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第三章 林間合宿と主なき神獣

弟の暴走(5)

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 花折を仕留めに掛かるフェンリルは内心で、思考を夏目に読まれたと。あのまま、洗脳が解けなければ自らの牙で殺すと決めていた。誰かの手で終わらせるより、兄である己が殺るべきだと。



 そう考えていたが、命令で封じられた。だが、それで良かったと思う。



(主ならば、必ずヨルムンガンドに掛けられた洗脳を解いてくれるだろう)



 根拠はない。ないが、主ならと信頼し任せられる。

 だから、今は目の前の敵を始末することに専念。



「神殺しめ! よくも、空海様に捧げる神獣を!」



 と、フェンリルには見向きもせず怒り散らす花折へ容赦なく青い炎を吐く。燃え上がる球体が襲う。しかし、気づいた彼女はギリギリで躱し吐き出した神狼を睨みつけ顔を歪ませ毒つく。



「何度も、何度も邪魔をして! しつこいのよ、この駄犬風情が!」



 発せられた言葉に苛立ち吠えた。



「この我輩を駄犬呼ばわりとは、いい度胸だ小娘! 噛み殺してくれる!」



 神をも喰い殺す狼、として有名な自身を駄犬などと呼ばれ生かすことを捨て本気で殺しにいく。距離を詰め、大振りに前足を横へ薙ぎ払う。風を切り、衝撃波を起こし花折の背後に生える大木の太さ十センチの枝がへし折れ吹き飛ぶ。



 腰を逸らし前足から繰り出された攻撃を避けた花折は、もう片手の手首を切り血を飛ばし距離を開こうとする。

 躱す選択は取らず、そのまま突っ込み、飛ばした血が耳と横顔に浴びた。



「ふふっ!」



 それに笑みを浮かべる花折の頭の中では、その血を舐め取れば意のままに操れる、などと。けれど、フェンリルは飛び散った血など気にも留めず突進を決め込む。



「なっ……!? うぶっ!?」



 足を止め、舐め取るだろうと思い込んでいた花折は躱す余裕を失い胴体に激痛が走った。



 フェンリルは頭に伸し掛かる花折の体を、宙へ舞い上げ跳躍し後ろ足でもう一度、腹部へ蹴りを食い込ませ背中から地面へ落下し強打。



「がはっ!? げほっ、ごほっ……!」



 咳き込み、動けないところへ着地したと同時に大きく息を吸い込み咆哮。



「スーッ……。グォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ――!」

「――――っ!?」



 鼓膜を揺るがし、真っ向から受けた咆哮による衝撃波で花折の体を浮かし数十メートル吹き飛ばされ、地面に何度もバウンドし転がった。

 血を吐き、視界が回り全身が軋み痛みで声が発せない花折。



「フンッ」



 フェンリルはそこで、ようやく全身を振り乱し毛皮に付着した汚い血を弾き落とす。浴びるだけなら、問題はないのではないかと仮定。



 ヨルムンガンドは、飛び散った血が口内に入り誤って飲み込んだ結果、洗脳の効果が効いた可能性がある。仮に体に付着しても洗脳が効くならば、わざわざ口を狙わないだろう。そこで、自らを実験体にして血を浴びてみた。



 答えは、体に浴びる程度では効果はなく口に含み体内へ入れることで洗脳が発動する。

 それが、花折が持つ使徒の権能だ。あとはその洗脳を解く方法だが、これはまだ分からないまま。



「分からないままだとしても、より強い力で洗脳を上書きするか又は、小娘を殺せば簡単に解けるかもしれぬな」

「――っ!」



 などと呟くフェンリルの言葉、権能の条件や効果が知られたことに焦り出す。冷や汗を掻き、見るからに視線が泳ぎ表情に出るそれを見逃す神喰い狼ではない。



「ほう。我輩の考えが正しい、ということか」

「…………っ!」

「殺した方が早い手ではあるが、それではあまりにも呆気ないな。もしや、上書きの方がより正解に近いか?」

「…………つっ!」

「くくっ。そうか、そうか」



 笑い口の端を吊り上げる。言葉一つで花折の反応から答えを導き出す。



「殺したところで意味はないようだな。ということは、上書きが洗脳を解く方法」



 花折の視線は彷徨い、唇は何も言わないよう強く噛むがその行動が既に答えだと言っているようなものだ。



「隠しごとは苦手のようだな、小娘。まあよい、解く方法が分かれば話は早い」

「そ、そんな簡単に上書きができるわけないわ!」



 焦った声でそう言い張る。どうでもいい顔で見下ろし告げた。



「ならば、試せばいいだけどのこと」

「は?」

「主であれば、可能だ」



 自信満々に言うフェンリルを見上げる花折は、鼻で笑い不可能だと言う。



「あの神殺しに、それだけの力があるとでも? はっ! 不可能ね! 契約神獣がすごいのであって、あのガキには力なんてないもの!」



 見た目で、夏目をそう判断したようだ。

 見下ろすフェンリルの目に映る彼女は、こうも簡単に見破られるとは予想しておらず表情からは焦りが見て取れ、睨みつけ顔を歪め強気に言い放つが哀れにしか見えない。



「フンッ。どうせ、その体では動けまい。そこで指を咥え見ていろ。小娘」



 花折の姿を、鼻で嘲笑いそう言い残しその場から離れる。

 得た情報を夏目へ伝え、見守ることにするフェンリルだった。
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