転生少女の暇つぶし

叶 望

文字の大きさ
上 下
7 / 17

006 面倒な迷い猫

しおりを挟む
 高級宿エバンスの食堂の一角でアルことリズレットは掃除婦であるシーナを呼び出して席を共にしていた。

「今回は助かったよシーナ。ありがとう。」

「いえ、当然のことをしたまでです。り…じゃないアル様。」

「うーん、未だに呼び慣れないねシーナは。」

「も、申し訳ございません。」

「いや、いいんだ。それよりも税の横領が分かって父もこれまでの見直しを行う事にしたらしいよ。これで一気に領内が綺麗になると良いけど。まぁ、そう上手くはいかないか。」

 くすりと笑ったリズレットの表情に一瞬陰が映るが、それはほんの瞬きする間に消えてしまった。

「あ、シーナ髪が解けているよ。」

「え?」

「直してあげる。」

 リズレットはそう言ってシーナの髪を纏め始めた。それを終えると席にお金を置いて席を立った。

「じゃ、お礼は言ったしそろそろ行くよ。」

「あ、アル!こんな所にいたのか。あれ?姉さんと一緒だったの?」

「ジェイク、どうした?」

「ほら、作ってくれって言っていたあの試作品が出来たんだよ。もうみんなお試しとか言って早速酒盛りしているよ。」

「え?もう?」

 ジェイクに引き摺られるようにリズレットは出ていった。

「おや、アルったら隅に置けないねぇ。」

 女将がシーナの髪を見てニヤニヤと笑った。

シーナの髪には愛らしい髪留めが付けられている。

取り外すと裏側に何やら彫り物がしてあった。

『トニーと早くくっつけよ ジェイクとアルより』

 それを見たシーナは顔を赤く染める。

それを見た女将に更に勘違いされることになったのはご愛敬だ。

 アルフォンス・レスターはこれまで部下に任せきりだった町の視察に赴いて、あまりの変化に驚きを隠せなかった。

 町は綺麗に整備され井戸ではなく水道という物を使って平民は生活している。

トイレさえも魔道具が揃えられており、町ではかつてのような糞尿に塗れたような臭いはまるで無くなっていた。

 見た目は変わらないのに平民の生活は劇的に変化していた。

今までそういった報告が無かったのは公になるような場所は最近になって整備されたかららしい。

 つまり、アルフォンスの与り知らない所で町の整備がなされていたのだ。

これについてはあまりの状況にアルフォンスの頭も混乱した。

 一体誰がこんな事をしているのかと問えばみんな口を揃えて、全員で協力して行ったと言うだけなのだ。税収は確かに少しずつ増えている。

 だが、それはこれだけの発展を遂げているのにどう考えても状況と一致しない。

 自分の足元で一体何が起こっているのかとアルフォンスはその中心となっているらしい冒険者のクラン『輝く星』の拠点へと足を延ばした。

 クランの拠点は普通の家の中だった。

だが、そこに居る者たちが持つ雰囲気は独特のものでどうにもただの冒険者集団とは思えないような何かを感じる。

 その集団を纏めているらしい男はまだ若い青年だった。

「輝く星のクランリーダーをしていますフレッドと申します領主様。この度はどういったご用件でお越しでしょうか。」

「あぁ、この町の至る所で君たちの名を聞いて話を聞きに来たのだ。」

 話を聞こうとした矢先に一人の青年が慌てたように駆けこんできた。

「お話し中すみません。兄貴、緊急の要件です。」

 緊急と言われても領主を放って話すわけにいかず困った顔をしたフレッドにアルフォンスが声をかける。

「緊急の要件なのだろう?聞いてあげなさい。」

「ありがとうございます。」

 アルフォンスに礼をしてフレッドは駆けこんで来たザットに向き直った。

小声で話を聞いたフレッドは内容を聞いてがしがしと頭を掻いた。

「少し席を外します。」

「あぁ。」

 アルフォンスに一言断ってから別室に入ったフレッドは緊急用のスクロールを取り出すとペンを使って文字を書いた。

 その紙を折りたたむと燃え上がるように光となって飛んでいく。

それを終えてから応接室へと戻ったフレッドは窓から入ってこようとしている人物を見て声を上げた。

「おい!アル。窓から入って来るんじゃない。」

「だって緊急って言ったから。」

 そう言って窓から室内に入って来た人物を見たアルフォンスは口をぽかんと開けて固まった。

そしてそんな父の姿を見つけてアルことリズレットはしまったという顔を一瞬浮かべる。

「あ、な、な…。」

 言葉にならないままのアルフォンスににっこりと微笑んでフレッドに向き直る。

「それで、緊急の要件っていうのは?」

 フレッドから小声で内容を受け取ったリズレットは額を押さえてため息をついた。

