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003 魔物の襲撃

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 ナイルズが赤子を預けている頃、とある場所で黒いローブを纏って顔が見えないくらいに目深にフードを被った奇妙な団体が集まっていた。
 まるでサバトのように大勢がその場に集まっている。
 その中でもリーダーと思しき人物が壇上に上がるとざわめいていたのが嘘のように静まり返る。全員がその人物を見上げている。

「我ら漆黒の同士諸君、よくぞ集まってくれた。聞いての通り、先月城から生まれたばかりの王子が行方不明となった。憎き白銀を持つ王家の血を引く子供だ。」

 再びざわりと騒がしくなるが、ひとたび男が手を挙げるとすぐに静まり返る。

「我らは漆黒を纏うもの。かつて疎まれ蔑まれていた白銀に我らは居場所を奪われた。許しがたい事だ!諸君、我らは子供であっても容赦はしない。例え言葉を理解できない赤子であってもだ。」

「そうだ!我らは奪われた。奪われたなら奪い返す。」

「まずは、その赤子から血祭りにあげてしまおう!」

 様々な野次が飛ぶその様子を一頻り眺めたリーダー格の男は声高々に宣言する。

「だが、その為に我らが直接手を下す必要は無い。赤子一人なら魔物で十分だ。」

 そうだそうだと声が上がる。
 満足げに頷いた男は指示を飛ばす。
 魔物をその村にけしかける為に必要な事を全員で成す為に。
 この者たちの行為は明らかに逆恨みだ。
 かつて白銀が疎まれていた時代は特に黒い髪を持っていても蔑まれる事はなかった。
 それは、白銀という珍しい髪色が異質なものとして迫害の対象となっていたからだ。
 だが、英雄とまで謳われた白銀の髪と金の瞳を持った一族にそれは覆されてしまった。
 長い年月をかけて変わってしまったものは早々変えることなどできはしない。
 相手は国を建てた王族だ。
 だが、その恨みは積もり積もってこのような集団を作り上げた。
 漆黒の使徒を名乗る彼らは白銀を持つ者への報復をずっと願っていた。
 その機会がようやく回ってきたと考えているのだ。
 そこからは動きが早かった。
 魔物が好む匂いを持つ果物を掻き集める。
 ヨールの実を大量に揃えた使徒たちは村の近くにある山からヨールの実を使って魔物を引き寄せた。
 多くの魔物が群れを成して村へと向かっていくのを見届けた漆黒の使徒はその場をすぐに立ち去った。
 軍のように群れを成す魔物に小さな村などひとたまりもない事は見ただけでも分かる。
 最終的に5,000近い魔物が小さな村を襲い、闇に紛れて多くのものが命を落としていく。
 そんな状況で生き残る事ができるものなど出来はしないだろうと考えての撤退だ。
 魔物の襲撃に巻き込まれたくないと言うのが本当の所だろうが、その見解は正しい。
 一つの例外を除いての話ではあるが、村が滅ぶと言う点においては概ね間違ってはいなかった。

――――…

 その日、夜の静けさは唐突に破られた。
 ナイルズがリュシュランをこの夫婦に預けてから2月が経っていた。
 多くの人が寝静まっていた村は叫び声と血の臭い、炎の熱で阿鼻叫喚の地獄絵図となっていた。魔物が襲撃してきたのだ。
 その種類は一つではなく多くの魔物の種が混ぜこぜで、統一感のないものだった。
 ナイルズの友であった男はすぐさま家を飛び出して魔物の殲滅に向かった。
 他にも多くの男達がそれに加わったが、数が多く多勢に無勢の状態となっていた。
 次々と襲われて命を失う村人達。魔物は男も女も、子供も老人も関係なく襲い掛かった。
 生きたまま食べられる村人も多くその叫び声や断末魔が村に響いた。
 どこからとなく火が燃え上がり家を焼いていく。
 そして叫び声は少しずつ少なくなっていく。
 小さな村だからこそ人口も少ない。
 リュシュランを守るように抱きしめていたナイルズの友の妻も近くに魔物の気配を感じて包丁を握り締めて出て行った。
 リュシュランはまだ赤子で動く事もままならない。
 声が聞こえるが、それに対して何をする事もできないままもどかしい思いでただ待っていた。
 しかし、どんなに待っても誰も戻ってくることはなかった。
 遠くで聞いたことのある声が途切れたのを聞いたリュシュランは何も出来ない自分を悔やんだ。
 夫婦は優しかった。
 大切に扱ってくれた彼らの名前もまだうまく聞き取れていない為知らないままだ。
 なによりリュシュランは恩も返せないまま大切な家族となるはずだった者たちを失ったのだ。
 家族を失った…それに気付いたリュシュランは体中に怒りの熱が巡るのを感じた。それはリュシュランの思いを反映するかのように燃え上がる。
 そして泣き声とともに怒りが爆発してリュシュランの意識を白く染め上げた。
 それはリュシュランが初めて魔法を発動した瞬間だった。

