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第十五話─羽化─
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それはなんの前触れもなく、突然起こった。
その日は本当に普通の日だった。朝、いつも通りに起きて、用意をして、大学に行く。
そこで、結弦にたまたま会って、挨拶をして、一緒に教室へ行って、講義を受ける。
そんな、当たり前の一日。
に、なるはずだった。
講義が終わり、その日は凛翔さん(あの第二図書館での出来事から、二人きりのときはそう呼ぶように言われた。)と食事の約束をしていたから、その用意をするため、早々に家に帰ろうとしていた。
「雪麗、今日この後ランチしましょうよ」
「ごめん、結弦。今日は約束があるから」
凛翔さんとのランチのことは、結弦にも伝えておいたはずなのだけれど忘れてしまったのか、結弦がランチに誘ってくる。
「あら、そうだったかしら?」
「.........うん。ほら、明堂院さんと」
「.........」
私がそう告げると、結弦は奇妙な笑顔をうかべたまま黙ってしまった。
.........。どうにもおかしい。普段、結弦は私が言ったことを忘れてしまうような人ではないはずなのに。なんだか、わざとわすれたふりをしているような胡散臭さを感じて、私は背筋が寒くなるのを感じた。
「じゃあ......ね。また、今度ランチしよう?」
「ふふっ、そうねぇ.........」
結弦は意味深な笑顔をうかべたまま動こうとしない。まるで、何かをまちかまえているように。
「結弦.........?」
私は急に怖くなった。
今まで結弦に対して感じていた不信感が一気にぶり返してきたようだ。結弦がなにか企んでいるのではないかと勘ぐってしまう。ここにきて、私は初めて後悔する。結弦に対して感じていた違和感を見過ごすんじゃなかった。私はとんでもない過ちを冒してしまったのではないかと、脳が警鐘を鳴らす。怖くなって、必死にそれを否定したくて、もう一度、結弦を真っ直ぐに見つめるけど、結弦はあの嫌な笑顔をうかべたまま首をかしげるばかり。
あぁ、無視するんじゃなかった。結弦ときちんと向き合っておけばよかった。
私は、まだ何も起きていないのに、そんなことを考えていた。
もう、手遅れだ、と。結弦を止めることは出来ないと思った。
(弱気になってどうするの)
だったら、私が邪魔しないと。結弦がしようとしていることを、実行させてはいけない。これは、私の罪でもある。もしかしたら、結弦がこうなる前に止められたかもしれないのだ。それを私は見過ごした。だから、私が、何としてでも止めないと。
私は気づかなかった
それが、どんなに愚かしい考えかなんて
覚悟を決めてしまった結弦を、まだフラフラした状態の、中途半端な私が止められるはずもなかったのに。
私がひっそりと使命感に燃えていたその時だ。ゆったりとした足音が近づいてきた。
「.........雪麗」
私の名前を紡ぐその声は、うっとりするぐらいに美しい。
「明堂院さん」
振り返ると、そこには凛翔さんがいた。
「約束していましたが、雪麗の姿を見かけたので、思わず声をかけてしまいました」
蕩けそうな笑顔を向けながらそう告げられて、私は自分の顔が赤くなるのを感じる。最近の凛翔さんは、すぐに私を甘やかすのようなことを言うから困る。
「恥ずかしいから、そういうこと言うの.........辞めてください。」
「おや。喜んではくれないのですか?」
「.........ぅ、れしいです。.........けど」
彼の顔を見たら、結弦の存在など忘れてしまっていた。私たち二人を、結弦がどんな顔で見ていたかなんて気にもとめなかった。
.........。それが、いけなかったのだろうか?
だらしなく頬を緩ませる私の横を、結弦がふらっと通り過ぎる。
(? .........結弦?)
疑問に思ったときには遅かった。凛翔さんと結弦の体がドンッとぶつかったかと思えば、次の瞬間に凛翔がどさりと倒れる。
「っ! りひとさんっ!!」
私は余裕をなくて、彼を凛翔さんと呼んでしまっていた。でも、そんなのどうでもよかった。
だって、ちが、りひとさんのからだから、ちがでてる。
やだ、やだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだ。
りひとさんが、しんじゃう。だれか、だれかたすけて。
「あはっ! アッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!
