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十八話
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家についたのは午後八時近くだった。
母は帰宅時間の遅さと私の腫れた目にとても驚いていたけれど、「うれし涙だから心配しないで」という言葉を信じてくれたのか、あまりしつこく訳を聞き出そうとはしなかった。
「今日は色々あって疲れたなぁ」
寝る準備を調えてベッドに倒れ込む。重たくなった身体はずんとマットレスに沈み込み、目を瞑ればいつでも夢の中に落ちてしまいそうだった。
『結果的にはどうにかなったんだから、いいんじゃない?』
ずいぶん軽い調子で、アオは私に話しかけた。
仰向けになった私の胸の上で、ぴょこぴょこと跳ね回る。
「そういう簡単な問題じゃないよ」
『でもね、いつまでも引き摺っちゃダメだよ。じゃないと、巻き込まれた下川君にも迷惑』
「そうだよね……。うーん。わかってるけど、切り替えが難しい」
部活を終えて教室に入ってきた下川君は、すでに帰っているはずの衣装係がまだ残っていることに驚いていた。そのうえ、いつのまにかメンバーが増えているんだから、当然と言えば当然。ヴェールだって、ほとんど完成と言っていいくらいだった。
事の成り行きを聞いた下川君はすぐにみんなに謝ってくれたけれど、それ以上に私が謝った。そして、それでは気が済まない下川君がさらに謝る。纐纈君による両成敗の裁きが下りるまで、謝罪合戦は続いた。
後悔は残っても、遺恨は残らなかった。
でも、なぁ。
『明日からはもう、謝っちゃダメなんだからね。纐纈君と約束したでしょ』
「わかってるよ」
今日のアオはなんだか説教臭い。それだけ、私の中で意見がまとまっていないということだ。
『ごめんなさいより、ありがとうだよ。文化祭はまだ終わってないんだから、最後まで気を引き締めて』
「うん」
明日は、限られた時間の中で最高のラストシーンを取る。
原作にはないハッピーエンド。
みんなで作ったヴェールを付けて、ロミオとジュリエットは二度目の、本当の結婚式を挙げる。
「楽しみだな」
絶対にいい作品になる。私は文化祭当日の未来図に思いを馳せた。
『落ちるのはちょっと待って!
萌々香ちゃんは他に、相談したいことがあるんじゃないの?』
「えっ……」
『帰り際に纐纈君に言われたこと』
アオは私の耳元に近付き、内緒話をする。
『本当は聞こえてたんじゃないの?』
「いや、だって声小さかったし、何か言われたのはわかったけど文字数もわからないんだよ。推測もできない」
『本当にそう?』
「アオ?」
『本当は、なんとなくわかってるでしょう? 違ったら恥ずかしいって思ってない?』
アオは私の顔の真正面に移動して、注目と言わんばかりに右腕を振り上げる。青い瞳がきらりと光った。
『纐纈君が字幕付きにしようって言ってくれたのはどうして?』
『纐纈君が事前アンケートを取ろうと提案してくれたのなんで?』
『纐纈君が文化祭委員に立候補してくれたのは?』
「やさしいからだよ」
『本当にそう思ってる? じゃあ、萌々香ちゃんは纐纈君のことをどう思ってるの?』
「私は……」
ずっと前から自覚してるよ。
多分、纐纈君のアンケート用紙を見つけた時から。
それからずっと、方向性は変わっていない。
一緒の時間を過ごすほどに、ただひたすら深まるだけだった。
憧れでも、恩義でもない。
好きだよ。
『そっか、じゃあいいや』
「ちょっ……」
さっきまでの押しの強さはどこに行ったのか、アオはこてんと私の胸の上に寝転がった。
アオってそんな子だったっけ?