「分かった。迷い猫は私が連れに行く。フレッドは馬車の用意とミルクとハチミツを用意しておいてくれ。」

「み、みるくとハチミツ?」

「猫だからな。必要だろう?」

 にやりと笑ってリズレットは笑った。

そして後ろで唖然としている父と話をするために背筋を伸ばしてアルフォンスに向き直った。

「父上、ランドリック様が火急の要件で屋敷にお越しです。そのうち使用人が駆け込んでくると思いますので早めに帰って差し上げてください。」

「な、なぜランドリック殿が…。」

「さて、私には教えてくださいませんでしたので分かりかねます。という事で、フレッド後は頼んだ。」

「ま、まてリズ!」

 リズレットは入って来た窓からひょいと身を乗り出して駆けていった。

それから少しして屋敷の使用人がアルフォンスを呼びに慌てた様子で訪ねて来た。

 色々な事が一気に起こり過ぎてアルフォンスは頭を抱えたくなる。

そんな衝動を何とか抑えて、フレッドに視線を向ける。

 何とも言えない視線を受けてフレッドは顔を引きつらせた。

「すまないが、また今度色々と話を聞きたい。」

「わ、分かりました。」

 冷や汗を流しながらフレッドは首を縦に振って応えた。

 薄暗い路地裏を一人の少年が駆けている。

その後ろから数人の大人が追いかけていた。

息を切らせながらも必死で逃げる少年。

金の髪は汗でぐっしょりと濡れ、紫の瞳は恐怖に染まっている。

少年が必死に走っている最中、空から声が降って来た。

「おい、レオ。止まれ。」

 レオと呼ばれた少年の名はレオナード・フォレスタ・トーレンス。

この国の第二王子だ。どうやら護衛とはぐれて裏路地に迷い込んでしまったらしい。

身なりの上等な彼を見れば捕らえて身代金をと考えた愚か者達が居ても不思議ではない。

「え?」

 愛称を呼ばれてレオナードは思わず立ち止まった。

その声の元を探ろうと上を見上げる。

「なっ!」

 上から飛び降りて来た人物に驚いてレオナードは慌てて後退った。

飛び降りて来たのは栗色の髪を持つ少年だ。

 なぜこんな場所で自分の名を知る者がいるのかとレオナードは疑問が湧いたが今はそれどころではない。

 なおも逃げ出そうとするレオナードの手を掴んでリズレットは引き留めた。

「お、おい!あいつアルだ!」

 追いかけていた男たちの一人が叫ぶ。

その言葉を受けて男たちは全員が立ち止まった。

なぜか恐怖に染まっている男たちを見てリズレットはどちらが悪者なのか分からないなと自嘲気味に笑った。

 どうやら以前魔力の制御に失敗して消し炭にした男の事が裏で広まっているらしい。

「悪いな、こいつは私の連れなんだ。手を出すのはやめてもらおうか。」

「なんでお前はそうやって俺たちの仕事を奪うんだ!お前が現れてから俺たちがどんなに苦労していると思っている。」

 一人の男がリズレットに向かって叫んだ。

「ん?なんだ、仕事が欲しかったのか?なら以前何でこちら側につかなかったんだ?」

「俺たちみたいな奴が普通になんて成れる訳がねぇ。こんな事しか能がないんだ。仕方ないだろう!」

「あぁ、なるほど。今まで散々悪事を働いて来たから認められないと思ったのか。」

 ぽんと手を打ってリズレットは納得した。

それはそうだろう。これまで悪い事をしてきた者が急に手の平を返せるわけがないのだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢にざまぁされた王子のその後

柚木崎 史乃
ファンタジー
王子アルフレッドは、婚約者である侯爵令嬢レティシアに窃盗の濡れ衣を着せ陥れようとした罪で父王から廃嫡を言い渡され、国外に追放された。 その後、炭鉱の町で鉱夫として働くアルフレッドは反省するどころかレティシアや彼女の味方をした弟への恨みを募らせていく。 そんなある日、アルフレッドは行く当てのない訳ありの少女マリエルを拾う。 マリエルを養子として迎え、共に生活するうちにアルフレッドはやがて自身の過去の過ちを猛省するようになり改心していった。 人生がいい方向に変わったように見えたが……平穏な生活は長く続かず、事態は思わぬ方向へ動き出したのだった。

悪役令嬢と言われ冤罪で追放されたけど、実力でざまぁしてしまった。

三谷朱花
恋愛
レナ・フルサールは元公爵令嬢。何もしていないはずなのに、気が付けば悪役令嬢と呼ばれ、公爵家を追放されるはめに。それまで高スペックと魔力の強さから王太子妃として望まれたはずなのに、スペックも低い魔力もほとんどないマリアンヌ・ゴッセ男爵令嬢が、王太子妃になることに。 何度も断罪を回避しようとしたのに! では、こんな国など出ていきます!