――――…

 その日、村の近くに屋敷を構えていた男爵の家は伝令が伝えた事態に騒然となった。
 すぐさま村の管理を任されていた男爵は魔物の襲撃を受け討伐の為、部隊を率いるために騎士を招集した。
 そんな状況の中、男爵は遠くから見ても分かるほどの光の柱が村の辺りで伸びるのを見た。
 強力な熱量を持った力だ。
 だが、そんな事ができる魔法などは聞いたことがない。
 何が起きているのか把握する為にも男爵は部隊の編成を急いだ。
 そして、それからすぐに馬を走らせて部隊を率いた。
 だが、近くと言ってもそれなりに距離がある為到着はすぐではなく明日の朝となるだろうと予測されていた。
 村で魔物に襲われて生き残りがいるとも思えない時間だ。
 それでも村の管理を任されている以上、向かわない訳にはいかない。
 男爵は最悪の状況を想定して馬足を速めた。
 村に向かう途中で何度も魔物の襲撃にあった。
 まるで逃げてきたかのような魔物はすでにぼろぼろの状態であった為、討伐が容易に進んだ。
 昨日の光の柱。
 その余波を受けたのだろう事は想像に難しくなかった。
 不安を抱えながら村へと到着すると、村は無くなっていた。
 瓦礫の残骸が周囲に飛び散り、それもすべて黒く焼け焦げている。
 本来なら血の臭いで騒然となっているだろう村は焼け焦げた臭いが充満しており血の臭いは消え失せていた。
 黒く焼けた大地はほとんど更地と言っていいほどの状況でなにが何だか分からない。
 男爵は騎士たちに命じて生き残りもしくは何があったのか分かる証拠を探す為に向かわせた。
 自身も馬を下りて何かないかと探し始める。
 その範囲は村だけではなく近くの森にも及んでいた。
 なぎ倒された木や建物の残骸の中を進んでいく。ふと、その範囲の中心の辺りに焼けていない大地があった。
 その上に白いものを見つけて駆け寄ると生まれて間もない赤子が眠っていた。
 ただその髪の色を見て顔を顰める。
 黒い髪を持った赤子。
 そして明らかに中心地であろうこの場所。
 一体何があったのかと聞こうにも赤子では話にならない。
 男爵は生まれたばかりの赤子を抱き上げると他に何かないか探させた。
 その日は結局何も見つからなかった。
 赤子は眠ったまま目を覚まさない。
 収穫は忌み子ただ一人。
 だが、村の唯一の生き残りだ。
 見つけてしまった以上そのままというわけにも行かず連れ帰ることにした。
 小さな体は温かく、黒い髪を持っていても可愛らしい。
 男の子である事を認めた男爵はこの子の処遇をどうするか悩む事になる。
 だが、悩みはすぐに吹き飛んだ。
 その子の瞳を見てしまったからだ。
 金の瞳は王族の証。
 それを持つ赤子がなぜこのような場所に居たのか全く分からないが、その瞳を持つものを無碍に扱う事などできはしない。
 男爵は黒い髪であっても丁重に扱うようにと指示を出してその赤子を連れ帰る。
 その指示があらぬ誤解を招くなど思いもよらない。
 男爵の頭は王族かも知れない赤子をどう城に伝えるのかで一杯だったからだ。
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