生贄

竹輪

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生贄<サイラス視点>

生贄1

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 私がルーファ様に出会ったのは王子が十二歳、王立学校の中等科の時である。

 入学式の日に校長室に集められたのは八人。どれも選りすぐられた子どもだ。気に入られれば将来も明るいということで親も子も必死だったと思う。

 そこで紹介されたルーファ様は二つ年下とは到底思えない落ち着きのある雰囲気で、私を含めたその場にいたものは一目で魅了されていた。

 現王の大切な一粒種はこの国で『魔性』と伝承される稀有な紫の瞳を持っていた。絶世の美女と謳われる王妃とよく似た顔は中世的で髪は父親譲りの漆黒ともいえる黒髪。一部でいたずらに『魔王』と揶揄されるのもうなずける姿だった。

「仲良くしてね」

 ルーファ王子は私たちに向かってそう言うとにっこりと笑う。気取りない口調と態度で王子は瞬く間に人気者となった。私は名誉にもルーファ様のお気に入りとなって、いつも傍にいた。王子に「親友」とまで言われた時の感動は今でも覚えている。

「毎日、流石に人目があると疲れちゃうね……」

 そう言った王子に答えるべく、私は毎日一時間だけ王子に一人の時間を作ることにした。なんてことはない、小さな中庭の一角を王子がいる間だけ立ち入りを禁止として入り口を見張る事にしたのだ。ほんの小さなことだったが、王子は大変喜んでくれ、お気に入りの本を読んだり、昼寝をしたりと少ない時間を楽しんでおられるようだった。そのうち、中庭に侵入してきたものがいた。人は入ることはできないーー猫だ。

「今日はミルクを飲んだんだよ」

 小さな侵入者を王子は大変お気に召したようだった。数か月すると猫は王子の手から食べ物をねだるようになったらしく、その様子を嬉しそうに私に聞かせてくれていた。王子は猫を気に入っていたし、大切に扱っていたように思う。だから、数か月後に猫が死んで、王子がそのまだ温かい体を抱えてきたときに私は死んだ猫を王子が発見したのだと疑いもしなかった。

「触らないで、僕の猫だから」

 その躯を王子から引き取ろうとしたとき、王子は強く拒否した。仕方なく、愛しそうに猫を抱える王子の後ろをついていき、死体を王子の部屋の庭に埋めるのを眺めた。王子は決して誰にも猫を触らせようとはしなかった。

「僕の他にも餌をもらってたんだ。いけない子でしょう?」

 優しく土をかけながら、王子はぽつりとそう、言った。それからはもう、王子は中庭へは行かなくなった。大好きだった猫が死んだ場所だから、私はそう解釈していた。

……私はまだ王子の正体を見極めていなかった。

***

 ルーファ王子の母親である王妃は浪費家で愛人もいた。王とは二十歳も年が離れていた。彼女は若くして跡取りを儲けると以後、王と夜を過ごすことは無かった。だれもがお飾りだと揶揄する人物だったが王子を生んだことは事実。同盟国出身の後ろ盾も大きく、その散財ぶりにも強くとがめられる者は出ず、また、王が注意しても聞く耳を待た無かった。王妃は王子を可愛がっていたがそれはまるでお人形遊びのままごとのようで母親を感じさせられることはなかった。


 十八歳になった王子は政務に参加しておられた。私もその補佐をしていた。当時、財務の仕事を任されており、だれもが王妃の浪費を止めるべく頭を悩ませていた。そんな時、王子がぽつりと私に言った。

「事故死と病死ならどっちがいいのかな」

「……え……」

「病死でいいね。父上にもうんざりだよ。いつまであの人を野放しにしているつもりなんだか」

 このころになると私はルーファ様が容姿に似合わない軽い口調をあえて使っていることに気付いていた。決して取り巻きのいざこざに介入することもなく、いつも冷静に周りを覗いながら自分にとって最善の方法を取っていることも。

「サイラス、これを王妃の食事に混ぜて」

「……」

「出来るよね」

 躊躇いなく、にっこりと笑う。茶色の小瓶の中の粉末が何であるかは想像できる。が、私はそれに逆らうことはしない。ほどなく、王妃は原因不明の病にかかり、1か月後には帰らぬ人となった。国葬となった日に冷たくなった母親に百合の花をささげる王子をみて重なる記憶があった。ああ、そうだ……。

「猫だ……」

 今なら解ると、そう思った。王子は「他に餌をもらう猫」は要らなかったのだ。王子なりに愛情を注いだ結果なのだろう。「国葬の出費が痛いけれどこれからは立て直せるからね。」喪服の全身真っ黒のスーツがつややかな髪を引き立て、紫の瞳が薄く笑っている。母親の葬儀の後の執務室で私にだけそう打ち明ける王子は『魔王』と呼んで遜色がなかった。
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