18 / 41
深まる疑惑1
しおりを挟む
いっぱいいっぱいになった私をエスコートして屋敷に戻ったフロー様は、昼食後にせっかく私が屋敷にきたのに、と後ろ髪をひかれながら仕事に出て行ってしまった。私は組織の件が片付くまでは、と無理やり休暇にされた。いつ戻れるのだろう……私も仕事に戻りたい。
しかし、フロー様が屋敷を出て行ったのならこの機会を逃す手はない。色々と調べなければ。まずは屋敷の者に聞き込みを……。
これからの行動を算段していると無意識に唇を触ってしまう。ここに、フロー様の唇が……。
「あああっ!」
なに、この女子的感覚! はあっ!
次に大切に鏡台の前に置いた指輪の入った箱が目に入る。
陰謀があろうとも、私の人生にこんなことが起ころうとは!
ベッドの上で枕に顔をうずめて悶える。これは、私の人生の由々しき事態である。
「お嬢様」
「え」
しばらく気持ちを整えていると、声がして枕から顔をあげた。すると栗色の髪をした年高のメイドがこちらを見ていた。
「身支度を整えにきました」
オドオドとする彼女を見ると手にするワゴンにブラシや香油がのっていた。いや、だから匂うものは……。
「あの」
「お嬢様専属のメイドのヒルダですよ」
そう言ったメイドは私を不思議そうに見てから手の甲を差しだしてきた。
「ええと、初めまして」
「初めましてではございませんが……今日は匂いは嗅がれないのですか?」
「は? 私がいつも、あなたの匂いを嗅いでいたのですか?」
「そうです……香水や香油は嫌いだと。私は洗濯の匂いも付けておりませんから、ご確認していただいていいですよ。ブラッシングも優しくします。その間、お嬢様はこれを」
「え」
ヒルダはブラシを持つ前に私にジャーキーを差し出した。よくわからないけどそれを受け取ると、髪をとかし始めた。
まさか、ジャーキーを食べている間にいつも髪を梳かしていたの?
鏡越しに私と目が合うとヒルダは不思議そうにしていた。この人は私がニッキーである時に会っているんだ。
「もしかして、ヒルダが私の髪をブラッシングしてくれていたの?」
知らないうちにサラサラになった髪を思い出して尋ねる。慣れた手つきで彼女は私の髪に香油を垂らしていた。
「いつもは主人であるフローサノベルド様がします。私は準備と補佐を」
「それは……きっと私が夜にこちらに訪問している時なのですよね」
「……大丈夫です。ご主人様にも口止めされていますから私どもが外でその話をすることはございません。初めは驚きましたが、お嬢様が夜な夜な屋敷に通っていらしたのは『愛』です。廃人になりかけたご主人様を救ったのはお嬢様なのです。素晴らしい行動力でした」
「夜な夜な……通う?」
ちょっとまて。私がこの屋敷に通っていたというのか?