十三回目の人生でようやく自分が悪役令嬢ポジと気づいたので、もう殿下の邪魔はしませんから構わないで下さい!

翠玉 結
恋愛
公爵令嬢である私、エリーザは挙式前夜の式典で命を落とした。 「貴様とは、婚約破棄する」と残酷な事を突きつける婚約者、王太子殿下クラウド様の手によって。 そしてそれが一度ではなく、何度も繰り返していることに気が付いたのは〖十三回目〗の人生。 死んだ理由…それは、毎回悪役令嬢というポジションで立ち振る舞い、殿下の恋路を邪魔していたいたからだった。 どう頑張ろうと、殿下からの愛を受け取ることなく死ぬ。 その結末をが分かっているならもう二度と同じ過ちは繰り返さない! そして死なない!! そう思って殿下と関わらないようにしていたのに、 何故か前の記憶とは違って、まさかのご執心で溺愛ルートまっしぐらで?! 「殿下!私、死にたくありません!」 ✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼ ※他サイトより転載した作品です。

悪役令嬢は倒れない!~はめられて婚約破棄された私は、最後の最後で復讐を完遂する~

D
ファンタジー
「エリザベス、俺はお前との婚約を破棄する」 卒業式の後の舞踏会で、公爵令嬢の私は、婚約者の王子様から婚約を破棄されてしまう。 王子様は、浮気相手と一緒に、身に覚えのない私の悪行を次々と披露して、私を追い詰めていく。 こんな屈辱、生まれてはじめてだわ。 調子に乗り過ぎよ、あのバカ王子。 もう、許さない。私が、ただ無抵抗で、こんな屈辱的なことをされるわけがないじゃない。 そして、私の復讐が幕を開ける。 これは、王子と浮気相手の破滅への舞踏会なのだから…… 短編です。 ※小説家になろうさん、カクヨムさんにも投稿しています。

悪役令嬢によればこの世界は乙女ゲームの世界らしい

斯波
ファンタジー
ブラック企業を辞退した私が卒業後に手に入れたのは無職の称号だった。不服そうな親の目から逃れるべく、喫茶店でパート情報を探そうとしたが暴走トラックに轢かれて人生を終えた――かと思ったら村人達に恐れられ、軟禁されている10歳の少女に転生していた。どうやら少女の強大すぎる魔法は村人達の恐怖の対象となったらしい。村人の気持ちも分からなくはないが、二度目の人生を小屋での軟禁生活で終わらせるつもりは毛頭ないので、逃げることにした。だが私には強すぎるステータスと『ポイント交換システム』がある!拠点をテントに決め、日々魔物を狩りながら自由気ままな冒険者を続けてたのだが……。 ※1.恋愛要素を含みますが、出てくるのが遅いのでご注意ください。 ※2.『悪役令嬢に転生したので断罪エンドまでぐーたら過ごしたい 王子がスパルタとか聞いてないんですけど!?』と同じ世界観・時間軸のお話ですが、こちらだけでもお楽しみいただけます。

俺だけに効くエリクサー。飲んで戦って気が付けば異世界最強に⁉

まるせい
ファンタジー
異世界に召喚された熱海 湊(あたみ みなと)が得たのは(自分だけにしか効果のない)エリクサーを作り出す能力だった。『外れ異世界人』認定された湊は神殿から追放されてしまう。 貰った手切れ金を元手に装備を整え、湊はこの世界で生きることを決意する。

異世界転生 勝手やらせていただきます

仏白目
ファンタジー
天使の様な顔をしたアンジェラ  前世私は40歳の日本人主婦だった、そんな記憶がある 3歳の時 高熱を出して3日間寝込んだ時 夢うつつの中 物語をみるように思いだした。 熱が冷めて現実の世界が魔法ありのファンタジーな世界だとわかり ワクワクした。 よっしゃ!人生勝ったも同然! と思ってたら・・・公爵家の次女ってポジションを舐めていたわ、行儀作法だけでも息が詰まるほどなのに、英才教育?ギフテッド?えっ? 公爵家は出来て当たり前なの?・・・ なーんだ、じゃあ 落ちこぼれでいいやー この国は16歳で成人らしい それまでは親の庇護の下に置かれる。  じゃ16歳で家を出る為には魔法の腕と、世の中生きるには金だよねーって事で、勝手やらせていただきます! * R18表現の時 *マーク付けてます *ジャンル恋愛からファンタジーに変更しています 

悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない

陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」 デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。 そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。 いつの間にかパトロンが大量発生していた。 ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?

処理中です...