やり直しの人生は、好きな人を全力で追いかけます。オギャー!

夏芽玉

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1話 出会いは忠犬の銅像の前

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「あのー……タロさんですか?」

 金曜日の夕方。ベンチに座ってぼんやりと駅前を行き交う人々を眺めていたら、不意に声を掛けられた。オレの目の前に立っていたのは、ブレザーの制服を着た男子高校生だった。
 オレの名前は浅霧あさぎり慎太郎しんたろう。名前の一部にその音は入るけれど、初対面の高校生にニックネームで呼ばれるような覚えはない。

「……人違いでしたか。すみません」

 どう反応したものかと首を傾げていると、相手が気まずそうに頭を下げた。
 繁華街の入口でもある駅前で、高校生が見知らぬオッサンに声を掛けるという状況がどこか歪に感じられて、オレはじっと目の前の相手を見つめた。
 一番に目についたのは、整った顔立ちだった。少年から大人への過渡期である彼は、男らしいというより中性的な印象だ。若者の肌は当たり前だが皺ひとつなく、瑞々しい。色素の薄い髪は陽が当たってキラキラと光っているように見えた。キレイな子だな、というのが第一印象だった。

「誰かと待ち合わせ?」

 そういえば、忠犬の銅像があるこの駅前広場は待ち合わせ場所として有名だったなと今更ながらに思い至る。オレはただ座ることができる場所があったから、腰を下ろしていただけなのだが。考えてみれば、ここにいる人達は大半が待ち合わせのためにここに居るのだろう。
 しかし、オレの年代で、高校生と駅前で待ち合わせをするようなことは、あまりない。
 というか、50代も終りに近い白髪ジジイと高校生が待ち合わせ? 一体何のために?
 目の前の若者の様子に、どこか危うさを感じてオレは口を開いた。

「そうなんですけれど……」

 相手は困ったように眉を下げた。困った顔に色気があるタイプのようで、そんな表情はとてもオレの好みだった。
 中性的だといっても、決して華奢なわけではない。スラリとした体形はバランスよく筋肉がついているのだろう。まるでアイドルみたいで、ますますオレとは違う世界の生き物のように思えた。

「ハルくん?」

 不意に第三者から声を掛けられて、オレたちはそちらを向いた。せっかくキレイな子と話をしていたのに。割り込まれて、オレは不快感に顔を顰めた。

 そこに居たのは、小太りの脂ぎったチビオヤジだった。額は頭頂部まで後退していて、サイドにこびりつくように生えている毛はスカスカだ。ニカッと笑うと、前歯が一本欠けているのが見えた。残っている歯もタバコのヤニのせいか、黄ばんでいる。丸顔に、でっぷりと飛び出した腹。全体的に丸っこい印象だった。
 一方、オレは身長は目の前の相手とあまり変わらないものの、痩せ細っている。いわば、骨と皮だけのガリガリだ。それに、白髪は多いが髪はまだフサフサしている。強いて言えば、オレのほうがやや年上かもしれない。高校生からすれば、どちらも似たり寄ったりの年齢に見えるだろうが。

 何故オレはこんな相手と間違えられたのだろうか。相手をよく観察して共通点を探ってみると、たまたま持っていた紙袋が同じブランドのものだった。オレのものは、今日、職場で退職祝いのプレゼントとして贈られたものだ。しかし、小汚いオヤジが持っている紙袋は、使い古されたもののようで、随分くたびれていた。

「あ、はい。あなたがタロさんでしょうか?」

 高校生がオレに背を向ける。

「待たせたねぇ。じゃ、早速ホテルでいーい?」
「……は、はい」

 歯が抜けていて喋りにくいのか、ネチャっとした喋り方をする男だった。しかも、開口一番の台詞の内容にオレは唖然とする。彼はその言葉に一瞬身体を強張らせた後、固い声で頷いた。

 いやいや、良くないだろ。こんなキレイな子がこんな小汚いオッサンと、今からホテルに? 
 先に声を掛けられたのはオレなのに。

 後から思い返せば、その時オレの中にあったのは、正義感なんかではなく、ただの独占欲とか嫉妬とかいうものだったのだろう。

「すみませんが。私はこの子の保護者なんですけれどね。あなたは、一体どういったご関係で?」
「はぁ!?」

 オレはベンチから立ち上がると、咄嗟に嘘を吐いた。オレの言葉に、小汚いオヤジが汚い顔を顰める。

「今からこの子に何をしようとしていたのか……ちょっと、あちらで話を聞かせてもらっても?」

 駅前の交番を視線で差すと、男は舌打ちをしてその場を去っていった。


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