「ようやく婚約が成立して、お嬢様を迎えることになって屋敷の者はみな喜んでおります」
「……あの、私が初めてここに来た時のことを覚えていますか?」
「あれは、半年ほど前でしょうか。ニッキー様を亡くされて部屋から出なくなったご主人様の部屋の窓を夜半に突然お嬢様が窓ガラスが割れそうな勢いで叩かれて……」
「ちょっと、待ってください。この屋敷のセキュリティを……その、破って?」
「ええ。ですから驚きました。まるで、全ての仕掛けを知っているかのように毎夜ご主人様のバルコニーに現れるのですから。あとから新人騎士のなかでもずば抜けた身体能力をお持ちで有名とお聞きしてみなで納得しておりました」
なんてことだ。私の方からここへきていたに違いない。思えば板の間に寝だしたのもその頃だ。そして、よくよく思い出せば、罠を避けてどこかにウキウキと向かっている夢の記憶がある……。きっとニッキーの魂が私に入って、この屋敷のセキュリティをかいくぐってフロー様に会いに行っていたのだ。しかし、だっったらどうやってフロー様はニッキーの魂を私の中に入れたのだろう。
あ……。
「ヒルダ、もしかしてこれのこと、知ってますか?」
私は鞄をあさって、封印されし袋からボロボロになったウサギのぬいぐるみを出した。
「それは……ニッキー様のお大のお気に入りです……汚れてもなかなか洗わせてもらえなくて苦労しました。お亡くなりになった時に棺に入れようと探したのですが、いったい、どこでこれを……」
それを手に取ったヒルダが泣き崩れた。
はあ。やっぱり、この不気味なぬいぐるみが部屋に落ちているくらいからずっと、私はニッキーに体を乗っ取られていたのだ。何度窓から投げても帰ってくる不気味なぬいぐるみを仕方なく袋に入れて保管していたが、捨てても戻ってくるのはきっとニッキーになった私が拾ってきていたに違いない。どうりで捨てられないはずだ。
西の森に調査に行く前からフロー様は私をとっくに知っていたのだ。だから、あんなにフロー様が初めから私との距離が近かったのか。
騙された、とか裏切られたとかいう感情は湧かなかった。
ただ、がっかりした。
フロー様の笑顔が思い出されると、鼻の奥がツンとした。
ニッキーに向けられる愛情だとわかっていたのに、『似ているジャニス』にも少しはその愛情のおこぼれをもらえていると思っていたのだ。
中性男子に免疫がないとこんなに簡単に心をもっていかれてしまうのだろうか。騎士団として町の詰め所にいる時は、優男に騙されて泣く下町の女の子だって色々見てきたのに。
美男子にちやほやされて、知らず浮かれていたのだ。
それでも、まだどこか、フロー様が私を亡き者にしようと思っているとは思いたくなかった。
しかし、フロー様が屋敷を出て行ったのならこの機会を逃す手はない。色々と調べなければ。まずは屋敷の者に聞き込みを……。
これからの行動を算段していると無意識に唇を触ってしまう。ここに、フロー様の唇が……。
「あああっ!」
なに、この女子的感覚! はあっ!
次に大切に鏡台の前に置いた指輪の入った箱が目に入る。
陰謀があろうとも、私の人生にこんなことが起ころうとは!
ベッドの上で枕に顔をうずめて悶える。これは、私の人生の由々しき事態である。
「お嬢様」
「え」
しばらく気持ちを整えていると、声がして枕から顔をあげた。すると栗色の髪をした年高のメイドがこちらを見ていた。
「身支度を整えにきました」
オドオドとする彼女を見ると手にするワゴンにブラシや香油がのっていた。いや、だから匂うものは……。
「あの」
「お嬢様専属のメイドのヒルダですよ」
そう言ったメイドは私を不思議そうに見てから手の甲を差しだしてきた。
「ええと、初めまして」
「初めましてではございませんが……今日は匂いは嗅がれないのですか?」
「は? 私がいつも、あなたの匂いを嗅いでいたのですか?」
「そうです……香水や香油は嫌いだと。私は洗濯の匂いも付けておりませんから、ご確認していただいていいですよ。ブラッシングも優しくします。その間、お嬢様はこれを」
「え」
ヒルダはブラシを持つ前に私にジャーキーを差し出した。よくわからないけどそれを受け取ると、髪をとかし始めた。
まさか、ジャーキーを食べている間にいつも髪を梳かしていたの?
鏡越しに私と目が合うとヒルダは不思議そうにしていた。この人は私がニッキーである時に会っているんだ。
「もしかして、ヒルダが私の髪をブラッシングしてくれていたの?」
知らないうちにサラサラになった髪を思い出して尋ねる。慣れた手つきで彼女は私の髪に香油を垂らしていた。
「いつもは主人であるフローサノベルド様がします。私は準備と補佐を」
「それは……きっと私が夜にこちらに訪問している時なのですよね」
「……大丈夫です。ご主人様にも口止めされていますから私どもが外でその話をすることはございません。初めは驚きましたが、お嬢様が夜な夜な屋敷に通っていらしたのは『愛』です。廃人になりかけたご主人様を救ったのはお嬢様なのです。素晴らしい行動力でした」
「夜な夜な……通う?」
ちょっとまて。私がこの屋敷に通っていたというのか?