ざまぁみろ! ざまぁみろっ! 私から愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい雪麗を奪おうとするから、お前は死ぬんダヨォォお!」
涙を流して、凛翔さんにすがりつく私の横で、結弦が狂ったように、何かを言っている。
でも、結弦が何を言っているのか、私はわからなかった。
あたりは騒然としている。当たり前だろう。
大量の血を流して倒れる明堂院 凛翔。その腹にはナイフが刺さっている。その明堂院に縋りつきながら、涙を流して謝罪を繰り返す私。そして、狂ったように笑い続けながら、明堂院を罵倒し続ける結弦。
私は焦った。このままでは、本当に凛翔さんが死んでしまう。だから、
「お願い! 誰か救急車を呼んでっ!!」
声の限りに私は叫んだ。その声にハッとしたように、周りの人達は消防に電話をかけたり、人を呼んだり、助けを求めたりしてくれる。
「大丈夫ですからね、凛翔さん。凛翔さんは死にません。私と一緒に生きるんです。だから死なないで! お願い、凛翔さん。生きて、お願い、お願い.........!!」
私の声が届いたのか、凛翔さんがうっすらと目を開ける。
「だ、ぃじょう.........ぶ。しな、な.........ぃ....よ。.........だ...から、そ.........ん.....な、かぉ、しな.........ぃで?」
そう言って私に笑いかけてから、凛翔さんは意識を失った。
その日は本当に普通の日だった。朝、いつも通りに起きて、用意をして、大学に行く。
そこで、結弦にたまたま会って、挨拶をして、一緒に教室へ行って、講義を受ける。
そんな、当たり前の一日。
に、なるはずだった。
講義が終わり、その日は凛翔さん(あの第二図書館での出来事から、二人きりのときはそう呼ぶように言われた。)と食事の約束をしていたから、その用意をするため、早々に家に帰ろうとしていた。
「雪麗、今日この後ランチしましょうよ」
「ごめん、結弦。今日は約束があるから」
凛翔さんとのランチのことは、結弦にも伝えておいたはずなのだけれど忘れてしまったのか、結弦がランチに誘ってくる。
「あら、そうだったかしら?」
「.........うん。ほら、明堂院さんと」
「.........」
私がそう告げると、結弦は奇妙な笑顔をうかべたまま黙ってしまった。
.........。どうにもおかしい。普段、結弦は私が言ったことを忘れてしまうような人ではないはずなのに。なんだか、わざとわすれたふりをしているような胡散臭さを感じて、私は背筋が寒くなるのを感じた。
「じゃあ......ね。また、今度ランチしよう?」
「ふふっ、そうねぇ.........」
結弦は意味深な笑顔をうかべたまま動こうとしない。まるで、何かをまちかまえているように。
「結弦.........?」
私は急に怖くなった。
今まで結弦に対して感じていた不信感が一気にぶり返してきたようだ。結弦がなにか企んでいるのではないかと勘ぐってしまう。ここにきて、私は初めて後悔する。結弦に対して感じていた違和感を見過ごすんじゃなかった。私はとんでもない過ちを冒してしまったのではないかと、脳が警鐘を鳴らす。怖くなって、必死にそれを否定したくて、もう一度、結弦を真っ直ぐに見つめるけど、結弦はあの嫌な笑顔をうかべたまま首をかしげるばかり。
あぁ、無視するんじゃなかった。結弦ときちんと向き合っておけばよかった。
私は、まだ何も起きていないのに、そんなことを考えていた。
もう、手遅れだ、と。結弦を止めることは出来ないと思った。
(弱気になってどうするの)
だったら、私が邪魔しないと。結弦がしようとしていることを、実行させてはいけない。これは、私の罪でもある。もしかしたら、結弦がこうなる前に止められたかもしれないのだ。それを私は見過ごした。だから、私が、何としてでも止めないと。
私は気づかなかった
それが、どんなに愚かしい考えかなんて
覚悟を決めてしまった結弦を、まだフラフラした状態の、中途半端な私が止められるはずもなかったのに。
私がひっそりと使命感に燃えていたその時だ。ゆったりとした足音が近づいてきた。
「.........雪麗」
私の名前を紡ぐその声は、うっとりするぐらいに美しい。
「明堂院さん」
振り返ると、そこには凛翔さんがいた。
「約束していましたが、雪麗の姿を見かけたので、思わず声をかけてしまいました」
蕩けそうな笑顔を向けながらそう告げられて、私は自分の顔が赤くなるのを感じる。最近の凛翔さんは、すぐに私を甘やかすのようなことを言うから困る。
「恥ずかしいから、そういうこと言うの.........辞めてください。」
「おや。喜んではくれないのですか?」
「.........ぅ、れしいです。.........けど」
彼の顔を見たら、結弦の存在など忘れてしまっていた。私たち二人を、結弦がどんな顔で見ていたかなんて気にもとめなかった。
.........。それが、いけなかったのだろうか?
だらしなく頬を緩ませる私の横を、結弦がふらっと通り過ぎる。
(? .........結弦?)
疑問に思ったときには遅かった。凛翔さんと結弦の体がドンッとぶつかったかと思えば、次の瞬間に凛翔がどさりと倒れる。
「っ! りひとさんっ!!」
私は余裕をなくて、彼を凛翔さんと呼んでしまっていた。でも、そんなのどうでもよかった。
だって、ちが、りひとさんのからだから、ちがでてる。
やだ、やだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだ。
りひとさんが、しんじゃう。だれか、だれかたすけて。
「あはっ! アッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!
ざまぁみろ! ざまぁみろっ! 私から愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい雪麗を奪おうとするから、お前は死ぬんダヨォォお!」
涙を流して、凛翔さんにすがりつく私の横で、結弦が狂ったように、何かを言っている。
でも、結弦が何を言っているのか、私はわからなかった。
あたりは騒然としている。当たり前だろう。
大量の血を流して倒れる明堂院 凛翔。その腹にはナイフが刺さっている。その明堂院に縋りつきながら、涙を流して謝罪を繰り返す私。そして、狂ったように笑い続けながら、明堂院を罵倒し続ける結弦。
私は焦った。このままでは、本当に凛翔さんが死んでしまう。だから、
「お願い! 誰か救急車を呼んでっ!!」
声の限りに私は叫んだ。その声にハッとしたように、周りの人達は消防に電話をかけたり、人を呼んだり、助けを求めたりしてくれる。
「大丈夫ですからね、凛翔さん。凛翔さんは死にません。私と一緒に生きるんです。だから死なないで! お願い、凛翔さん。生きて、お願い、お願い.........!!」
私の声が届いたのか、凛翔さんがうっすらと目を開ける。
「だ、ぃじょう.........ぶ。しな、な.........ぃ....よ。.........だ...から、そ.........ん.....な、かぉ、しな.........ぃで?」
そう言って私に笑いかけてから、凛翔さんは意識を失った。
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