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24.お母様の帰宅

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 それからは、毎日、パパと魔獣狩りに出かけた。
 森にいる魔獣は、大体古狸か妖狐だ。角兎は、可愛すぎるから、倒さない。
 見つける度に、ちぎって投げていたのだが、パパが古狸を全く倒さないことに気がついた。パパくらいになれば、魔獣なんて赤子をヒネるより容易い。私の指導のために来ているだけで、魔獣を倒す気がないのだと思っていたが、妖狐や角兎はたまに踏んでいる。だが、絶対に古狸は踏まない。むしろ、私からも隠しているような気がした。
「パパ、これを倒してみてくれませんか?」
 目の前に、子ダヌキをぶら下げたら、目を逸らされた。怪しい。ナイフを出したら、子ダヌキをひったくられた。
「古狸は、保護魔獣なのですか?」
「!! そう、保護魔獣なんだ! 可愛いからね」
 イケメンに爽やかスマイルを重ねても、私は見慣れている。そんなものに騙されてはあげない。
「子どもにウソを吐いても、よろしいのでしょうか?」
 パパは、しばらく顔を赤くしたり、青くしたりしていたが、観念して白状した。
「シャルルに似てるから」
「そうですか。母には、内緒にしておいてあげましょう。ただし、私のお願いも聞いてください。黄色い熊は、私の友だちです。殺さないで下さいね」
 なるほど。その子ダヌキは、私に似ていると言うことか。それは、殺されたくないな。保護魔獣に決定だ。増えすぎて間引くというなら致し方ないが、子ダヌキを倒す人間は、私の敵だと思うことにしよう。


 とうとう、お母様が帰ってくる日が、やってきた!
 今日は、魔獣狩りに行かない。みんなで、お父様の家に集合して、朝からソワソワ待っている。転移魔法で、いきなり現れるハズだけど、どこに出てくるのかな?
「みんな、ただいまー」
 お母様は、玄関に現れた。リビングに出てくるという予想は裏切られた。我先にと、皆で玄関に移動した。
 お母様は、白い包みを抱えて立っていた。
「お母様、おかえりなさい」
 翡翠が、飛びついていくのを見ていた。私は、近くに行くことが、できなかった。胸が苦しい。そのまま子ども部屋に行き、厳重に戸締りをして、眠った。

 起きたら、もう夕方だった。
「琥珀、ただいま」
 枕元に、母と妹がいた。私の作ったバリケードの山は、すべて撤去されていた。龍相手に無駄な足掻きだとは、わかっていた。でも、誰とも話したくなかった。だから、部屋中に壁を敷き詰めて自分を隠していたのに、欠片一つ残されていなかった。
「おかえりなさい。身体の具合は、如何ですか?」
「私は、もう大丈夫だよ。琥珀こそ、どこか悪くしているのかな? ずっと寝ていたみたいだけど」
 お母様の顔は、最後に見た時と、たいした違いはなかった。風邪をひいていたと聞いていたけれど、そんな痕跡は、少しも感じられない。
「具合が悪いのは、頭の中身だけですよ。心配はご無用です」
 私は、のそりと起き上がり、布団の上で正座した。
「えーと、怒っているのかな?」
「そうですね。怒っているのかもしれません。お心当たりがないのであれば、お母様には関係のないことでしょう」
「ごめん。心当たりが沢山あるから、どれなのか教えてもらってもいいかな?」
 意外だった。心当たりはあるのか。あるのに、直す気がないのか。そこまで自分の存在が軽かったとは、信じたくなかった。やっぱり家から逃げ出して、何処かへ行けば良かった。
「酒スライムが、また新しい女を連れ込んでいることじゃないですか?」
「酒スライム? 何で、そんな呼称に? いやいや、絶対、それが本命じゃないよね」
「そうですね。あんなスライム、どうでもいいですから」
「え? ちょ。どうしちゃったの?」
「皆は、私のことをどう報告していたのですか?」
「琥珀は、今日も可愛かったよ?」
「なるほど。上手い手を思い付いたものですね」
「実際、可愛いから、仕方ないよね」
 私は、報告しなければならない問題を起こしたハズだった。なじられたことは、記憶に新しい。私に苦言を呈すなら、問題行動として、母に報告すべきだと思う。
 何故、言わない? 私をかばっているのではないだろう。きちんと養育できなかったことを、知られたくなかったのに違いない。
「ここ数ヶ月の私は、ちょっと家出をしては、女を連れ帰る日々でした。娼館で女を買ってみたり、森から女をさらってきたり。そのうちの一人は、●の穴に手を入れるのが趣味だというので、丁度いいと、お父様の新しい女として進呈致しました」
「ごめん。いろいろありすぎて、何処から話を聞いたらいいか、わからないな」
「それだけ放置していた、ということですね」
「そうだね。ごめんね」
「私は、謝って欲しいのではありません。そんなものは、何の役にも立たないでしょう。こんなにロクでもない息子を作り出しておいて、反省の欠片もないことに憤りを感じています。私のような存在は、一人で充分です。何故、罪を重ねるのですか?」
「琥珀が、可愛いくて仕方がないからかな」
 私の気持ちは、伝わらない。言葉の選択を間違えているという次元ではない。私が脈絡のない話題転換をしても、きっと母の返答も表情も何も変わらないのだ。
「そうですか。それでは、私は失礼させて頂きます。どうぞお幸せに」
 私は、立ち上がり、布団をたたんで片付けた。そして、窓を全開に開ける。
「魔法を封じても、気に致しませんよ。私など、落ちてケガでもすればいい」
「琥珀!!」
 母が魔法を使えるように戻したのを感じて、外に飛び出した。とりあえず、森へ。その後は、どこへ行こうか。行きたい場所など、何処にもなくなった。