「ようやく婚約が成立して、お嬢様を迎えることになって屋敷の者はみな喜んでおります」
「……あの、私が初めてここに来た時のことを覚えていますか?」
「あれは、半年ほど前でしょうか。ニッキー様を亡くされて部屋から出なくなったご主人様の部屋の窓を夜半に突然お嬢様が窓ガラスが割れそうな勢いで叩かれて……」
「ちょっと、待ってください。この屋敷のセキュリティを……その、破って?」
「ええ。ですから驚きました。まるで、全ての仕掛けを知っているかのように毎夜ご主人様のバルコニーに現れるのですから。あとから新人騎士のなかでもずば抜けた身体能力をお持ちで有名とお聞きしてみなで納得しておりました」
なんてことだ。私の方からここへきていたに違いない。思えば板の間に寝だしたのもその頃だ。そして、よくよく思い出せば、罠を避けてどこかにウキウキと向かっている夢の記憶がある……。きっとニッキーの魂が私に入って、この屋敷のセキュリティをかいくぐってフロー様に会いに行っていたのだ。しかし、だっったらどうやってフロー様はニッキーの魂を私の中に入れたのだろう。
あ……。
「ヒルダ、もしかしてこれのこと、知ってますか?」
私は鞄をあさって、封印されし袋からボロボロになったウサギのぬいぐるみを出した。
「それは……ニッキー様のお大のお気に入りです……汚れてもなかなか洗わせてもらえなくて苦労しました。お亡くなりになった時に棺に入れようと探したのですが、いったい、どこでこれを……」
それを手に取ったヒルダが泣き崩れた。
はあ。やっぱり、この不気味なぬいぐるみが部屋に落ちているくらいからずっと、私はニッキーに体を乗っ取られていたのだ。何度窓から投げても帰ってくる不気味なぬいぐるみを仕方なく袋に入れて保管していたが、捨てても戻ってくるのはきっとニッキーになった私が拾ってきていたに違いない。どうりで捨てられないはずだ。
西の森に調査に行く前からフロー様は私をとっくに知っていたのだ。だから、あんなにフロー様が初めから私との距離が近かったのか。
騙された、とか裏切られたとかいう感情は湧かなかった。
ただ、がっかりした。
フロー様の笑顔が思い出されると、鼻の奥がツンとした。
ニッキーに向けられる愛情だとわかっていたのに、『似ているジャニス』にも少しはその愛情のおこぼれをもらえていると思っていたのだ。
中性男子に免疫がないとこんなに簡単に心をもっていかれてしまうのだろうか。騎士団として町の詰め所にいる時は、優男に騙されて泣く下町の女の子だって色々見てきたのに。
美男子にちやほやされて、知らず浮かれていたのだ。
それでも、まだどこか、フロー様が私を亡き者にしようと思っているとは思いたくなかった。
0
お気に入りに追加
71
あなたにおすすめの小説
政略結婚の約束すら守ってもらえませんでした。
克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
「すまない、やっぱり君の事は抱けない」初夜のベットの中で、恋焦がれた初恋の人にそう言われてしまいました。私の心は砕け散ってしまいました。初恋の人が妹を愛していると知った時、妹が死んでしまって、政略結婚でいいから結婚して欲しいと言われた時、そして今。三度もの痛手に私の心は耐えられませんでした。
心の声が聞こえる私は、婚約者から嫌われていることを知っている。
木山楽斗
恋愛
人の心の声が聞こえるカルミアは、婚約者が自分のことを嫌っていることを知っていた。
そんな婚約者といつまでも一緒にいるつもりはない。そう思っていたカルミアは、彼といつか婚約破棄すると決めていた。
ある時、カルミアは婚約者が浮気していることを心の声によって知った。
そこで、カルミアは、友人のロウィードに協力してもらい、浮気の証拠を集めて、婚約者に突きつけたのである。
こうして、カルミアは婚約破棄して、自分を嫌っている婚約者から解放されるのだった。
私は既にフラれましたので。
椎茸
恋愛
子爵令嬢ルフェルニア・シラーは、国一番の美貌を持つ幼馴染の公爵令息ユリウス・ミネルウァへの想いを断ち切るため、告白をする。ルフェルニアは、予想どおりフラれると、元来の深く悩まない性格ゆえか、気持ちを切り替えて、仕事と婚活に邁進しようとする。一方、仕事一筋で自身の感情にも恋愛事情にも疎かったユリウスは、ずっと一緒に居てくれたルフェルニアに距離を置かれたことで、感情の蓋が外れてルフェルニアの言動に一喜一憂するように…?
