「ちょ、ちょとまって。誤解があってもしょうがないと思っていたけど、そんなにすんなり受け入れられると思ってなかった。俺の家族、順応力半端ねぇ……」

「あのね、ハージ。いくら貧乏貴族のうちでもね、家にはアイラちゃんていう年頃の女の子がいるの。それなのに、恋人を連れてきて泊まらせて、その、なんていうか、堂々と愛を交わすなんてダメよ。そこは我慢して欲しいし、マナーってものがね」

「いや、確かに二人で寝ていたけども」

「あなたね! 堂々と未婚の妹の前で! アイラちゃんは清らかな乙女なのよ! 赤ちゃんは卵から生まれるって思ってるおぼこなの! 恋人だっていたことがないの!」

「ちょっ、お母様! それは関係ないでしょ!」

 興奮したお母様が余計なことを言い出す。すると今まで黙っていたレーシアン様が声を出した。

「コートボアール夫人」

「は、はい」

「すべては誤解だ。昨日ハージにはご家族には説明するように言ったのだが、ここにたどり着くまでにもいろいろと誤解があってな。旅の疲れを癒してから説明しようとしたのが間違いだった」

「そ、そうなんだよ。俺も母さんとアイラにはちゃんと説明するつもりだったんだ。あのな、俺とコラン様は魔女の呪いのせいで離れられなくなっているんだ。二人には見えないだろうけど、俺たちは呪われていて、足首同士に赤い糸が繋がっているんだ」

「……」

 にわかに信じがたい話をされて私とお母様が顔を見合わせた。

「お兄様は竜の鱗を取りに行く依頼を受けたんですよね? それがどうしてそんなことに?」

「鱗を取りに行く依頼で雪山に入ったんだが、足を滑らせてしまってな。洞窟で休んでいるところに魔女のところから逃げてきたコラン様と出会ったんだ」

「逃げてきた?」

「コラン様の美貌に惚れた魔女がコラン様を氷の城に閉じ込めていたんだ。で、そこから逃げ出したコラン様が俺が休んでいた洞窟にたまたま現れたんだ。魔女は術の込められた赤い糸を作っていてな。それで自分とコラン様を繋げようとしていたのに、コラン様が抵抗して、たまたま助太刀に入った俺とコラン様に赤い糸の呪いがかかってしまったんだ」

「……」

 話を聞いてからコラン様が左足を上げた。すると引っ張られるようにお兄様の右足が上がった。

「足首が見えない糸でつながってるんだ。私とハージは呪われてるから互いにそれが見えている……」

「正直、着替えがやっかいでさ。糸が邪魔をして互いに着替えさせるしかできないようになっていて、脱いだらいちいちお互いに着替えさせなければならない。初めはなんとかやっていたんだが、だんだん面倒になって風呂に入った後は下着だけで寝ていたんだ。ほかにも制約があるんだが、とにかく、側で生活を強いられる厄介な呪いなんだ」

「糸の呪いが解ける方法はないのですか?」

「それは今、プレスロト国の魔術師団に解明を頼んでいる。が、よほどのことをしないと無理なようだ」

「……なるほど。よほどその魔女様はレーシアン様が好きだったんでしょうね」

 強制的に側にいて互いに世話を焼かないといけなくなる呪いだなんて、なかなか発想が乙女である。しかし、お兄様とレーシアン様にはとんだ災難だ。

「まあ、そういうことで俺たちは離れられないんだ。今回は俺の家のことでコラン様にここに来てもらっているので、事情を考慮して手助けしてもらえると助かる」

「……では、本当にレーシアン様はハージの恋人ではないのね?」

「当たり前だよ、母さん。普通ならこうやって俺たちが話しかけていいようなお方じゃないからね」

「え?」

「レーシアン様は氷山があるプレスロト国の王族だからな」

「……お。王族?」

「ハージ、その話はいいだろう。王族と言っても私は王の妾から生まれた第四王子だ」

「しかも騎士団長を務めていらっしゃる身なんだ。本当なら俺の事なんて考えなくてもいいようなものなのに、父さんの訃報が届いたのを知って実家が困っているだろうと、ここまで俺に付き合ってくださっているんだ」

「プレスロト国の第四王子で騎士団長でもあるのですね……」

 もう、肩書だけでくらくらする。これは、早くお兄様と離れてもらわないとえらいことになる。お兄様の足を切り落として、呪いを断ち切ろうとしなかっただけでもかなりの温情の気がする。まあ、そうしたところで呪いは解けないのかもしれないけれど。

「か、数々のご無礼お許しください。なんなりとお申し付けください」

 お母様が慌ててレーシアン様に頭を下げるのを見て私も頭を下げた。

「いや、コートボアール夫人。世話になるのはこちらだ。顔を上げて欲しい。騎士団の方は今、信頼のおけるものに任せてある。ハージの父親の訃報は突然のことで残念だった。家の事が落ち着くまではここに滞在するので手続きを進めるといい。呪いの解読も時間がかかると言われているし、しばらくは大丈夫だろう。終われば逆にハージが私に付き合ってもらうことになる」

 なるほど、そんな高貴なお方がお兄様の都合に合わせて、はるばるこんな田舎に来てくれたのだ。王族だというのにちっとも偉そうではないし、外見は冷たく見えてもとてもいい人ではないか。滞在中は誠意を尽くそうと私は密かに誓った。
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