 森に降り立つと、パパがいた。
「周囲の警戒を怠っておりました。未熟ですね」
「うん、そうだね。その速度なら、追いつける。逃がさないよ」
「逃げません。逃げても、行きたい場所がありません」
「ダディさんのところは?」
「目付きの悪い黒おじさんが、襲撃してきます。ダディを危険に晒す訳にはまいりません」
「そっか。じゃあ、しばらく一緒に旅暮らしをしようか」
「いえ、結構です。もう充分なのです。もう嫌なのです」
 私は、もう4つのお兄ちゃんなのに、我慢することに嫌気がさした。
「お兄ちゃん、ごめんね」
 翡翠が、空から降ってきた。
「琥珀、ごめんなさい」
 お母様が、転移してきた。
「お母様は、帰れ! 子どもを放置するな!!」
「もう放置しないよ。ごめんね」
 抱かれそうになったので、思いっきり避けた。そのまま走る。
 龍相手に、逃げても無駄だ。だが、逃げる。受け入れてなどやるものか。また子どもを置き去りにしている母など、絶対に許すものか。
「お兄ちゃん、どこへ行くの?」
 翡翠が、ついてきた。私は全力で走っているのに、翡翠は余裕を残している。翡翠は、いいな。羨ましい。
「お母様がいないところなら、何処でもいい」
「翡翠は、一緒にいてもいい?」
「できることなら、一人になりたい」
「エスメラルダは?」
「できることなら、共にありたい」
「魔改造されてるよ」
「一度、帰ろう」
 Uターンして、家に向かった。


「エスメラルダ!」
 エスメラルダは、また人間に近付いていた。さっきより手足が伸びている。あんの馬鹿スライムが、こんな時まで薬を盛ったのか。
「エスメラルダ。森に帰ろう。一緒に暮らして欲しい」
「帰らない。ここにいる」
 エスメラルダは、静かに微笑んだ。
 エスメラルダも、スライムの物になっていたのか。そうか。だから、何のちゅうちょもなく薬を飲んでいたのか。そうか。私は一人だ。もう何の遠慮もいらないな。
「ははははは。わかった。わかったよ。その通りだ。君は正しい。応援しよう」
「お兄ちゃん? お兄ちゃん? ちょっとお兄ちゃん? 少し待って。エスメラルダは、まだ言葉が自由じゃないだけだよ」
「もういい。何も聞きたくありません」
 すべてを忘れて、なかったことにしようと思った。祝福は、できない。私にできる精一杯は、この場から消えることだけだ。エスメラルダの邪魔をしないように。
「こはく様。ずっと一緒」
 エスメラルダに手を取られた。
「エスメ、ラルダ?」
「ここで、ずっと一緒」
 さっきと同じ顔をしているのに、同じには見えなかった。色が違う。輝きが違う。胸が裂けそうだ。
「わかりました。全力で応援します」
 エスメラルダを子ども部屋に連れて行き、部屋のドアに紙を貼った。紙には、「私に死んで欲しければ、部屋に入ってくればいい」と標準語と日本語で書いた。ドアから入らず、直接転移してきそうな人もいるが、そんなものは知らない。入ってくれば、自害するのみだ。死ねない身体にされていたって、自害することはできる。目に焼き付けてやろうじゃないか。
「エスメラルダの希望を、聞いてもよろしいですか。私の希望も聞いて頂きたい」
 エスメラルダの対面に立って話をする。
 今までの私は、私の思いだけで、勝手にエスメラルダの将来を決めていた。話し合うのが、嫌だった。怖かった。でも、言葉が通じるようになったのだ。きちんと向き合うべきだろう。
「希望?」
「したいこと。やりたいこと」
 明るい希望と、締め付けられる思いがある。やはり聞きたくない方が強い。私では、エスメラルダに釣り合わない。
「こはく様に、ごはん、つくる。ここにいる」
「私は、エスメラルダが大好きでした。人間にならなくても、大好きです。人間になっても構わないけど、そのままの貴女が大好きなのです。変わってしまうのが、怖いです。無理をしないで欲しい、と思っています」
 可愛いエスメラルダを失うのが、怖い。変わってしまう姿を見るのが、怖い。お父様の薬に安全保障などない。ずっと私だけのエスメラルダでいて欲しい。
「こはく様と、同じになりたい」
「私が緑小鬼になれば、解決しますね」
 なんだ。いい解決方法があるじゃないか。私は、この姿になど、なんの未練もない。親にもらった顔などいらない。エスメラルダと同じになって、駆除に来る人間を片っ端から駆除してやればいい。
「ダメ。そのままがいい」
「それは、卑怯ですよ」
「わたしの、きぼう?」
 首を傾げるエスメラルダが、可愛い。
「わかりました。応援致しましょう」
 エスメラルダには、勝てない。大好きだ。
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