※小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。
「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。
木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。
因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。
そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。
彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。
晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。
それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。
幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。
二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。
カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。
こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。
旦那様の様子がおかしいのでそろそろ離婚を切り出されるみたいです。
バナナマヨネーズ
恋愛
とある王国の北部を治める公爵夫婦は、すべての領民に愛されていた。
しかし、公爵夫人である、ギネヴィアは、旦那様であるアルトラーディの様子がおかしいことに気が付く。
最近、旦那様の様子がおかしい気がする……。
わたしの顔を見て、何か言いたそうにするけれど、結局何も言わない旦那様。
旦那様と結婚して十年の月日が経過したわ。
当時、十歳になったばかりの幼い旦那様と、見た目十歳くらいのわたし。
とある事情で荒れ果てた北部を治めることとなった旦那様を支える為、結婚と同時に北部へ住処を移した。
それから十年。
なるほど、とうとうその時が来たのね。
大丈夫よ。旦那様。ちゃんと離婚してあげますから、安心してください。
一人の女性を心から愛する旦那様(超絶妻ラブ)と幼い旦那様を立派な紳士へと育て上げた一人の女性(合法ロリ)の二人が紡ぐ、勘違いから始まり、運命的な恋に気が付き、真実の愛に至るまでの物語。
全36話
最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません
abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。
後宮はいつでも女の戦いが絶えない。
安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。
「どうして、この人を愛していたのかしら?」
ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。
それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!?
「あの人に興味はありません。勝手になさい!」
【完結】烏公爵の後妻〜旦那様は亡き前妻を想い、一生喪に服すらしい〜
七瀬菜々
恋愛
------ウィンターソン公爵の元に嫁ぎなさい。
ある日突然、兄がそう言った。
魔力がなく魔術師にもなれなければ、女というだけで父と同じ医者にもなれないシャロンは『自分にできることは家のためになる結婚をすること』と、日々婚活を頑張っていた。
しかし、表情を作ることが苦手な彼女の婚活はそううまくいくはずも無く…。
そろそろ諦めて修道院にで入ろうかと思っていた矢先、突然にウィンターソン公爵との縁談が持ち上がる。
ウィンターソン公爵といえば、亡き妻エミリアのことが忘れられず、5年間ずっと喪に服したままで有名な男だ。
前妻を今でも愛している公爵は、シャロンに対して予め『自分に愛されないことを受け入れろ』という誓約書を書かせるほどに徹底していた。
これはそんなウィンターソン公爵の後妻シャロンの愛されないはずの結婚の物語である。
※基本的にちょっと残念な夫婦のお話です
何も出来ない妻なので
cyaru
恋愛
王族の護衛騎士エリオナル様と結婚をして8年目。
お義母様を葬送したわたくしは、伯爵家を出ていきます。
「何も出来なくて申し訳ありませんでした」
短い手紙と離縁書を唯一頂いたオルゴールと共に置いて。
※そりゃ離縁してくれ言われるわぃ!っと夫に腹の立つ記述があります。
※チョロインではないので、花畑なお話希望の方は閉じてください
※作者の勝手な設定の為こうではないか、あぁではないかと言う一般的な物とは似て非なると考えて下さい
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。
史実などに基づいたものではない事をご理解ください。
※作者都合のご都合主義、創作の話です。至って真面目に書いています。
※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。
※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる