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パーティとグリムライ王国の蜂
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「さあ、お嬢様、行ってらっしゃいませ!」
はっ……。
あまりの苦行にちょっと気絶していた。
「ご確認ください! 完璧ですから」
「ははは……」
鏡を持ってこられたけれど、別にいますぐ確認しなくていい。私にはもっと重要なことがある。
「ちょっとお手洗い」
「お嬢様! 侍女をつけて、気をつけて行ってきてください! ドレスだけは汚してはなりません」
「わかってるって……」
はあ、もう怖いよ。
そうこうしているうちに時間になったようでカザーレン家の馬車が到着したようだった。
「フローサノベルド=カザーレン侯爵様がお着きです」
声が聞こえて椅子から立ち上がる。今日を乗り切れば大丈夫。王家主催のパーティは年内にはもうないはずだし、フロー様だってドレスの似合わないへんてこな私を見たら二度と連れて行こうなどと思わないだろう。
はあ。ヒールが高くて少しずつしか歩けない。ご令嬢たちがパートナーの手にすがる気持ちが今なら分かる。
「ニッキー……」
私を見たフロー様が声を漏らした。だから、それは違う名前だ。
「……し、失礼した。ジャニス、まるで月の女神のようだ」
「ありがとうございます」
はいはい、どうも。名前を間違えさえしなければそこそこ褒めれてましたよ。長時間のドレスの準備で私の心はやさぐれている。フロー様が差しだされた手を取って振り返り、両親に挨拶をした。
さっきから両親も黙ってるけど、なに? ああ……。
顔を上げてまじまじとフロー様を見た。いつも美男子だが、これは反則的に美しい。その艶やかな黒髪に合わせた黒い正装姿。金の金具が上品でいつもの魔術師の服とは違い美男子度が爆上がりしている。大きな襟の中に見えるのは私のドレスと同じ生地の赤いスカーフ。なんだか彼のものであるとされているようで恥ずかしい。
「では、行ってまいります」
「えっ……ああっ! いってらっしゃい、ジャニスちゃん」
かろうじて母がそう言って、父は私たちを見て口を開けたままだった。隙がありすぎる父の鳩尾に、一発入れてあげたい気持ちを押えてフロー様のエスコートを受けた。
馬車のドアが開いて中に入るとフロー様と二人きりになる。こういう場合隣同士で座るのが普通なのだろうか。相変わらず私を窓際に押しやって座ってくる。だから、もう少しあっちに寄ってくれてもいいのに。しかしさすが侯爵家の馬車……豪華である。
「ジャニス……とても、似合ってる」
「ええと、フロー様も素敵ですよ」
フロー様の方を向いて言うとその美男子ぶりに胸がドキドキした。
「お揃いだね」
襟元から見えるスカーフを私にみせつけてフロー様が笑うものだからもう、胸が締め付けられて死にそう。
だめだ、筋肉のない美男子には免疫がない。ニッキーって呼ばれたことを思い出すんだ。
この美男子が溺愛しているのは彼の亡くなった愛犬『ニッキー』なのだから、勘違いしてはいけない。息を吸うのよ、ジャニス。スーハ―、スーハ―……
「え、あの……」
息を整えることに必死なのに、今度は横に置いていた手を握られてしまう。な、なんなの、 これ、なに? 何がしたいの?
「このまま君を連れ去りたい。いいかな?」
「パ、パーティは?」
「ダメか?」
「パーティに行くために……」
何時間も頑張ったんですけど。不思議なことを言いだしたフロー様に頭がパンク状態だった。
連れ去るって、パーティに行かないってこと? 何のために着飾ったの? 帰っていいの?
「……はあ。そうだね、今日は出席しないとね」
不思議に首をかしげていると、思い直してフロー様がそう言った。んー? もしかしてパーティに出たくないのは何か理由があったのかな。
「何か不安なことでもあるのですか?」
「不安だらけだよ」
キュッと手を握られてそんなことを言われて考える。確かに社交嫌いと聞いてはいるが、実はそれとは別に噂されていることがあるのだ。三年前にフロー様が参加した隣国の夜会で彼は襲われているらしい。なんでも大きな麻薬組織をフロー様がつぶしたらしく、逆恨みした組織の生き残りに刺されそうになったとか。それ以来、もともとあまり参加しなかったパーティにほとんど参加しなくなったとか。
そういうことなら役に立てるかも。
「ずっと隣にいますから、大丈夫ですよ」
「本当に?」
「ええ、本当です」
「ありがとう。僕だけ見てくれないとダメだよ」
「あー、はいはい」
例え暴漢が貴方を狙っても、私がお守りしますからね。
会場に着くと心なしかみんなの視線が私に集まっていた。いつもは警備側なのに緊張する……。差し出された腕をつかむといざ出陣といった気持ちになった。やっぱりヒールは歩きにくい。
「ふふ、ジャニスがすがってくるっていい気分だ」
「す、すみません。ヒールに慣れてなくて」
「慣れなくったっていい」
私が側で守ると安心したのかフロー様の態度がデロ甘になった。その分私が警戒しておかないと。だから匂いのきついものは身に着けたくないと言ったのに、やっぱり支度の時に強く拒否しておけばよかった。
はっ……。
あまりの苦行にちょっと気絶していた。
「ご確認ください! 完璧ですから」
「ははは……」
鏡を持ってこられたけれど、別にいますぐ確認しなくていい。私にはもっと重要なことがある。
「ちょっとお手洗い」
「お嬢様! 侍女をつけて、気をつけて行ってきてください! ドレスだけは汚してはなりません」
「わかってるって……」
はあ、もう怖いよ。
そうこうしているうちに時間になったようでカザーレン家の馬車が到着したようだった。
「フローサノベルド=カザーレン侯爵様がお着きです」
声が聞こえて椅子から立ち上がる。今日を乗り切れば大丈夫。王家主催のパーティは年内にはもうないはずだし、フロー様だってドレスの似合わないへんてこな私を見たら二度と連れて行こうなどと思わないだろう。
はあ。ヒールが高くて少しずつしか歩けない。ご令嬢たちがパートナーの手にすがる気持ちが今なら分かる。
「ニッキー……」
私を見たフロー様が声を漏らした。だから、それは違う名前だ。
「……し、失礼した。ジャニス、まるで月の女神のようだ」
「ありがとうございます」
はいはい、どうも。名前を間違えさえしなければそこそこ褒めれてましたよ。長時間のドレスの準備で私の心はやさぐれている。フロー様が差しだされた手を取って振り返り、両親に挨拶をした。
さっきから両親も黙ってるけど、なに? ああ……。
顔を上げてまじまじとフロー様を見た。いつも美男子だが、これは反則的に美しい。その艶やかな黒髪に合わせた黒い正装姿。金の金具が上品でいつもの魔術師の服とは違い美男子度が爆上がりしている。大きな襟の中に見えるのは私のドレスと同じ生地の赤いスカーフ。なんだか彼のものであるとされているようで恥ずかしい。
「では、行ってまいります」
「えっ……ああっ! いってらっしゃい、ジャニスちゃん」
かろうじて母がそう言って、父は私たちを見て口を開けたままだった。隙がありすぎる父の鳩尾に、一発入れてあげたい気持ちを押えてフロー様のエスコートを受けた。
馬車のドアが開いて中に入るとフロー様と二人きりになる。こういう場合隣同士で座るのが普通なのだろうか。相変わらず私を窓際に押しやって座ってくる。だから、もう少しあっちに寄ってくれてもいいのに。しかしさすが侯爵家の馬車……豪華である。
「ジャニス……とても、似合ってる」
「ええと、フロー様も素敵ですよ」
フロー様の方を向いて言うとその美男子ぶりに胸がドキドキした。
「お揃いだね」
襟元から見えるスカーフを私にみせつけてフロー様が笑うものだからもう、胸が締め付けられて死にそう。
だめだ、筋肉のない美男子には免疫がない。ニッキーって呼ばれたことを思い出すんだ。
この美男子が溺愛しているのは彼の亡くなった愛犬『ニッキー』なのだから、勘違いしてはいけない。息を吸うのよ、ジャニス。スーハ―、スーハ―……
「え、あの……」
息を整えることに必死なのに、今度は横に置いていた手を握られてしまう。な、なんなの、 これ、なに? 何がしたいの?
「このまま君を連れ去りたい。いいかな?」
「パ、パーティは?」
「ダメか?」
「パーティに行くために……」
何時間も頑張ったんですけど。不思議なことを言いだしたフロー様に頭がパンク状態だった。
連れ去るって、パーティに行かないってこと? 何のために着飾ったの? 帰っていいの?
「……はあ。そうだね、今日は出席しないとね」
不思議に首をかしげていると、思い直してフロー様がそう言った。んー? もしかしてパーティに出たくないのは何か理由があったのかな。
「何か不安なことでもあるのですか?」
「不安だらけだよ」
キュッと手を握られてそんなことを言われて考える。確かに社交嫌いと聞いてはいるが、実はそれとは別に噂されていることがあるのだ。三年前にフロー様が参加した隣国の夜会で彼は襲われているらしい。なんでも大きな麻薬組織をフロー様がつぶしたらしく、逆恨みした組織の生き残りに刺されそうになったとか。それ以来、もともとあまり参加しなかったパーティにほとんど参加しなくなったとか。
そういうことなら役に立てるかも。
「ずっと隣にいますから、大丈夫ですよ」
「本当に?」
「ええ、本当です」
「ありがとう。僕だけ見てくれないとダメだよ」
「あー、はいはい」
例え暴漢が貴方を狙っても、私がお守りしますからね。
会場に着くと心なしかみんなの視線が私に集まっていた。いつもは警備側なのに緊張する……。差し出された腕をつかむといざ出陣といった気持ちになった。やっぱりヒールは歩きにくい。
「ふふ、ジャニスがすがってくるっていい気分だ」
「す、すみません。ヒールに慣れてなくて」
「慣れなくったっていい」
私が側で守ると安心したのかフロー様の態度がデロ甘になった。その分私が警戒しておかないと。だから匂いのきついものは身に着けたくないと言ったのに、やっぱり支度の時に強く拒否しておけばよかった。
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