アオはもっと駄々っ子で、学校に行かないでって私を引き留めて、誰よりも私の気持ちに寄り添ってくれる子で。
『そういう子は、もういらないでしょう?』
「萌々香、いい加減そろそろ起きなさい。遅刻するよ」
気が付いた時にはもう、朝を迎えていた。
母は帰宅時間の遅さと私の腫れた目にとても驚いていたけれど、「うれし涙だから心配しないで」という言葉を信じてくれたのか、あまりしつこく訳を聞き出そうとはしなかった。
「今日は色々あって疲れたなぁ」
寝る準備を調えてベッドに倒れ込む。重たくなった身体はずんとマットレスに沈み込み、目を瞑ればいつでも夢の中に落ちてしまいそうだった。
『結果的にはどうにかなったんだから、いいんじゃない?』
ずいぶん軽い調子で、アオは私に話しかけた。
仰向けになった私の胸の上で、ぴょこぴょこと跳ね回る。
「そういう簡単な問題じゃないよ」
『でもね、いつまでも引き摺っちゃダメだよ。じゃないと、巻き込まれた下川君にも迷惑』
「そうだよね……。うーん。わかってるけど、切り替えが難しい」
部活を終えて教室に入ってきた下川君は、すでに帰っているはずの衣装係がまだ残っていることに驚いていた。そのうえ、いつのまにかメンバーが増えているんだから、当然と言えば当然。ヴェールだって、ほとんど完成と言っていいくらいだった。
事の成り行きを聞いた下川君はすぐにみんなに謝ってくれたけれど、それ以上に私が謝った。そして、それでは気が済まない下川君がさらに謝る。纐纈君による両成敗の裁きが下りるまで、謝罪合戦は続いた。
後悔は残っても、遺恨は残らなかった。
でも、なぁ。
『明日からはもう、謝っちゃダメなんだからね。纐纈君と約束したでしょ』
「わかってるよ」
今日のアオはなんだか説教臭い。それだけ、私の中で意見がまとまっていないということだ。
『ごめんなさいより、ありがとうだよ。文化祭はまだ終わってないんだから、最後まで気を引き締めて』
「うん」
明日は、限られた時間の中で最高のラストシーンを取る。
原作にはないハッピーエンド。
みんなで作ったヴェールを付けて、ロミオとジュリエットは二度目の、本当の結婚式を挙げる。
「楽しみだな」
絶対にいい作品になる。私は文化祭当日の未来図に思いを馳せた。
『落ちるのはちょっと待って!
萌々香ちゃんは他に、相談したいことがあるんじゃないの?』
「えっ……」
『帰り際に纐纈君に言われたこと』
アオは私の耳元に近付き、内緒話をする。
『本当は聞こえてたんじゃないの?』
「いや、だって声小さかったし、何か言われたのはわかったけど文字数もわからないんだよ。推測もできない」
『本当にそう?』
「アオ?」
『本当は、なんとなくわかってるでしょう? 違ったら恥ずかしいって思ってない?』
アオは私の顔の真正面に移動して、注目と言わんばかりに右腕を振り上げる。青い瞳がきらりと光った。
『纐纈君が字幕付きにしようって言ってくれたのはどうして?』
『纐纈君が事前アンケートを取ろうと提案してくれたのなんで?』
『纐纈君が文化祭委員に立候補してくれたのは?』
「やさしいからだよ」
『本当にそう思ってる? じゃあ、萌々香ちゃんは纐纈君のことをどう思ってるの?』
「私は……」
ずっと前から自覚してるよ。
多分、纐纈君のアンケート用紙を見つけた時から。
それからずっと、方向性は変わっていない。
一緒の時間を過ごすほどに、ただひたすら深まるだけだった。
憧れでも、恩義でもない。
好きだよ。
『そっか、じゃあいいや』
「ちょっ……」
さっきまでの押しの強さはどこに行ったのか、アオはこてんと私の胸の上に寝転がった。
アオってそんな子だったっけ?
アオはもっと駄々っ子で、学校に行かないでって私を引き留めて、誰よりも私の気持ちに寄り添ってくれる子で。
『そういう子は、もういらないでしょう?』
「萌々香、いい加減そろそろ起きなさい。遅刻するよ」
気が付いた時にはもう、朝を迎えていた。
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