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第八話─胸中─

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「雪麗っ!」

 力強く呼ばれた名前に、はっとして振り向くとそこには息を切らした結弦がいた。

「ゅ...ず......る?」

「どうしたのよ? あなた今ひどい顔よ」

「ぁ.........ゆずるっ、結弦!」

「.........っ! とにかく落ち着くのよ、私は傍にいるわ」

 不安に押しつぶされて、結弦にすがりついた私に、対処方法は心得ていると、冷静にいつも通りに接してくれる彼女に、落ち着きを取り戻していく。
 しばらくの間、背中をさすってもらい人肌に安心するとようやく、私は平常心を取り戻すことができた。

「ありがとう。もう大丈夫」

「......そう? なら良かったわ」

 お礼を告げると、結弦は一瞬訝しげな眼差しを向けながらとそっと手を離してくれた。

「じゃあ、講義に行きましょ? 幸い、今日は私たち、同じ講義を取っていたわよね? ほら、一緒に行くわよ」

 私の傍を離れようとしない結弦に苦笑しながらも、その気遣いにホッとする。ありがとうと告げると、なんの事かしらと結弦はとぼけ、その後にカフェで詳しく事情、聞かせてもらうわよと言って微笑んだ。







 講義自体は問題なく終わった。私も先生の話に没頭し、ほんの少しだけだけどあの日の出来事を忘れることができた。
 隣に結弦がいてくれたこともあって、とても安心したし、その間に心を落ち着かせることができたと思う。

 講義が終わった私は、結弦の宣言通りカフェで事情説明なるものをさせられた。

「で? どうしてあんな様子だったの」

 夕暮れ時、それは暖色のグラデーションが美しく広がっている頃。
私はまるで、警察の事情聴取をうける容疑者のように肩身の狭い心地を感じていた。先程から感じる結弦の視線がチクチクと痛い。思わず目を逸らしそうになるが、結弦がそれを許してくれるはずもなく。
ぷるぷると体を小刻みに震わせながら、私は結弦に言及されていた。

「えっ......と。それは、あの、」

 中々切り出せない私に痺れを切らしたのか、結弦の方から聞いてきた。

「明堂院 凛翔?」

「はっ.........!」

 その名前が出てきた瞬間体を震わせた私を見て、結弦を大きくため息をついた。

「はぁぁ、いずれこんな事になるかもしれない、とは思っていたのよ。私も彼の視線に気づかないわけでもなかったし」

「視線.........?」

 首をかしげる私に、そう、と頷きながら結弦は続ける。

「初めはね、勘違いかとも思ったけど、何回も重なると流石に偶然とは言いえないでしょう?
雪麗は気づいていないみたいだったけど、貴女を見かけると結構な確率で貴方のこと見てたわよ、彼」

「え、そうなの?」

「まぁ、視線のことに気づいていたのは私ぐらい.....だったけど.........」

 どうしてか、言い淀む結弦に疑問を感じながらも、誰かに私の気持ちを聞いてもらいたい欲求に駆られた私は、早速先日のことを話し出した。













「またすごい大胆なことするのね、あの人も、雪麗も」

 呆れた様子で言う結弦に何も言い返せない。自分でも馬鹿なことしたのは重々承知だ。

「うっ、でも、急なことだったし、今思えば、正常な判断はできてなかった」

「それはそうでしょうね、わかっていたと思うわ、その事は、あの人も」

「?」

「つまり、正常な判断が出来ないことも想定済みで貴女のことを観察したかったんでしょう彼は」

 その言葉にぞくりと悪寒がする。じゃあまさかあの人は.........。

「まんまと罠に引っかかったわね雪麗」

「え、じゃ、じゃあ私の行動は、彼を失望させるより、むしろ.........」

「関心を逆に上げてしまったんじゃないかしら」

「う、嘘..................」

 信じたくはないが、そう考えればあの時、彼があんなにも嬉しそうに笑っていたことにも説明がつく。

 でも、逃れるどころか近づいてしまった距離に、怯えを隠せない。
私は近づきたかったわけじゃないのに、離れたかっただけ、逃れたかっただけなのに、どうして?

 俯いて泣き出しそうな私を見てか、結弦が声をかける。

「まだ大丈夫よ、きっと。あれほどの人がその程度のことで貴女に心酔するとは思えないわ」

「本当にそう思う?」

「断定は出来ないわよ、ただ可能性は限りなく高いでしょうね」

「そう」

 結弦がそう言うのなら大丈夫、自分に言い聞かせてから深呼吸をする。

 そうだ。人間なんて些細な出来事で考えを変えるほど単純じゃない。積み重ねか、決定的な出来事でもない限り、その人が変わることはないのだから、少しずつ、焦らずにやっていくことが大切だ。

 一つずつ、一つずつ、積み重ねていく。

 私はそう、新たに決心した。
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