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第一章 神殺しと巫女

雪平の巫女と使徒(3)

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 目を開ければそこは路上で夏目はその場に突っ立ていた。



「ここって……」



 夏目は思い出す。一年前の高校入学祝に、家族と幼なじみの美哉と共に温泉旅行へ行った時のことを。



 美味しいものを食べて、温泉にも入って、観光して、楽しかった思い出が次々に蘇っていくが、その帰りに交通事故が起きてしまう。それは、美哉が語った通り雪平の娘である彼女を狙った犯行。



「あっ……」



 運転する父は突如、現れた人を避けようとハンドルを切り制御できずガードレールに車体が激突。クラクションが鳴り響き、車体へ近づく人影たちは人では到底、持ち上げられない車体をいとも簡単に空中へ舞い上げ回転させながら叩き落とした。

 悲鳴が車体から聞こえ、ひしゃげ、中から夏目と美哉が放り出される。



「あ、ああっ……」



 目の前に広がる過去の光景に瞬きもできず、ただただ見つめ言葉も発せない夏目。

 相手は、巫女を始末する使徒の集団。車から外へ放り出された夏目と美哉は、炎上に巻き込まれなかったが夏目の両親は火の手の中に取り残されて。



『お父さん、お母さん!』



 幸いにも掠り傷程度で済んだ二人。夏目は、炎上する車体に取り残された両親を助けようと近づく。



『ダメです!』



 燃え上がる車に近づく夏目の手を握り止める美哉。



『放せ! まだ、お父さんとお母さんがあそこにいるんだ!』

『分かっています! それでも、近づくのは危険です、夏目!』

『……っ! 放せ! 放せってば!』



 美哉の手を振り払おうと暴れ、外に放り出された際に拾った車の破片を夏目は手に持っていたことが原因で、美哉の左肩を深く切りつけてしまう。



『きゃあっ!』

『み、美哉……! あっ、お、俺……。ご、ごめんっ!』

『だ、大丈夫ですよ……』



 肩を押さえ痛みに耐える美哉。どうして、破片を手に握っていたのか本人でさえも分からない。だが、それが原因で傷つけてしまったことに頭の中がぐちゃぐちゃに。

 美哉は無理やり笑みを作り、夏目は何も悪くないと口にする。



 頭の中は混乱し、どうすればいいのか何をすればいいのか、背後では燃え盛る炎が徐々に勢いを増しついには爆発を起こす。



『な、夏目、ここから離れましょう……』

『で、でも、美哉は怪我を――』

『雪平の巫女を逃がすとでも?』



 夏目の言葉を遮り、近寄る数人の大人たちの手には剣が握られていた。逃げなければ死ぬ、と本能が告げてくるが動けない夏目。美哉は苦しげな表情で傷口を押さえ思考を巡らせる。



 ――狙われているのは私。夏目は関係ないはず。でしたら、夏目だけを逃がすことができれば……。



 しかし、考える暇を与えることなく使徒の集団は容赦なく二人に襲い掛かる。



『――っ!』

『おわっ⁉』



 美哉は、咄嗟に夏目を護ろうと後方へ突き飛ばす。



 路上を転がり美哉から距離が生まれた結果、使徒からの攻撃に夏目は巻き込まれることはなかった。が、逃がすことに精一杯だった美哉は使徒からの攻撃を受けてしまう。華奢な体を情けなど掛けず使徒は斬りつけ、至る所から血飛沫が飛び散り、衣服の上からでも分かるほど血が流れていく。



 地面に倒れ込み動けない美哉へ、使徒の集団は無情にも剣を向ける。



『や、やめっ、やめろ!』



 使徒に襲われ、美哉を殺されそうになるのを眼前に突きつけられただ叫ぶことしかできない。彼らの美哉を殺す行為を止められない。力がない夏目は、願う。



 助けたい、失いたくない、と。

 強く望んだ。力が欲しい、目の前で奪われ大切な人が死んでいくのをただ見ているだけは嫌だ! と。



 目の前に広がる光景に、怒り、憎悪が渦巻く。

 だから、強く願い、強く望む。

 その想い、願い、怒りと憎しみに神が応えた。



『――――っ⁉』



 突如、目の前の光景がスローモーションに映る、いや止まっていた。そして、声が頭上から聞こえ顔を上げる。



 ――悪神を憎むか? 人の子よ。



 ――このままでは、あの娘はあの者共によって殺される運命であろう。あの者共は、悪神に仕える使徒。



 ――我ら、神から離反しこの世界を、星を我が物にしようと邪な思考をした神だ。



 ――お主は、あの娘を護るためならば神をも殺す力を求めるか? 求めるのであれば、代償を以て我が授けよう。



 夏目には、神とやらが語る内容の大半を理解できなかったが、美哉を護れる力が手に入るなら何でもよかった。



『欲しい!』



 止まった時の空を見上げ、拳を握りしめ答える。



 ――ならば授けよう。ただし、代償はお主の命と肉体の一部だ。力を使えば、命を削る。授けるにあたり、肉体の一部を捧げてもらおう。



 命や肉体の一部、なんて言われてもすぐに理解はできない。それでも夏目は叫ぶ。



『何でもいいから、美哉を救う力をくれ!』



 ――よかろう。その覚悟、聞き届けたり。



 と聞いた夏目の体が大きく跳ねる。

 心臓を鷲掴みされ息苦しに呼吸がしにくい、左足に違和感を覚え視線を下へ外見は何も変わらない。はずなのに、体の内側から何かが消えていく感覚が全身に伝わっていく。次第に左足の感覚がなくなり、うつ伏せの状態で肉体を襲う何か分からないものが治まるのを待ってから顔を上げた。



 すると、止まっていた時は動き出しありえない光景が広がっていた。

 体長三メートルは超える狼が目の前にいる。灰色のくすんだ毛並み、四肢には足枷と紐が巻きつき、青い炎を口から吐く。



『ワォォオオオオオオオオゥゥンンンンンンンッ!』



 咆哮を上げ、使徒へ襲い掛かる。

 近くにいた男二名から、大きな口を開け肩から半身に噛みつき肉を引き千切る。グチャ、クチュという咀嚼音、路上に転がっていく肉塊。



『う、うわわわぁあああああああああああああああああっ!』

『な、何なんだこいつは⁉』



 男の悲鳴、肉塊を喰らう灰色の狼に懐から銃を取り出し構え発砲する別の男。しかし、銃弾は狼の肉体を傷つけることはない。



『ガルルルッ』



 ギロリ、と発砲する男を睨みつけ威嚇する狼。その口元は赤い液体で汚れ、その口から覗く鋭く太い牙。

 唸り、発泡する男に飛び掛かる狼の牙は簡単に体へ突き刺さり噛み千切っていく。たった一体の狼に蹂躙されていく。



 路上にうつ伏せに倒れ首だけを上げその光景を眺める夏目。

 その近くに横たわる傷ついた美哉。



 男を喰らい殺し終わった狼は、悲鳴を上げその場から逃げよとする男へ前足で横殴り数メートル吹き飛ばす。

 何度も路上に体をバウンドさせ転がり動けなくなった最後の男に、狼は無慈悲に死を与えた。大きな口を開け、赤く濡らした牙が上半身を飲み込み骨を砕き肉を噛み千切る音だけがやけに響く。



 神殺しの力を手に入れ、襲ってきた使徒を全員殺してしまう。

 その光景と殺した事実に、夏目の精神が受け入れらないことと耐え切れず記憶障害を引き起こし神殺しになった前後の記憶を失う。



「そうか……。これが、夢に見ていた真実……」



 追憶したことで、全てを思い出した夏目。
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