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一話

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 家族、と言えば普通は父・母・兄・姉・弟・妹・祖父母などを思い浮かべるものだろう。あとは犬、猫などのペット。動物を家族だと考えている人にペットなんて言ってしまったら、怒られるだろうか。気を悪くしたならごめんなさい。

 私の家に居るのは父・母・姉。マンション住まいなのでペットはいない。けれど、私にはもうひとり家族がいる。動かない、話さない、生きてもいない。それでも、私にとっては大切な存在。それは猫のぬいぐるみのアオだ。

『どうして、萌々香ももかちゃんは学校に行っちゃうの? もっと一緒にいたいよ』

 太陽の光が差し込むダイニングで、アオは両手を上下に動かし、毎朝似たような言葉を繰り返す。
 高校生二年生にもなってぬいぐるみ遊びをしている私を、母は叱らない。
 それは別にやさしさからではない。受容というよりも諦念。そうすることによって私の精神が保たれていることを知っているから、わざわざ厳しいことは言わないだけだ。

 行きたくない。行きたくない。生きたくない。

 そんな聞くだけで参るような言葉、自分の代わりにぬいぐるみが受けてくれるなら、寸劇を黙認することくらい容易いことだ。はじめの頃は怪訝な顔をされたものだが、今ではすっかり、アオは私の家族として受け入れられている。

『早く行かないと、遅刻するよ』
 ダイニングテーブルから離れようとしない私を、変に高い声でアオが追い立てる。
 私は母を見つめ、アオを椅子に座らせた。
「アオはそんな言い方しないよ」
『するよ! ほら、萌々香ちゃん。学校に行かなきゃ!』
「わかったって……」
 私は母が声を当てた偽物のアオではなく、母に返事をして立ち上がった。

 青い目をした黒猫のアオ。右の片耳が折れているところが私と同じだ。その顔をひと撫でして、私は通学鞄を手に取った。
 廊下を行く途中で洗面所に一歩だけ踏み込んで前髪を整える。飾り気のないストレートボブに制服を崩さずに着ている私は、今日も変わらず陰キャな見た目。不細工ではないけど、かわいくない。
 キラキラ女子に憧れはするけれど、どうせ中身が伴わないのだから今のままでいい。鏡の中で不満げな顔をする苗木なえぎ萌々香ももかを振り切って、ローファーにつま先を差し入れた。

「行ってきます」
「いってらっしゃい」

 玄関を出ると、5月の空気は軽く風が心地よかった。空には千切れた雲がいくつか浮かんでいるくらいで、青く澄み渡っている。こんな日に学校に行かなきゃいけないのが嫌になる。
 私はエレベーターの手前で曲がり、マンションの外階段を降りた。その間にイヤフォンを取り出し、スマホでプレイリストを選択する。今日は苦手な英語が一限目だ。だったら勢いがつくように、ゲームの戦闘曲にでもしてみようか。
 ああ、ほらもう軌道に乗った。徒歩通学の私にはバス待ちの時間も、渋滞の煩わしさもない。一度歩き出せば、あとはどんな曲を聴いていようと自動的に足は前に進んでいく。もはや、立ち止まる方が面倒なほどに。

 そうして、私は学校へ向かう。
 行きたくなくても行かなきゃいけない。登校拒否する勇気もない。それが欠陥品である私の日常だった。
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