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十六話

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「私はいつも穴あき問題を解きながら生きてる。相手の性格や話の流れから聴き取れなかった部分を補完してるの。だから、相当変な聞き間違いとか考え違いをしない限り、会話は基本的に成立する。何もわからないまま、テキトーに受け答えしてる時も多いけどね」
「器用なんだな」

 言葉とは裏腹に、纐纈こうけつ君はに落ちないという顔をしていた。
 「器用」の二文字で片づけられるものじゃないとわかっているのだろう。
 「全然」と否定すると、却って彼は安堵したようだった。

「私はいつも紗耶香たちとお昼を食べてるけど、会話の内容はほとんど聴こえてない。
 知ってる? 両耳が聞こえる人と違って、片耳しか聞こえない人は自分の咀嚼音が頭の中に響くの。だから、噛むタイミングも考えなくちゃいけない。聞こえる方の耳を音源に向けると、そっぽを向かなきゃいけない時もある。
 食事しながら会話するのって、すごく神経を使うし大変なんだよ」

 饒舌じょうぜつになっているな。余計なことを話しているなって自覚はある。
 こんなことを聞かされて、纐纈君はどんな気持ちになるんだろう。
 知りたかったことって何? そう思うのに、真剣な顔で相槌を打ってくれるからつい思いを吐露とろしてしまう。

「だけどね、そういう時は曖昧あいまいに相槌を打っておけばなんとかなるの。
 人って、意味のない会話をしてることが多いんだよ」

「苗木。あのさ……」
 纐纈君は意を決したように強い目で私を見たけれど、くちびるを開いたところで言い淀んだ。
 緊張感がこちらにも伝わってくる。
「言いにくいけど、それはちょっと違うと思う」

 纐纈君の突然の反論に、私は心臓に杭を打たれたような感覚がした。
 最低だ。結局私は自分が一番なりたくなかった、甘えた人間になっていた。
 こんな恨みがましくて楽しくもない話を喜々として語って、同情を得ようとして――。

「やめろよ」

 いつのまにか感覚のなくなっていた右手を、纐纈君の両手が包んだ。
 固く握り締めた指先をゆっくりじ開けて、手のひらについた爪痕をあらわにする。見られたくなくて指先に力を込めようとすると、纐纈君はそれを阻止するように親指を滑り込ませた。
「左手も。自分を痛めつけるなよ」
 観念して開いた手のひらを、纐纈君の指先が慈しむように撫でた。

「確かに中身のない会話って結構あると思う。だけどそれはさ、きっと話す内容じゃなくて話してること自体に意味があるんだ。だから、意味のない会話なんてないよ」
「纐纈君……」
「苗木にとっては難しいことかもしれないけど、オレはもっと、苗木はみんなに状況とか気持ちを話していいと思う。友達だろ」
「……うん」

 話しても迷惑を掛けるだけだって、壁を作っていたのは私だ。
 みんな、あんなにやさしいのに。上っ面だけじゃない、ちゃんとした友達でいてくれていたのに。
 紗耶香とリコと陽菜乃と、かなちゃんと舞衣子さん。五人の顔を思い出していたら、繋いだままの両手を纐纈君が上下に動かした。

「オレの言葉も、聴き取れてない時は教えてほしい。ちゃんと苗木と話したいからさ。聴いてほしいし、聴かせてほしい」
 無邪気な笑顔がまぶしい。きっとそんなに簡単なことではないけれど、信じたい。
「うんざりするくらい、何度も聞き返すかもしれないよ?」
「いいよ。何度だって言うから」
 
 顔の前に持ち上げた両手の向こうで、纐纈君はやわらかく目を細めた。
 じんわりと沁み込むようなやさしさに心臓が痺れる。

「そうだね。気を付けるようにする」
 私も、纐纈君がくれる言葉を聴き逃したくない。
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